かつて私は忍者だった
かつて私は忍者だった。長くなるので経緯は省くが、可憐にして美しい文学少女とイケメン名探偵をお供にドラゴン征伐に出向いたなんて事もある。そんな私の必殺技は「入道雲粒叩」。それは天気をコントロールする事で入道雲を発生させ、冷たい雨を敵に浴びさせ風邪をひかすという伝説級の技であり、森の中でしか出来ないという欠点があったものの、いざ使えば100%の確率で敵に風邪をひかせる事が出来た必殺の技だ。
そんな戦いをしていた私も、現世に於いてはブラック企業と呼ばれる会社に勤める一介のサラリーマン。人の流動性が激しいその会社では、上司や同僚が次々と入れ替わるというのが日常となっている。そんな会社から貰える賃金はスズメの涙というに相応しく、お陰で遮音性も気密性も無いボロアパートに住むのが関の山。当然部屋の中もその家に相応しいと言えそうな状況であり、未だに奥行きが60センチもあるブラウン管テレビを使っている。それは食事に於いても然りで、1日に1回だけしか食事を取れないなんて事も珍しくなく、時にはおにぎり1個だけ、牛乳1杯だけなんていう日も珍しくない。
まあ良い。今を含めたそれら全ては偽物の私であり、私にとってそれら全ては単なる暇つぶしである。
かつては農民だった事もある。その際、隣村の奴に誘われおねぇになった事もある。その流れで以って聖女になった事もあるし侍だった事もある。侍だった頃は丁度幕末で、時代が動いているのを肌で感じていたものだ。
そんな人生経験豊富な私の素性を知る者は1人もいない。永遠ともいえる命を持つ本当の私の姿を知る者は誰1人としていない……いや、サラリーマンである私の上司の幾人かは知っていたな。知っていたというよりは私が教えたのか。といってもその事を教えた直後、そいつらは皆この世から消してしまったしな。ああそうか、上司の入れ替わりの激しさには私も一役買っていたのか。いや、いなくなった上司については全員私が消した所為で入れ替わっていたのだな。ははは。まあ良いだろう。どうせ使えない奴らばかりだったし。
しかし本当の私を誰一人として知らないというのも、考えてみれば少しだけ寂しいな。今度トモダチというのを作ってみようか。そして勇気を出して告白してみようか。私が永遠とも言える命を有する「大魔王」と呼ばれる存在であるという事を告白してみようか。
2020年12月18日 初版
第2回「下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ」大賞投稿作品
「ブラック企業、必殺技、忍者、おにぎり、ドラゴン、文学少女、名探偵、ボロアパート、大魔王、聖女、サラリーマン、幕末、ブラウン管、伝説、農民、おねぇ、入道雲、暇つぶし、偽物、牛乳、コントロール、森の」
上記全キーワードを全部使用して書いてみた。意味不明な箇所が幾つかあるのはご愛敬。