2.リサ現る/幼馴染を鷲掴み
不快な思いをさせたら本当にごめんなさい。
「ありがとがっちゃん。また明日」
「おう」
愛花「見送り、俺はコンビニで唐揚げ棒とその他諸々を買い、夜の街並みに耽っていた。そんな時、花との行為の事を思い出した。
「凄かったな」
あんな経験がかつてあっただろうか。自分の手で美少女である愛花を絶頂に追いやった。まだ指にあの時の感覚が残っている。
「くしゅん」
漫画やアニメの世界でのみ使われていると思われていたその可愛いくしゃみは、暗い路地裏から聞こえてきた。
そこには暗闇の中でも分かる、華やかだったはずの服がボロボロに汚れていて、それを着ながらよろめいている少女がいた。思わず駆け寄り声をかける。
「大丈夫ですか?」
「ここ……どこ」
どこまでも優しく透き通るその声に魅了されてしまった。暗く顔も汚れていて容貌は上手く視認できないがかなりの美貌だろう。
「君名前は?」
「リサ」
「住んでる所は?」
「……思い出せない」
覚束ない言動で、心配になるも、情報の不十分さに俺は先が見えなくなった。
「これ食べる? まぁ食べかけだけどね」
唐揚げ棒をリサという少女に向けると、彼女はそれをマジマジと見つめて両手で受け取り、ハムハムと几帳面に食べ始めた。結局おいしそうに全て食べてしまい、俺は苦笑してしまった。
現在地の名前を規模を大きくしながらリサに問うも、首を傾げてばっかりで、彼女は記憶喪失なんだなと把握した。
「とりあえず、服も汚れてるしうち来なよ」
「いいの……ですか?」
「もちろん」
手を差し出し、それを掴んだリサを優しく引っ張る。よろめくように路地から出てきた彼女に思わず目を見開かせてしまった。
月明かりや街灯に照らされたリサは一言で言えば女神だった。目鼻口などの部位が全て完璧な形でで完璧な位置に配置されていて、どこか人形や作り物のようなものを思わせる。胸元の部分まで揺らせている白銀の長髪は流れる銀河を連想させられ、少なくともこの国に住んでいる人ではないなと思った。
速やかに家に帰ると飲み会に行ってくるという母の置き紙があり、母に事情を説明する手間が省け、俺はリサを洗面所に連れ込んだ。真希にはなんて言っておけばいいだろうか。
「服用意したから風呂出たらそれに着替えて。あと脱いだのはその洗濯機に──」
「大丈夫です。私直せるので」
「は?」
裁縫でか? なんて思っていたが、予想は180度違いリサは本当に服を治し始めたのだ。手を使わないで。
長い睫毛ごと目を瞑り、あろうことかリサは自身が光源となり光を放ち始めた。眼底が痛くなるほどその光力は凄まじく、目を塞いでしまった。
目を開いたそこにはお姫様がいた。お姫様としか言いようがないのだ。開いた口が塞がらない俺に、彼女は当たり前だよと言わんばかりに首を傾げている。
そうして俺たちは当たり前だが別々に入浴を済ませ、自室にリサを招いた。ベットに座りながら心地を楽しんでいるようだ。
そんな時、ドア越しに誰かの足音が近づいてきた。
「リサっ、隠れろ」
咄嗟の本能でそう放ったが、ベッドの下に隠れるスペースはなく、まあ仕方ないと俺はため息をついた。
「ねえ兄ちゃん。風呂に女の髪が浮かんでたんだけど。母さんのでも愛花姉さんのでもないよねこれ」
「あぁ。えっと紹介するよ、彼女はリサ……あれ、リサ?」
先程までベットに腰掛けていたリサの姿は部屋中どこにもなく、あんな刹那的時間に移動する術はないので、しばらく呆然としていた。
「リサさんって言うの? 別に怒ってないけど、ちゃんと彼女できたなら私に言ってよね」
「……」
ほぼ放心状態のまま真希は扉を閉め、自室へ戻っていった。俺はきっと夢を見ていたのだ。だからあんなかつてなくこの先も出会わないであろう超絶世の美少女だったのだ。しかし、美少女をあたかも隣にいると錯覚してしまうほど俺は落ちぶれてしまったのか。
疲れているのだと、ベットに向かおうとしたら先程までなかったリサの姿がそこにあった。
「え……なんで……」
「隠れろって言われたので」
「あーうん……」
何がなんだか分からなくなり、半ば気力のない返事をして俺はベットに横になった。
「あの、私いつまでここに居させてもらってよいのですか?」
「いつでもいーよ。帰りたくなったら帰ればいいし。好きなよーにして」
目蓋を閉じながら無責任にそう放った。
「就寝されるのですか?」
「ああ」
「では、御在宅の御礼に、最高の睡眠を提供します」
「は?」
「目を瞑っていてください」
再び目を閉じるとひんやりとしたか細い掌が両目を覆うように被された。
「それでは、また明日」
途端、強烈な睡魔に襲われた。快楽とも言える壮絶な渦に飲まれるように、深く深く意識が遠のいていくように沈んでいった。
目覚めは恐ろしいものだった。目蓋を軽々開けると、眠気のね文字もないほど目が冴えていた。目覚ましのアラームが鳴る数分前に目覚めて、俺は勝ち誇ったように目覚まし時計に中指を突き立てた。
今日は充実した良い1日になる。これは憶測でなく事実だ。根拠はないが自信に満ち溢れていた。
登校の支度を済ませ、俺は愛花家の前でインターホンを押した。
あくびをしながら玄関から出てきた愛花を威勢のよい挨拶で迎えた。
「がっちゃんから迎えにくるって珍しすぎだよ。朝から元気よすぎ」
そう言って二度目のあくびをしてうとうとしている愛花に隙ありと胸を鷲掴んだ。
「ひゃっ!? 馬鹿! 朝から馬鹿!」
「わりわり」
手をバチンと弾かれ、やはり昨日のようにはいかないのだと雰囲気が教えてくれた。
「今日のがっちゃん変だよ」
「いつもさ」
「……」
本当にごめんなさい。