ナスのさっぱりレンジ蒸し
あれからチャンに連れていかれたところは、小さなデパートだった。
服飾、雑貨、食品など、ありとあらゆるものが置いてある二階建ての建物だったので、デパートといってもいいだろう。
チャンに封筒に入ったお金を渡されて、それでカミソリとシェービングクリームを買わされた。その後、下着売り場に行って、シャツとパンツと靴下を買った。
品物の名前や値段を、ここでもノートに書いて覚えさせられる。買い方や店員への対応なども、繰り返し教えてもらった。
最後に地下一階に下りて、夕食の惣菜を買った時には驚いた。
健二はあそこの社員食堂のようなところで、食事をするものだと思っていたのだ。
何日か経って気づいたのだが、健二が社員食堂だと思っていたところは、庁舎の職員食堂だった。
普段は昼飯だけを出しているが、健二が突然やって来たので、夜食や朝食を時間外に提供してくれていたらしい。
大きな建物は町の庁舎だったようで、金持ちのおじいさんだと思っていたトーサンは、町長さんだった。
何も持たずにこの世界にやって来た健二に、最初、チャンはズボンを提供してくれ、トーサンは大き目のシャツをくれたようだ。その後も、使っていないハンカチやカバン、鍋や皿などの生活雑貨品を町の職員の人たちが、善意で健二に寄付してくれた。
毎日、チャンから渡されていた日当のような買い物手当は、国から出ている「宇宙人と思われる生物」の研究費用の一部だったらしい。
それがわかった時には、健二もがっくりきた。
俺はモルモットかよ~と情けなく思ったが、生きていくためには背に腹は代えられない。身体を張ってでも情報提供して、もらえるものはもらっておくことにした。
健康診断や血液採取などが済み、片言を話せるようになった健二に会うために、国から専門の研究員が派遣されてきた時には、健二は庁舎近くの一戸建ての借家に独り住まいをしていた。
「あんたが宇宙人のケンジさんか」
国からやって来た研究員のチーフは、白髪頭のおばあさんだった。
可愛い子が来るといいなとチャンと一緒に期待していたので、申し訳ないけれどちょっとテンションが下がった。
「私も、思います、あなた、宇宙人と」
ここの言葉は、英語と同じように「主語+動詞+目的語+修飾語」というような順番だ。
健二の脳内では、こんな感じで言葉を組み立てているが、相手側にはある程度はなめらかに聞こえているらしい。ここまで早く言葉を習得するとは思わなかったとチャンにほめられた。
一応、大卒の文系科目の教師だからね。
大学受験の時に必死で覚えた英語の勉強が無駄ではなかったといえる。それに試験ではないので、健二は自分で作った辞書ノートを常に携帯していた。
鎖国を解いた江戸幕府の最初の通訳さんは、健二と同じような苦労をしたのかもしれない。
健二の返しに、おばあさんは豪快に笑った。
「ハッハッハ、面白い。確かにそう言われればそうだな。私は国から来た『*******』の研究員だ。ソンバックという。よろしくな」
たまにわからない言葉が出てくるが、たぶん日本語にすると『比較文化人類学』でも研究している人なんだろう。
このソンバック博士の口調は、おばあさんが話しているにしては男っぽいなぁと思っていたが、付き合っていくうちに最初の印象が間違っていなかったことがわかった。
他に、医者、歴史学者、経済学者、政治学者、宇宙物理学者、科学者、会社の経営者などが第一弾のチームとして、一緒に来ていた。
これらの専門家に専門的に使う言葉を教えてもらいながら、健二の生まれ故郷である地球の解析が進んでいった。
そんな研究用のモルモットとしての生活を仕事と割り切って、正面から取り組んでいくうちに、健二は地球という星の上で生きている「人類」のことを深く考えるようになっていく。
そして反対に、バンナムというこの国のことや、この星、ロウナ星についても詳しくなっていった。
健二がここにやって来たのは雨の続く肌寒い季節だったが、月日は巡り、最近ではうだるような暑さが町中を包んでいた。
今日はカーティームが安かったから、大葉と梅干しと三杯酢で、さっぱりとしたレンジ蒸しを作ろうかな。
カーティームというのはナスに似た野菜だ。つまりナスのレンジ蒸しを作る。
オーブンレンジはこの国にもあって、先日、夏のボーナスが出たトーサンが家のレンジを新しく買い替えることにしたようで、古い方のオーブンレンジを健二の家に持ってきてくれた。
持つべきものは気前のいい知り合いだ。
トーサンは最初に健二を拾ったこともあって、ここでの親父のような存在だ。
優しい時もあれば、ゴツンと厳しく説教を受けることもある。けれど彼はいつも健二のことを気にかけてくれている。
猫の額ほどの小さな庭を抜けて、干していた洗濯物を抱えると、健二は重たいカバンを扉の前に置いて、玄関の鍵を開けた。家の中に入ると、洗濯物を寝室のカゴに放り投げ、仕事用のカバンをダイニングキッチンのソファの側に置いた。
やれやれ、今日も暑かったなぁ。
マイディウホアのスイッチを入れて、トゥラインから麦茶を取り出すと、コップ一杯の冷たいお茶を一息に飲んだ。
はぁ~、生き返る。
「腹減ったな。先に飯を作っておいてからゆっくりするか」
チャンにもらったトウモロコシの皮をむいでラップに包むと、レンジに入れて4分間加熱する。その間に買ってきたナスを洗ってヘタを取り、1㎝厚さの輪切りにしたら、ごま油をからめて耐熱容器に重ならないように並べる。
よし、下準備はオッケー。
後は大葉をちょうだいしてくるかな。
健二は縁側からつっかけを履いて庭に出て、隣家との境界近くに生えている大葉を三枚ほどむしった。
彼女、今日は庭に出てないな。暑いからだろうな。
隣にガーデニング好きの若い女の子が住んでいるんだが、まだサオという名前しか知らない。
健二がここに引っ越してきて、ずっと庭で見かけたら会釈をするぐらいの付き合いしかしてこなかったが、彼女の蒔いた大葉の種が飛んで、健二の家の庭に生えてきたことで、話すきっかけができた。
「気にせずに食べてください」
はにかみながらそう言ってくれたサオのことを思い出すと、健二の心がウキウキと弾んでくる。
キッチンに戻って、大葉を洗って千切りにしていたら、ポンと音がしてトウモロコシが蒸しあがった。
トウモロコシを半分に切って、半分はそのまま、もう半分にはバター醤油をからめる。
ナスの容器にもラップをかけてレンジで4分間加熱する。
梅干しを刻んだものと千切りにした大葉を、砂糖、酢、醤油の三杯酢であえておく。ここにポンしたナスを加えて混ぜるとナスのさっぱりレンジ蒸しの完成だ!
後は買ってきた鳥串焼きを出して、おっと、ビールを忘れちゃいけません。
冷凍庫で冷やしておいたコップになみなみとビールを注ぐと、駆け付け一杯とばかりにグイッと飲み干した。
あぁーーーーっ!
仕事の後のキンキンに冷えたビールは、どこの世界にいても美味いなぁ~
夏の日差しを浴びて、ぎっしりと実をつけたトウモロコシをかじって、すっぱあまい汁を吸ったナスをつまむ。
健二は、異世界の夏を満喫していた。