起業家
大きな会社を起業した人間は、目の付け所が違うと言わざるを得ない。
歴史や言語、社会制度などを研究する学者、物理や科学、医学を専門としている者、そんなオタク気質あふれる健二研究チームの中で、一人異質な輝きを放っている者がいた。
大企業の経営者だというオウさんだ。
オウさんは、最初から健二研究チームに組み込まれていた人材ではない。
経済学者のファンさんや中央の政治家に圧力をかけて、このチームの一員になる立場をもぎ取ったらしい。
「俺は、健二を起業家に育てあげるつもりだ。休みの前に君から聞き取った地球の製品は、このロウナ星のどの国でも通用するし、バンナム国だと最初に何を仕掛けたらいいのか、もう具体的な話をつめてきてるんだ」
どこかカリスマ性を持った迫力を感じるオウさんの言葉に、健二も息をのんだ。
「はぁ」
「いいか、このロウナでもそれなりに産業は発展して、文明も進んでいる。だがな、ロウナ人、ひいてはバンナム国民が今まで考えてもみなかった地球独特のシステムというのもあるんだ」
「なるほど」
「俺は、そんな新しいやり方をこの世界に取り入れさせようと考えている。健二、お前は自分では気づいていないだろうが、文化や経済の面で大きなアドバンテージを持ってるんだよ」
「……………………」
ギロリと健二を睨みつけて、前のめりになって話し続けていたオウさんは、椅子に深く座り直した。
健二に考える時間をくれるつもりらしい。
地球独特のシステムね。
そういえば経済学者のファンさんや社会学者のソウシャさんの聞き取り調査に、オウさんは最初からずっと同席していた。健二は政治に関わる国の実力者が、調査費用をチョロまかされないように確認するため、最初のうちだけ出向して来ているのかと思っていた。
後で世界規模のグループ会社の経営者だと紹介されて、驚いた覚えがある。
そんな忙しい仕事を持っている人が、なんでこんな田舎にやってきて、健二の面白くもない話をずっと聞いているんだろう? そんなふうに思っていた。
しかしオウさんのこの意見を聞いて、健二は得心した。
角度を変えて客観的に社会を見ることは、意外と難しい。どうしても今まで生きてきた常識にとらわれてしまうからだ。
全く違う歴史の上に立っている他の星の人間である健二の考え方は、その常識にことごとく疑問を投げかけるものだったのだろう。
この世界で生きていくためには、生活の糧を得るための仕事を探さなければならないとは思っていた。
でも……
「起業家ですか? 僕にできるでしょうか? この国の法律にも明るくないですし、大勢の人たちに何が受け入れられるのかも全く想像がつきません。オウさんの会社にアドバイザーとして雇って頂くのが相応かと思いますが……」
健二の言うことは想定内だったらしく、オウさんは自信満々に微笑みながら健二の意見を崩しにかかった。
「健二の世界のノウハウは、俺のグループの一つの会社だけで抱えきれるようなもんじゃない。世界規模で共有すべきシステムだ。それにバンナム国という一つの国だけが知っておけばいい話でもない。そういう個々人のものだけにしておかないためにも、会社を立ち上げておいたほうがいいと俺は思う」
「そこまで重要なものなんですか?」
「ああ、コンビニのシステムなんかは強烈だった」
「コンビニエンスストアですか。あれは外国のチェーン店のやり方を少し勘違いした日本人が、本部の助けを得られないことがわかって、試行錯誤の上に作り直したものなんですよね」
「健二が観たというそのテレビの特集番組の話も面白かったな。ここではマスコミュニケーションのあり方も違う。バーバルという仕組みが古くから発達していたからな。個人が会社を興して情報を扇動することができるような、社会的な素地はなかった」
バーバルというのは、トーサンが使っていたタブレットのようなものだ。
使っている者の意識を操作増幅して伝達できる、通信機器らしい。その仕組みを聞いた健二は、魔法の伝達物質なんじゃないかと思えた。
実際、健二はバーバルを使えない。この星の人たちとは身体の仕組みが違うのだろう。
反対に、ここの人たちには健二の説明した電気がよくわからなかったようだ。
石油資源の活用もされていないらしく、特殊な鉱石が、地球でいうビニールやプラスチックの代用として加工されている。
つまりバーバルの動力源は、静電気のように個人の身体の中に組み込まれている。
冷蔵庫や自動車を動かすような大きな動力源は、アライン回線やアライン燃料が使われている。
地球でいう石油資源や電力源のようなものだ。
このアラインは、ロウナ星の魔法の塊としか説明しようがない。
あるのがあたりまえで、この星の人たちにはアラインの特殊性がわかっていない。
枯渇しない燃料、公害のないクリーンエネルギーというとわかりやすいと思う。
この星の人間の身体の中には、魔法の塊があり、星の中にも大きな魔法の塊がある。
羨ましい話だ。
「俺の傘下の会社から、それぞれの専門家を役員として派遣するし、健二にはできる秘書を二人つける。わからないことは彼らに相談して任せてしまえばいい。君はアイデアを提供するのが仕事だ」
そうオウさんに言われると、起業して会社を経営するのはとてつもなく簡単そうな仕事に思えた。
「それに、最初は利益を得るために、確実に勝てるところから進めていく。健二、君は教師だったと言ってたな。それなら文房具に親しみがあるんじゃないか? この長期休暇の間に、うちのスティショナリー関連会社の中でも一番シェアの大きいラビット社のラージン企画部長に渡りをつけておいた」
「ラージンさんですか」
アラジンみたいな名前だな。
「ああ、彼は企画開発のたたき上げだ。健二から聞いた話をしたら、すぐに食いついてきたよ。うちの国、バンナムでは文具好きな人が多いんだ。地味ではあるが、世界規模で展開するとシェアは充分にある。健二の会社が手掛ける一歩としては、堅実でありながら儲けもそこそこ出る取り組みだと思うね」
オウさんの中では、もう健二が起業することが決定していて、さらなる展開も考えているように思える。
大企業の経営者というものは、押しが強いなぁ。
それでも彼の話を聞いていると、子どものようにワクワクしてくることも事実だ。
アイデアを引っさげて、社会に打って出る。それもいいかもしれない。
健二はオウさんが用意していた大きな流れに乗ってみることにした。