結婚生活、そして
サオと一緒に美味い飯を作って、窓から見える林の新緑を眺めながら、朝晩の食事を楽しむ。
夕食の後はサロンでそれぞれに読書をしながら、たまに静かに話をする。
健二の仕事が休みの日には、二人でフロイデの街へ買い物に出かけたり、自宅近くの湖の周りを散歩する。
そんな蜜月と呼ばれるハニームーンの日々は、健二とサオの互いの理解を深め、結びつきを強めた。
夏になった時、サオは教師の仕事がしたいと言い出した。
「5月中に結婚したかったのも、それがあるの。夏の休暇には大抵の子がサマースクールに入るから、パートとして教職に就きたいと思ってたのよ。そこで基礎学校の教師としての実力を認められれば、推薦状を書いてくれるかもしれないし。推薦状をもらって9月前に募集がある首都の採用試験に応募したら、採用される確率が上がるのよね」
「ふーん、いいんじゃないか」
「え、いいの?!」
「なんだ、復職するつもりだったんだろう? 俺がいた世界でも教員は共働きが多かったからな。別にずっと家にいなくてもいいぞ」
「ああ、よかった。母が、健二さんのような忙しい仕事をしていると、奥さんには家を守ってほしいんじゃないかって言ってたから」
「それを心配してたのか。俺は飯は一人で作って食べられるし、掃除だってできる。お互い助け合って生活をしていくには優良物件だろ?」
「ふふふ、健二さんの料理はうちのお母さん並みに美味しいしね」
サオはよくこういう言い方をする。
実は結婚してわかったのだが、サオの母親は健二が首都に出てくるときに一緒に特急列車に乗ったあのおばさんだった。
以前、里帰りをしてウジャの町で結婚披露パーティーをしたのだが、そこで初めて会ったはずのお義母さんになんだか見覚えがあった。
気のせいかなとも思っていたけれど、サオの実家で夕食を食べさせてもらった時に、自分が作ったこの世界の家庭料理と同じ味がして、驚いた。
お義母さんにそのことを言うと、向こうも普通ではない健二の背の高さに、どこかデジャブを感じていたらしい。
二人で話を突き合わせてみて、いっときの旅仲間であったことが判明すると、家族中が笑いに包まれた。
そのこともあって、健二は一気にルイウェン家に受け入れられた。
義理の父は警察官であり、コアイという名前でもあったため、健二は会うのがちょっと怖かったのだが、義父はお義母さんと雰囲気がよく似た、気のいい田舎のおじさんだった。
特に健二が自分の妻の味を、この世界でのおふくろの味として覚えていてくれたことが、義父にとっては嬉しかったらしい。
こうしてみると、あの出会いは守護霊のシランさんの導きなのかもしれないな。
そしてこのことも神の采配なのかもしれない。
結婚してからずっとできなかった子どもを、5年後にやっと授かることができた。
生まれたばかりの息子のビエンを連れて、サオと共にウジャの町に里帰りをしていた時だ。
思い立ってちょっと寄ったといった様子で、トーサンが訪ねてきた。
「健二、お前が多額の寄付をしてくれたからやっと橋ができたぞ。あっちに帰る前に見といてくれよ」
「へー、できたんですね。どんな橋にしたんですか? バスクの町にあるような大きな橋?」
「ばか野郎、あんな風情のない橋を作るか。昔あったようなレンガの橋だよ」
「トーサン、それじゃあ、また壊れますよ」
「見た目は一緒だが、ナントカ工法とやらで災害に強いんだとさ」
「もう、ナントカ工法だなんて……」
「しょうがないだろ、今はお役御免の風来坊だ。詳しいことは知っちゃいねえよ」
とかなんとか言っちゃって。
今はチャンが町長をしているのだが、トーサンがしょっちゅう庁舎に顔を出すので、やりにくいことこの上ないとぼやいていた。
橋の建設時にも「健二の金なんだから大切に使えよ」と煩かったらしい。
健二は、トーサンが帰る時に一緒に家を出て、橋を見に行ってみることにした。
橋の側で、あの時の無謀な行為をトーサンにまた叱られてしまったが、あれも今の生活の礎になっている事件だ。
礎といえば、この世界に転移してきた時の藪は、どうなっているのだろう。
このウジャの町も人口が増えたから、住宅地開発でもされているのかもしれないな。
そんな興味本位の気持ちで、懐かしい転移点に行ってみた健二だったが、こんなことになるとは思ってもいなかった。