第2話 トラブル
「んーっ、やっぱり巴さんのは料理は美味いなぁ」
道すがら渡されたサンドイッチに舌鼓をうつ。
料理の細かいあれそれを知らない俺にすら、味の違いを見せつけてくれる。
この料理が暫く食べられないのは残念でならない。
「私だってそれくらいなら作れるんですけど」
「何張り合ってんだよ」
「別にー」
不機嫌そうに顔を覗き込む幼馴染を見て、俺は話題を変えることにする。
「そういやさ、制御装具ってどんな道具なんだ?」
「真白・・・、私と一緒に合格説明会に行ったでしょ」
「いやぁ、普段使わない脳みそ使ったんで・・・寝てました」
この上なく哀れなものを見る目はやめてくれないだろうか。
それぐらい頑張ったんだよ、本当に。
「まったく、しょうがないわねぇ。真白は本当に私がいないとダメなんだから」
そう言うと輝夜はフフンと鼻を鳴らし、上縁のないオシャレな銀縁眼鏡をキラッと輝かす。
いつものドヤ顔に戻ったかと心でうなずきながら、俺は輝夜の話に耳を傾ける。
「制御装具は文字通り制限や制御をするための装置よ。学園都市のゲートに備え付けられている監視装置で、制御装具をつけていない不審者を察知および撃退、また指定禁止区域への侵入の警告とかね」
「ただのオシャレなリストバンドじゃないんだな」
説明会でのわずかな記憶、制御装具の形を思い出しながらうなずく。
「あれはあくまで学校指定の形なだけよ。学園都市内で勤めている人はタイピンだったり社章バッチだったりするみたいよ。所属を分かりやすくするためのものなんでしょうね」
「なるほどなぁ」
「まぁ、これは追加要素だけどね。制御装具の本質は能力『思創の卵』の暴走を防ぐための制御装置よ。能力の誤った使い方や人を殺しかねない威力で使おうとしたときに止める手段ね」
犯罪や事故の抑止こそが本来の目的か。
『思創の卵』とは意思あるものが誰しも一つは持っている特異能力だ。
個が望み他が認めた時、それは力として発現する。
一度発現した力は本人の心に刻まれ、任意に使うことができる。
攻撃的な能力なら確かにいろいろ危ないよな。
「他にも学園都市内の地図や学校の校則、自分の成績や能力の詳細なんかも確認できるみたいね。真白風に言うなら何かすごい生徒手帳よ」
ビッと人差し指を立てて輝夜先生の講座が締め括られた。
「俺みたいな地味な能力には過ぎた機械だな」
「私は地味ではないと思うけどね。便利だから助かるし」
「まぁ、女としても輝夜の能力にしても相性はいいだろうな」
そう言いながら街道の方に目をやると巨大な壁で覆われた区画が見えてきた。
「あれが学園都市を守る鉄壁『拒絶する壁』か」
正規のルート以外からの侵入を拒む壁。
まず高さ30メートルの物理的拒絶、マンションで言えば10階建ての垂直な壁だ。
パッと見空からなら入れそうだが、あの壁の制作者の能力で対空対策もあるらしい。
レアな能力で転移系もあるが、座標認識などを狂わせており飛べないと、公式HPに書いてあった。
「世界最高峰の技術と叡智が集結したって言うだけあるわね。試したことはないらしいけど核すら防ぐらしいわよ」
「俺が在学中はその実験がないことを願うよ」
「なにバカなこと言ってんのよ。あってたまるもんですか」
呆れた顔をしながら輝夜は俺の前に少し出る。
「そ・れ・よ・り、私に何か言うことはないの?」
クルっと一回転して俺の顔を悪戯っぽく見つめる。
「・・・ああー、とてもお似合いですね輝夜様。制服の方が着せられているようだー」
「何か、心がこもってない」
頬を膨らませながら輝夜がジト目で俺を見る。
気恥ずかしくて素っ気なく言ってしまったが実際とても似合っている。
男子と同じくスカートは深緑のチェック柄、ネクタイの代わりにワインレッドのリボンをつけている。
前でしっかり留められている紺の上着が輝夜のスタイルのよさを際立たせており、スカートの絶妙な短さが年頃の可愛さを滲ませている。
自分の制服と同じ色、同じ素材で出来てるとは思えないくらい彼女に似合っていた。
「・・・お前で似合ってなければ他の誰にも似合わねーよ」
輝夜から視線をはずし、頬をかきながらポツリと言う。
何か背中がムズムズする。
「そんなに?」
「そんなに」
今度は視線を合わせてうなずく。
「ならよし!お父さんのいる学園だから選んだのもあるけど、やっぱり制服は可愛いところがいいよね!」
鼻歌交じりに軽くもう一回転すると隣の位置に戻ってくる。
「あ、真白も似合ってるわよ。馬子にも衣装ね」
「それ、褒め言葉じゃないからな」
「そんなことないよ、褒めてるよ」
輝夜は悪戯っぽくフフッと笑う。
俺はやれやれと首を振りながら、その後も他愛もない話に花を咲かせるのだった。
話をしているうちにようやく学園都市の門が見えてきた。
「よかった、これなら入学式に――――」
輝夜の言葉を打ち消すほどの轟音が鳴り響く。
音のする方を見るともうもうと黒煙が立ち上り、遅れて悲鳴が広がっていく。
「爆発?何かあったんだわ!」
そう言うなり輝夜は煙の方へ走り出す。
「おい、わざわざ首を突っ込むな!学園都市の門の前だ、秩序の檻がすぐに来るから任せるんだ!」
「怪我してる人がいるかも知れない!これが能力によるものなら早く止めないと!」
輝夜は聞く耳を持たず走り抜けていく。
「あのバカ!何かあったら親父さんにどやされるの俺だけなんだぞ!」
風のように走り抜ける輝夜の後ろ姿を見失わないように俺も駆け抜ける。
頼むから面倒なことだけは起きるなよ!