ワカモーレとセビーチェに鰻
健二研究チームのメンバーが半減しているなと思っていたら、夏の長期休暇に入っていたらしい。
「ハハッ、ということで私たちも1か月の休みに入る。ケンジも明日から、しばらく休暇ということになるな。なんなら、一緒に首都の私のうちに遊びにくるかね?」
ソンバック博士にこんな風に誘われたが、健二は辞退申し上げた。
休みの時ぐらい、仕事上の付き合いは遠慮したい。
それに川下にある隣町の橋の補修が完成したと聞いたので、少し遠回りになるが川の対岸に渡って、あの崖下の山道のことを調べに行ってみたい。
健二がどこから来たのか、研究チームの人たちには伝えていないし、世話になっているトーサンやチャンにも言っていない。気づいた時には橋の向こう側を歩いていた、とだけ伝えている。
もしあそこにワームホールのような異世界転移点があるのなら、ロウナと地球、双方の星にとって、大きな社会問題になると思ったのだ。
でも休みの第一日目になる今日のところは、暑気払いになる美味いもんでも食って英気を養いますか!
健二は朝早くに起きて、町の広場で開かれている朝市に行ってみることにした。
夏の朝というのは、子どもの頃のラジオ体操を思い出す。町の中心部へ向かう道筋に広い公園があるのだが、そこでは毎朝、近所の老人が集まって、清掃奉仕活動をした後に太極拳のような体操をやっている。
お、今日もやってる。
どこの世界でも年寄りというものは元気だなぁ。
「ケンジ、スィンチャオ! どこに行くんだ?」
集団の中から、一人のおじいさんが声をかけてきた。
よく見ると、町長のトーサンだ。カジュアルな白いシャツ姿のトーサンを見たのは久しぶりだ。
「スィンチャオ、トーサン。ここにいるということは、トーサンも休みなんだね」
「ああ、今日から2週間のバカンスだ」
「あれ? 意外と短いんだね。国の研究員の人たちは1か月って言ってたよ」
「ウジャのような田舎町じゃあ、そんなに休めるだけの交代人員がいないんだよ」
「なるほどぉ。僕はこれから朝市を見て回ろうと思ってるんだ。なんか美味いもんでも探してくるよ」
健二がそう言うと、トーサンは困ったやつだというように笑いながら健二を見た。
「ケンジは本当に料理が好きなんだな。男の趣味としてはどうかと思うが、独りで生きていくには必要か。早く嫁でももらったらどうだ? 好きな子はいないのか?」
「俺にそんな子を見つける暇があったと思う?」
「ハハハッ、違いねぇ。……でもな、好きな子ができたらわしに言えよ。わしはお前の親代わりだからな、先方の家に挨拶に行ってやる」
んとに、この人は。
朝っぱらからグッとくることを言わないでくれる?
「ありがとう。なんかあったら、トーサンに相談するから」
「ああ、何でも言ってこい」
トーサンと別れて歩いていると、前方を若い女の子が歩いているのが見えた。
いいスタイルしてるな。キビキビした歩きっぷりが小気味いい。
好きな子か。
隣のサオさんは、まだ気になっている子で、好きというほどでもないんだよな。なんせどんな人なのかも、まだよくわからないし。
それにここで女性と付き合い始めると、元の世界へ帰れなくなるような気がする。
地球でも、残念ながら彼女はいなかった。職場の先生はベテランのおばさん方が多かったし、若い新人の先生は頼りなさすぎて、まったく恋愛対象にならなかった。
27歳にもなると、次に付き合う人は少しは結婚を意識した人になるよな。
それがなかなか付き合いに踏み切れないところなのかも。
市場に着くと、そこには朝から大勢の買い物客がひしめいていた。
威勢のいい掛け声で客を呼び込んでいるのは、魚売りの兄ちゃんだ。その隣の屋台からはなんともいえないいい匂いがしてくる。
この匂いって、もしかして……
人ごみをかき分けて健二がそこまで行ってみると、炭火の上でこんがりと焼き上げられた鰻が、皿の上に山になっていた。
うおっ、すげー!
高級魚をこんな山盛りにしていいのか?
思わず値札を見ると、そこには「1本 200ドン」と書いてあった。
「マジかよ」
健二的には、200ドンは200円ぐらいの価格だと思っている。鰻が2000円ならわかるけど、その十分の一の200円なんてウソだろ。
これはもしかして、鰻ではなくてヘビか何かなのか?
買おうか買うまいか逡巡したが「ええい、ままよ!」と買ってしまった。
どうせ異世界だからな、どの食材も初めてのもの尽くしだ。
野菜や果物を売っているところには、デパートの食品売り場では見かけないようなものがたくさんあった。
「サオリエンか、これはどうみてもドリアンだろう」
トゲトゲの爆弾のような大きな果物だ。
他にもズアというココナッツのようなもの、フットボールのような形をしたズアハウという名前の果物もあった。
こいつはスイカのような気がする。
健二はドゥードゥーというパパイヤもどきを一つと、チュオイというバナナを一房買った。
野菜は綺麗な紫玉ねぎがあったので、これを料理に使うことにした。
とすると、アボカド、トマト、レモン、ライムにネギ、それにパセリ、あそこの屋台でトルティーヤチップスも買っていくか。最後に魚屋でエビとサーモンだな。卵はまだあったから……
このメニューだと、酒は辛口の白ワインだな。
家に帰ると早速、料理にかかる。
パパイヤもどきのドゥードゥーは、皮をむいて種を取ると食べやすいように切って冷凍庫へぶち込む。
これはデザートの、そのまんまアイスになる予定だ。
白ワインも冷蔵庫の奥でしっかりと冷やす。もちろんグラスも冷やしておく。
アボカドの実をフォークでつぶし、レモン汁を加える。これをしておかないとアボカドは茶色になってしまう。トマトを小さいキューブ状に切って、みじん切りの玉ねぎやパセリと一緒にアボカドに混ぜる。
味付けはちょっときつめの塩、コショウだ。
トルティーヤチップスにこのディップをのせて食べると、いいつまみになるんだよな。
これでワカモーレ健二風の出来上がりだ。
次に紫玉ねぎを薄くスライスして、水にさらしておく。
なんとも涼やかな色だ。
ゆでたエビとサーモンの刺身、トマトの薄切りとパセリに紫玉ねぎ、これを全部混ぜてライムの果汁を絞りかけ、オリーブ油と塩、コショウで味付けする。
さっぱりした魚介のマリネ、セビーチェも完成だ。
最後に鰻の卵巻きを作る。
卵焼きの芯が鰻になるという贅沢品だ。今回は、200ドンだったけどな。
ウマキは切って、皿に盛った後に付いていたタレをたっぷりとかけた。
ウマキだけにうまそう。
しっかりと冷えた白ワインを片手に、健二は料理をつまんだ。
昼間からこうやって飲めるのが、休日ってもんだよなぁ~
くー、うまし。
このラインナップだと、冷えた日本酒もいいかも。
今度、飲んだことのない酒も開拓していこうと思った健二だった。