第3話 閃光
俺たちが駆けつけた先は混迷を極めていた。
爆発があったであろう道路は、クレーターのように抉れており、近くのビルの入り口が崩壊している。
朝の通勤ラッシュの時間もあり怪我人も少なくない。
あちこちから呻き声やすすり泣きが聞こえてくる。
「なんだよこれ、何があったらこんな事に・・・」
「真白、あそこ!」
輝夜の指差す先にはバレーボール程の複数の燃え盛る炎が浮いていた。
「なぁ、おかしいよなぁ?答えろよッ!この俺が聞いてんだよッ!」
炎の中心に二人の人影が見える。
「何でお前みたいな引きこもりが選ばれて、秀才であるこの俺が落とされなきゃいけないんだッ!」
周りに浮いている炎のように爛々と目をつり上げている身なりのよい少年が、俺たちと同じ制服を着てうずくまっている少年に声を荒げて叫んでいた。
「ぼぼ・・・ぼくに、そんな、こと・・・」
「何言ってんのかわかんねーよッ!」
震えながら絞り出した声を更なる爆発で掻き消す。
「ひっ、ひいぃぃぃ」
制服の少年は頭を抱え更に縮こまる。
「あのおかっぱ君ヤバいな、最悪怪我じゃすまないぞ」
「助けよう、真白。こんなの見てられない」
白くなる程握りしめた彼女の手がこの場を離れるものかと訴える。
「・・・はぁ、わかった。ただし、加減間違えるなよ。本気は絶対に出すな」
「わかってる」
これはわかってないやつだな。
俺はもう一度ため息をつくと、鞄からメガネケースを取り出す。
「俺はサポートに徹するから好きにやれ」
「・・・ありがとう」
俺はケースからゴーグルタイプのサングラスを出しながら周囲の確認をする。
生きているのは3箇所か、後2つ位作った方がいいな。
「思創の卵発動、『鏡師』」
サングラスの装着と共に能力を発動する。
「座標指定、A・B・Cを接続、新にD・Eに作成、メインと接続」
少年たちを中心とした周りにあるカーブミラー、崩れた自動ドア、横たわる車のサイドミラーを順次見ていき、次にガードレールの端、郵便ポストに鏡面を作り出した。
「さっさと、終わらすぞ」
準備を整えた俺は輝夜にそう呼び掛ける。
「ちっ、芋虫見てぇにうずくまりやがって。もういい、お前を消せば一枠空くだろ」
そう吐き捨てるとアッシュブラウンの髪を掻き上げながら少年は右手を空に掲げる。
「焼き尽くせ!『炎弾』」
手を掲げた先に新たな炎の塊を生み出していく。
その炎を見てさらなる悲鳴が上がり、炎が先程のよりももう一回り大きくなった。
「わかりやすい能力だけに影響力は絶大だな」
俺は大きくなった炎の塊を見てそう漏らす。
誰しもが持つ『思創の卵』には一つの共通ルールが存在する。
個が望み、他が認めた時発現する力ゆえ、周りの人たちのイメージをも吸い上げて力としてしまう。
有名な神話や逸話であるほど、わかりやすい力であるほど世界に影響を及ぼしやすい。
一番最初の大爆発からの恐怖、倒れ伏す人達を見て想像してしまう威力、これらが本来以上の力を引き出してしまうのだ。
さらに説明を付け足すなら、力の使い方の想像しやすさも影響しているだろう。
『炎弾』という能力名が意味する所は火山。
あの塊が高速で飛来し、爆発させてあのクレーターができたのだろう。
十分に大きくなった炎塊に満足そうな笑みを浮かべ、少年が振り上げた手を振り下ろそうとした瞬間、炎塊は一筋の煌めきと共に空中で爆発した。
「ぐっ、誰だッ!俺の邪魔をするのは!」
少年は荒々しくこちらに振り返り、邪魔をしたであろう光り輝く弓をもった彼女を睨み付ける。
「逆恨みも大概にしなさい!どれだけの人に迷惑をかけてると思っているの!落ちた理由なんてそういう所を見透かされたんでしょ!」
「何だと!」
奥歯をギリギリと鳴らしながら右手を輝夜にかざす。
