幸福
翌日、エルシアはある目的のため素早く仕事を終わらせた。
「多分この中にいると思うんだけど…。」
公園のベンチに座り、人間の情報が書いてある分厚い資料に一枚一枚目を通す。
「……………あっ、いた! この子だ!」
何万枚もある紙の資料から強く記憶された顔を探すこと数時間、記憶と一致する人間を見つけ資料を上へと掲げる。
その人間の名前は未世 哀翔。何か突飛した才能は表記されておらず、つい最近父親の転勤でこの町に引っ越してきたらしい。趣味はゲームで特技は裁縫。好きな食べ物はいちごで優しい父と母の三人家族。エルシアは未世に関する細かい情報を読み漁り、書いてある住所へ行ってみることにした。
外見も中身も普通の一軒家だ。
「失礼しま~す。」
一応小声で断りを入れて玄関の扉をすり抜けると、家の中を歩き回って未世を探す。
どうやら二階の角部屋が子供部屋らしく、ベッドや教材、勉強机などが置かれていた。未世はまだ帰っていないのか、家の中には母親の姿しかない。
「いつ帰るんだろう…。会議までに間に合うかなぁ…。」
本当は未世が返ってくるまで家の中で待ちたいところだが、終業時間が近づいておりその後の会議の時間がある。エルシアは時間ギリギリまで家の中で待機するも、未世の姿は見えず泣く泣く天界へ帰った。
落ち着かない様子でいつも通りの会議を終え、最速で人間界に降りる。本来業務を終えた幸学部の天使は人間界に用はないはずなのだが。
エルシアが未世の家へ入ると、既に家族三人は揃っていた。母親が食器を片づけているのを見て、晩の食事が終わったのだと予想する。父親と一緒にテレビを見ている哀翔へ近付き、正面からまじまじと顔を見つめるエルシア。
「……………昨日はありがと。」
そうつぶやき顔を逸らすと、哀翔の隣で一緒にテレビを見始める。気が付けば一晩中未世家と共に時間を過ごしており、三人が寝静まると慌ててエルシアも自分の家に帰った。
「ただいま~。」
「あら、おかえりなさい。今日は遅かったのね、心配しちゃった。何かあったの?」
母親の心配する声に動揺するエルシア。馬鹿正直に「うん、ちょっと気になる男の子がいたから家に入って監視してきちゃった!」と言えるはずもなく。
「え?うん、ちょっと色々あっただけ! もしかしたら明日からも帰りが遅くなることがあるかもしれないけど、心配しないで! 別に大したことじゃないから!」
そう適当に誤魔化しながらリビングの椅子に腰を掛け、大きな首飾りを外して肩を回す。
普段と変わった娘の様子を見て、母親は
「大丈夫? あんまり無理はしないでいいのよ。もう遅いし、早くお風呂に入っちゃいなさい。」
と言って着替え一式をエルシアに渡し、首飾りを受け取って扉の近くにある壁へかける。
「ありがとう、お母さん。」
母親に嘘をついてしまい罪悪感を覚えながら、ソファーから立ち上がり入浴場まで向かった。
入浴と食事を済ませ、自分の部屋へ戻るとエルシアは明日の仕事内容を見る。一日の流れを確認するため一通りの住所と名前を確認していると、リストの中に未世哀翔という名前を見つけ目を見開く。
「さ、さっそく明日…私があの子に!? なんて運命! …あっでも。」
期待して仕事の詳細を呼んだが、不運なことに幸運の規模は日常的によくあるような小さいものだ。
「なんだ~も~!!せっかく喜んでるところが見れると思ったのに、こんなのじゃだめだよー!」
椅子から垂れた脚をバタバタと動かし悔しがる。ため息をついて部屋の電気を消し、ベッドに潜った。