似て非なる
夜中に起きてまた寝たため、健二が目を覚ました時には、もう日が高く昇っていた。
部屋のテーブルの上にあった皿などは片付けられていて、椅子の上に今着ているものと同じようなシャツとズボンが置いてあった。
今日はこれを着ろということか。
顔を洗い身支度をして廊下に出ると、健二は昨日、連れて行かれた書斎のような部屋に行ってみることにした。
重厚な扉をノックすると、中にいる人が「ヴァオ!」と言っている声が聞こえた。
これって、入っていいんだよな。
おそるおそる戸を開けると、昨日のおじいさんが奥の机に座っているのが見えた。トーサンは健二の姿を認めるとニヤリと笑った。
「スィンチャオ」
「おはようございます。昨日はお世話になりました」
トーサンに促されて昨日と同じソファに座った健二は、キョロキョロと部屋の中を見回した。
やっぱりここは、書斎だな。
でも普通の家にこんな会社の重役室にみえるような書斎があるものだろうか?
健二が座っている所は応接セットのようになっている。さっきトーサンが座っていたのは窓際で、そこには黒光りした立派な机と椅子が置いてある。片方の壁一面は書棚になっていて、そこには本や書類が整然と並んでいた。
トーサンは机の上から板のようなものを持ち上げて、表面に指を走らせている。
……もしかして、携帯か?! いや、大きさからいうとタブレットに近いかもしれない。
パソコン、あるじゃん。
しばらくすると、若い男が静かに部屋に入って来た。
どうやらトーサンがさっきの板で、この人を呼んだらしい。
紹介されたその人は「チャン」と名乗った。
トーサンよりは背が高いが、健二の肩ぐらいの身長だ。前髪を綺麗になでつけているので、真面目そうに見える。
チャンは健二を食事室に連れて行ってくれた。建物の奥の方にあった食事室は、会社の社員食堂のようにみえた。
……これはますますおかしいぞ。この建物はトーサンの家ではなくて、会社なのだろうか?
チャンが受け取り口のようなところから、いくつかの食器が乗ったトレーを取り出して、それを健二がいるテーブルに持ってきてくれた。
朝飯だ。
ナンのような平たいパンと野菜が刻んで入っている汁物、そしてどうみてもベーコンエッグに思えるものがあった。パン以外を食べる時には、金属でできたスプーンを使うようだ。目玉焼きもスプーンで食べやすいように縁に返しが付いた皿に入れてあった。
チャンが小さな入れ物に入っている黄金色の液体を、身振りでパンにかけろと言うので、素直に従ったところ、その液体はハチミツだったようだ。
健二はパンを一口かじって、顔をほころばせた。
「甘い! でも、うまい」
健二の言葉が聞き取れたのか、チャンも「ナマイ?」と真似をしていた。
食事の前後に手を合わせて「いただきます」「ごちそうさま」と言う健二の様子を、チャンはお茶を飲みながら面白そうに眺めていた。
ここの食事は、本当に美味しい。汁物にも何かの出汁が効いていて、味付けも健二好みだ。
和洋折衷のような料理だが、全体の味のバランスがとれている。
これがこの世界の標準なのか、それともここの料理人の腕なのか。どっちなんだろうな。
食事の後は、チャンに6畳ぐらいの小さな部屋に連れて行かれた。
そこには鉛筆や消しゴム、それにたくさんの紙やノートが用意されていて、机の端には本が何冊か積みあがっていた。
隣に座ったチャンが、健二の前に出した紙を見て、これから自分が何をするのかがわかった。
そこには、〇が1個から10個の塊が描かれていて、その横にこの国の数字になるのだろう、アラビア数字のようなものが書いてあった。
神谷先生、生徒に変身するの巻~
学生になるのは5年ぶりだ。
数字を学習していくうちに、チャンが健二と同じ27歳だということがわかった。
イェーイ、なんて偶然だ!
嬉しくなった健二はチャンにハイファイブを教えたのだが、二人の手を合わせた時に違和感に気づいた。
チャンの親指以外の手の指が、四本とも同じくらいの長さだったのだ。
二人でしげしげと指の長さを見比べて、驚きに頭を振った。
「こうしてみると、やっぱり日本人じゃないんだなぁ」
ものすごく似ていると思っていたけど、全然違う人種なんだ。
ここは、間違いなく別の世界ということか。
何回か休憩を入れたのだが、チャンの指導は厳しく、日が傾くころには数字、アルファベットのような一覧表、時計の見方などはもちろん、はい、いいえ、簡単な
挨拶、月、曜日、季節、国名に至るまで、基本の言葉をさんざん覚えさせられた。
基本のものだけでも覚えることがたくさんあるんだな。
小学校の一年生を尊敬するよ。
やっと授業が済んだのかと思っていたら、チャンに外に連れ出された。
歩きながら、二人で数字の読み方を復習していく。
「「ホン モッ ハーイ バー ボン ナム サウ バイ ターム チン
ムォイ……」」
ここには0の概念があって、ホンは0らしい。モッから先が1~10に相当する。
つまり11は、ムォイモッということになる。
道ですれ違う人たちが健二たちを見て、うつむいてクスクス笑いながら通り過ぎていくのが少し恥ずかしいが、熱心なチャンの指導に応えるべく、健二は大声で先生の言ったことを復唱しながら歩いた。
しかし頭の中では、別のことも考えていた。
周りを行き交う人たちの背が、みんな健二よりも小さいのだ。トーサンが平均で、チャンは背が高い方に見える。ということは、この国の人たちには、健二はジャイアントに見えるということだ。
こんな得体のしれない巨人を、トーサンはよく助けてくれたなぁ。
バンナム……本当に、いい国だ。
※ 文中の言葉などは、「ベトナム語」を基本としています。