「俺を誰だと思っている!俺は常に一番だった!学力も運動も何もかも、常にトップだったんだ!俺が、山野流星こそが、選ばれるべきなんだよ!」
「何かと思えばくだらない。ただの井の中の蛙じゃない。同情の余地無しね」
輝夜は弓を構え右手に光の矢を生み出す。
「だまれぇぇえ『炎弾』」
勢いよく打ち出された炎塊を輝夜は最小の動きで容易くかわす。
次々に撃ち込まれる炎塊の射線を見切り、体をそらすだけでやり過ごし光の矢を放つ。
「人のいる方には避けるなよ、設置場所わかってるな」
「大丈夫!」
「まずは体制崩すぞ、貫通抑えて衝撃中心で頼むぞ」
「わかってるっ!」
そう言うなり輝夜はポストの方に光の矢を放つ。
「反射指定"光"」
光の矢はポストの鏡面に吸い込まれ、山野目掛けて放たれた。
「なっ!」
慌てて屈みやり過ごすが、程なくして背中に衝撃が走る。
「ぐっ・・・、避けたはずなのに」
輝夜はさらに自動ドア、カーブミラーの方に矢を放つ。
それぞれがキラリと輝くと山野の方へ方向を変える。
今度は避けずに矢の方へ両手をかざし炎塊で相殺させる。
「なるほど、反射か。なら先にその邪魔な鏡からぶっ壊してやる!」
ポスト、カーブミラー、自動ドア、ガードレールの方にそれぞれ炎塊を放つ。
即断即決か。なるほど、頭のよさを自慢するだけはあるらしい。
見ていないはずの背後にあるガードレールにまで炎塊を飛ばしてくるとは。
「ただ、不確定要素があるのにそれは軽率だな」
迫り来る炎塊が鏡に触れる直前に狙いを定める。
「反射指定"炎"」
四方に飛ばした炎塊は爆発することなく、山野の元へと反っていく。
「なっ!くそっ!」
山野は前に飛び込み、頭を抑えて衝撃に備える。
直後四方から反ってきた炎塊が中心で轟音を響かせた。
爆風でさらに前の方へ転がっていく山野を見て一息をつく。
これでおかっぱ君と距離が取れたな。
「安心しろ、威力は"半減"させてやったから、そこまで痛くないだろ?」
「なん・・・だと」
山野は自分の体を触り本来の威力ではないことを確認する。
まぁ、相性最悪だから同じことは出来ないんだけどな。
設置してあった場所を横目に確認しながら心の中でぼやく。
鏡があった場所は炎の熱で溶け落ちてしまっていた。
「くそっ!ならお前から―――」
片付けてやる、かな言おうとしたことは。
山野は体をくの字にしながら瓦礫の方へ飛ばされていく。
「私のこと忘れてない?」
輝夜は更に光の矢を放つ。
一発、二発、三発と走りながらも美しい姿勢から放たれる閃光は、輝夜の狙った場所へと吸い込まれていく。
正射必中、それは当たるべくして当たり山野の意識を刈り取りにかかる。
輝夜に対抗すべく山野は出鱈目に炎塊を撒き散らすが、その悉くを打ち落とされていた。
「ぐ・・・、二人がかりで卑怯な。どうせお前らは一人では何も出来ないくせに!」
「・・・はぁ?」
輝夜が山野を見る目の色を変える。
「そっちの男!女の後ろでこそこそしやがって!お前もそんな男の腐った野郎の援護で俺に勝てて満足か!」
「・・・れが、・・・ってる・・・」
輝夜が聞き取れない声で呟いたかと思うと、光の弓の煌めきが増す。
「何だ?図星を付かれて恥ずかしくなっ――――」
「誰が男の腐った野郎ですって!」
光の矢も先程までと比べ物にならないほど輝く。
やばい、輝夜がキレた!
このままだとマズイと俺は辺りをを見回す。
俺は輝夜と山野の間にある自動ドアのガラスと、ガラスのすぐ後ろにあったサイドミラーを繋ぐ。
頼む間に合ってくれ!
「透過遮断!」
「貫くは一筋の光」
極限まで輝きを増した光りの弓矢は本来の荘厳たる姿を顕現させ、悪しき者に雷の鉄槌を放つ。
音を置き去りにして、辺りは閃光に包まれた。