キャンプ飯
あーあ。
…………………………。
これからどうするかな。
健二は崖下の日影に座り込んで、ズボンについた草の切れ端をつまみあげた。
がっかりはしていたが、元の世界に帰れなかったこの状況を、半ば予想していたような気もする。
神隠しにあったかのように忽然といなくなった人間が、もとの場所に帰って来たという話を、健二はかつて聞いたことがない。
もちろん元日本兵が戦争から何十年も経った頃に発見されたという報道を、懐かしのテレビ番組で観たことはある。それに北朝鮮に拉致されていた人たちが苦難を乗り越えて帰って来たことは、小さい頃にリアルタイムで見ていたので、そういう事件があったということもよく知っている。
でも「異世界」から、「他の住民が住んでいた星」から帰って来たという人の話は聞いたことがないんだよなぁ。
あっちでは、行方不明になった俺が、もしかして川に流されたのかもしれない、いや山で迷子になったかもしれないなんていって、大規模に捜索されたりしたんだろうか。
両親や弟、親戚のおばさんたちの心痛を思うと、居ても立っても居られない気持ちになってくる。
じいちゃんとばあちゃんは、たぶんずっと泣いてるんだろうな。
帰りたい……もしかしたら帰れるかもしれないとここまで来たけれど、ダメだった。
頭を切り替えろ、健二。
この世界で生きていくすべを模索するんだ。
そう何度も自分に言い聞かせてはみたものの、現実を見たショックは大きくて、立ちあがる力がなかなか湧いてこなかった。
健二が手でもてあそんでいた草の葉を放り投げて、行動を起こそうと思ったきっかけは、腹の虫だった。
腹減った。
どっちにしろ生きるためには食べなくてはならない。
シンプルな理由だよな。
リュックサックから敷物を出した健二は、そこに座って家から持って来た食材を取り出した。
焚火を作らなくちゃな。
風が吹いてくる方向へ焚き口を作って、コの字型に大きな石を並べる。小枝や枯草も拾ってきて、火消し用の土もその辺りからかき集めておいた。
薪は……あそこに転がっている枯れ木の枝を使うか。
枯草や小枝にライターで火をつけて、炎を安定させると、少しずつ薪を足していった。
火はボウボウ燃やしてはいけない。
安定した小さな炎が長時間燃えているほうが料理は作りやすいのだ。
健二は、きれいな小枝にソーセージを突き刺して、火の側で炙り始めた。火に近づけすぎないようにこんがりと炙っていく。
ソーセージは汗をかきながら膨らんでいって、よく焼けた皮の部分がプチンと弾けると、いい匂いのする油を垂らし始めた。
おっと、これはもういいな。
シェラカップにケチャップと粒マスタードを出して、それをソーセージにチョンチョンとつけてかじりながら、水筒のハイボールを一口飲む。
「ああぁ、うめぇ!」
何も考えずに、ただソーセージの焼き具合だけに集中する。
こうしていると、先行きの不安もなくなってしまうように思える。
健二はいくつかソーセージを食べた後にベーコンも焼くことにした。
小枝の先でブラブラと旗のように揺れているベーコンからは油がタラタラとにじみ出て、焚火の上に落ちていく。ベーコンが波打って縮まり、灰の中にジュンッと落ちる油の音が何度もし始めたら焼き上がりだ。
シェラカップに入れて、醤油をタラリと垂らして食べると、天上の食べ物であるかのように美味い。
ハイボールがますます、すすむ。
野菜も食べないとな。
ガラス瓶に入れてきたピーマンの味噌炒めをつまみに食べながら、健二はアルミホイルに玉ねぎとジャガイモを丸ごと包んでいった。
この塊を火から離した灰の中に埋めておく。
健二が何枚目かのベーコンを食べて、ハイボールが入っていた水筒を空にした頃、灰の中に入れておいた玉ねぎの蒸し焼きが出来上がった。
トロリと溶け始めた玉ねぎに塩コショウして、ここにも醤油を垂らす。
醤油は万能調味料だよな~
その頃には、凍ったままで持ってきていたレモン焼酎の缶がちょうど飲み頃になっていた。
パチパチと燃える焚火の光が、いつのまにかまわりが薄暗くなってきていたことを教えてくれた。
イモが焼けたかなぁ。
アルミホイルの上から箸を突き刺してみると、ジャガイモに中まで火が通ったことがわかった。
よしよし、これは塩とバターだろう。
手作りの箸でイモを割って、バターを挟み、塩をパラリとふりかける。ホッコリとした塊をフウフウと冷ましてから口に入れると、芳醇なバターの香りが広がった。
こういう時はシンプルな料理が一番だな。
健二は焚火の側で二本目の焼酎缶をあおりながら、ふわふわと酩酊してきた頭でこれからの予定を考えていた。
明日の朝、もう一度、藪の中へ入って帰り道を探してみよう。
それでダメだったら、キッパリと諦められる。
サオさんを口説いてみるか?
いや、その前に仕事をみつけなければいけないな。地球人としての研究対象の仕事は、いつまでも続かないだろう。
今までやってきた教師の仕事をするには無理がある。他の星から来た人間に、この国の文学や歴史は教えられない。
それを考えると理系の仕事か……何か手に職を持っていたらよかったなぁ。
バイクタクシーの運転手は、元手のバイクを買う金が必要だ。料理人? 料理は好きだが、俺の場合はしょせん男の手料理だからなぁ。
トーサンに相談案件だな、これは。
健二は酔っぱらって、とりとめのないことを考えていたが、この心配は休み明けに払拭されることになる。
しかしまた違った問題も起きてくる。
人生というものは、選択と選択する時の悩みで、できているのかもしれない。