その出会いは突然に。
翌日。
結局、一睡もできなかった俺は死んだ目をしながら大学へと向かっていた。眠すぎる。こんなことなら高校生の時から徹夜に慣れておくべきだっだ。
そんなことを考えながらあらかじめ下調べしておいた大学への最短ルートをゾンビのようにふらふらと歩いていると、なにかにぶつかる。
「うおっ!」
「おっと、すまない。大丈夫かい?」
ちょうど路地から大通りに出る時に人にぶつかったようだ。力なく歩いていたせいでその場に尻餅をつく。
地面に座り込みながら見上げると、おそらく身長170センチはあると思われる細身の女性が手を差し伸べていた。
「……だ、大丈夫です。こちらこそすみません」
差し伸べられた手を取り立ち上がる。
「……本当に大丈夫かい?ふらふらだけど」
「ちょっと寝不足で……」
俺はあらためてその人の顔を見る。中性的な顔立ちで、肩までほどの髪の毛をポニーテールでまとめている。ややつり目気味で、冷たいイメージを受けるが、言葉遣いや立ち振る舞いはすごく上品だ。どこかの国の王子さまだと言われても不思議ではないオーラがある。
「もしかして、N大の新入生かな?」
「は、はい。そうです」
無言で見つめ合って気まずい沈黙の後そう尋ねられる。もしかして同じ大学の先輩かな。
「なるほど。その様子だと、緊張してあまり眠れなかったんだね」
「……そうです、ね」
本当は隣の住人の騒音で眠れなかっただけだが、初対面の人に言う理由もないので適当に相槌を打つ。
「ああ、すまない自己紹介が遅れたね。私はN大の3回生、月島怜だ」
「あ、えっと、自分は雛川日向です。今年からN大に入学しました」
3回生ということは2個上の先輩か。大学で最初に知り合うのが先輩になるとは思っても見なかったな。
「雛川日向くん、だね。これからよろしく」
握手を求められる。
「……こ、こちらこそ、よろしく、デス」
差し出された手を軽く握る。改めて見るとすごく美人だ。手汗は大丈夫だろうか。
そこであることに気づく。先輩の背に背負われているものだ。あれは……ギター?
「……ギター、ですか?」
「ん?ああ、これはベースだよ」
ベース。なるほど、確かに一回り大きい。
「君もギターを弾くのかい?」
「え?いや、まぁ少しぐらいなら弾けなくもなくもない……デス」
緊張から語尾がさっきからおかしくなっているが、月島先輩は気にも留めていない様子だ。恥ずかしい。
「そうだ、良かったら大学まで案内しよう。これも何かの縁だ。ここからそんなに離れていないけど、1人で歩くのは寂しいからね」
「あ、ありがとうごさいます」
大学への道は完全に頭に入っているが、断る理由もないのでその提案を受ける。少し気まずいけど。
出身地や学部など、他愛もない話をしながら歩いていると、あることに気づく。
──すれ違う人がみな、隣に立つ彼女に目を奪われていることに。
「おい、あれ月島さんじゃね?」
「相変わらず美しい……」
「隣の奴は誰だ?」
「ゾンビみてぇなやつだな」
そんな会話が聞こえてくる。誰がゾンビだ。
向けられる周りの目を、当の月島先輩は気にも留めていない様子だ。というより気付いているかも怪しい。飄々として掴みどころのない人のようだ。
気づけばベースの魅力について熱弁している。
「最近、Ourtubeで見つけたアーティストのベースがたまらなくかっこ良かったんだ」
「そうなんですか。なんてアーティストです?」
「hi7*というアーティストだよ」