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美味しい

夜中に腹が減って目が覚めた健二は、雨の音がしていないことに気づいた。

あんなにひどい豪雨だったのに、やんだのか。


静かだな。

窓から青白い月の光が入ってきている。


ん、月だって?

そういえば、ここは異世界だぞ。地球と同じように月があるのか?


ベッドから起き上がった健二は、はだしのまま窓の所に歩いて行った。

火照った足の裏に、木の床のなめらかな感触が触れる。健二は自分が着の身着のままで寝ていたことがわかった。


大雨の中、山道を歩き続けたことが、よほど(こた)えたようだ。

ベッドに転んで、あの後、家庭訪問をする予定だった家への連絡はどうなっただろうなどという、どうにもならないことを考えているうちに、そのまま寝てしまったらしい。


冷たいガラス窓の向こうには、地球の月よりも大きそうな、この世界の月が浮かんでいた。

満月の静謐(せいひつ)な光が、濡れそぼった町の家々を皓々(こうこう)と照らしている。

異世界にも月があるんだな。


ここに来て会ったのはトーサンと二人の女の人だったけど、三人とも黒髪に黒い目で、肌の色も日本人によく似ていた。

話している言葉が違うし、着ている服も東南アジアの方の民族衣装に似ているので、外国旅行かなにかをしている気分になってくる。


この部屋にもベッドがあり、ホテルの客室のように小さめのテーブルや椅子が置いてある。地球のどこかだと言われたら、信じてしまいそうだ。



健二は部屋を見回してみて、テーブルに乗せてあった皿に気づいた。

白い布巾(ふきん)でおおってあって、側にはティーセットも置いてある。


もしかして、食べ物なんだろうか?


布巾を取ってみると、皿の上にひらたくて丸いお餅のようなものが五つ重ねてあった。

一つ手に取ってかじってみる。

団子だ。いや、お焼きだな。

甘辛い味噌で炒められた肉と野菜が、団子の中にぎっしりと入っていた。


これは…………この世界は美味しいかもしれない。


健二は(かつ)えたように夢中で食べた。

素朴で優しい味がするお焼きを食べ続けていると、健二の目にこらえきれない涙があがってきた。

うっくっ

泣くな。泣いても何も変わらない。


知らぬ間にこの世界に入っていたんだ。もしかしたらまた元の世界に戻れるかもしれない。


そういえば……あそこの(やぶ)が怪しいよな。よくよく考えれば、急な崖を回って降りてきたあの山道から駐車場に入った時点で世界が変わったのかもしれない。

大雨が降っていて、車がなくなったことにパニックになっていたから、藪の中に踏み込んでみようという気が起きなかった。


あそこがワームホールか何かの特異点になっているのかもしれない。


ノーベル賞を受賞したソーン博士が書いた論文がここにあればなぁ。


健二は完璧な文系で、中学校では国語を教えている。

しかし両親は二人とも理系で、家では宇宙物理学の話もよく話題にのぼっていた。昔、母親は「コスモ〇」というテレビ番組にハマっていたらしく、健二が小さい頃に、カール・セーガン博士が書いた小説を映画化した「コンタク〇」という映画をDVDで観せられたことがある。

あの映画の内容はよくわからなかったし、今ではほとんど覚えていない。

でも何光年も離れた宇宙の彼方の星に瞬間移動する装置を作る話じゃなかったかな?


「セーガン博士がブラックホールを使って瞬間移動をしようと考えていたのに、友人のソーン博士はワームホールを使ったほうがいいと言ったらしいの。ソーン博士はタイムマシンを作るための研究論文を発表したぐらいだから、そういうことに詳しかったのよ」

そんなことを母親が(しゃべ)っていたのを、覚えている。


ちょっと前にブラックホールを視覚化できたというニュースが話題になって、テレビでも特集が組まれていたので、健二もブラックホールには少し詳しくなった。


すべてを飲み込むようなあんなひどい重力場では、生物はとても生きていられない。

俺が通ったのはワームホール状のなにかだな。でも、あれも木星10個分の重さで空間を凹ませて作るんだよなぁ。

あの藪の向こうの山道は、ワームホールでもない、何か未知の仕組みの特異点なのだろうか?



腹が少し落ち着いたので、健二は椅子に腰かけてお茶を飲むことにした。

さめてるけど、うまい。これはほうじ茶のような味だ。

急須(きゅうす)は白い陶器だが、日本のものとは形が違って、アラビアンナイトに出てくるランプのような横長のフォルムをしている。

茶器はアサガオ型の吸い口が広がったものだ。口にあたる部分は薄くて、陶器を作る技術が高いことがうかがえる。


そういえば、光源はどうなってる?

健二が部屋の天井を仰ぎ見ると、そこには丸い蛍光管を四角いカバーでおおった、電灯のようなものがぶら下がっていた。

椅子の上に立って、蛍光管を触ってみると、思っていたより柔らかくてぷにぷにしている。

これは日本のものとは違うな。

けれど電線のようなもので繋いであるので、「電灯」といっても差し(つか)えないだろう。


トーサンが見せてくれた地図は、カラー刷りだった。健二の言うことを記録しているようだった紙にも違和感を感じなかった。つまり文具があり、印刷技術もそれなりのレベルだ。


これらのことを考え合わせると、ここの文明は、日本でいう昭和時代ぐらいにはなってるのかな?

書斎にパソコンのようなコンピュータ関連の通信機器は見かけなかったから、昭和でも50年代よりは前という感じだ。


そんなことがわかったからといって、どうなるものでもないかもしれない。

けれどこれからここで生活していくためには、どんな世界なのか知っておくことは大切だろう。


先立つものがないからなぁ……食べていくためには金がいる。俺にできる仕事があるだろうか?

まずは、言葉を覚えることだな。意思疎通ができなきゃ、何もできない。



寝る前に尿意をもよおして、部屋の中にあったドアを開けてみると、そこにはトイレと洗面台があった。

トイレは四角い積み木の椅子のような変わった形だったが、自動水洗になっていた。

あれ? ここは平成時代相当なのか?

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