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博士と町長の企み

冬の訪れとともに、健二の仕事は忙しさを増した。


文具の販売が順調に業績を伸ばし、外国への輸出も始まった。

会社の経営の方も黒字に転換しようとしており、オウ会頭が考えていた当初の経営計画も上方修正を余儀なくされている。

また経済界でもアースジャパンの名前が定着してきて、健二もかなり有名になってきた。


そんな中、健二の会社は新たに運送業へと手を広げようとしていた。

宅急便である。

この世界にも配送業者はいるが、長距離輸送というものは会社同士や個々人の契約であることが多い。一般の人たちが荷物を送る場合は、ほとんどが鉄道を利用していた。

つまり日本にあるようなドアツードアの宅配や、地域を越え国全体を網羅するような配送網は、この国にはなかった。

もともと個人間の通信機であるバーバルが発達していたため、本来あるはずの郵便事業がなかったことが流通のネックになっていたのかもしれない。


健二たちが始めた、今までにない便利な宅急便のシステムは、社会全体の流通を根底から変えてしまうものだった。


そのため、地域の運送業者を取り込み流通経路を確保した後で、アースジャパンが運送業を始めると、すぐに経営形態を分けて子会社化しないと立ち行かないぐらいに仕事が増えてしまった。



「社長、これは別会社にしてどなたかに社長業を任せるべきですね」

「ですねぇ。ちょっと僕だけでは手に負えなくなってきました」


タカオさんと健二は話し合い、文具、運送の業務は分けて、それぞれに会社をこしらえた。


この後も、コンビニ、ディスカウントストア、カラオケ、複合型ショッピングモールと次々に異世界システムを投入していくことになるので、この時にグループ企業の礎を作っておいてよかったといえる。



春になる頃には、まだまだオウ会頭には及ばないまでも、健二はいっぱしの会社経営者となっていた。


しかし健二の意識としては、普段の自分とさほど変化があったとは思えなかった。

いつものように仕事帰りに買い物をして、美味い飯を作り、家でゆっくりと独りで晩酌を楽しむ。そんな忙しくもゆったりとした日々を過ごしていた。

会社では社長ではなく、呼び名が「会長」に変わってはいたが、個人の生活に変化がないとさほど意識も変わらないらしい。



そんな健二に、ある日ソンバック博士から荷物が届いた。

中をよく見ると、ウジャの町のトーサンからの便りも入っている。


『特急列車や自宅内通話器に使われているシステムを利用して、健二が使えるノートパソコンを開発してみた。外部との通信はできないが、ノート代わりに使ってみて欲しい。内蔵済みのファイルAは、トーサンの手紙を読んだ後に開いてみてくれ。 byソンバック』


『健二、元気か? もうエボルシオンには慣れたか? ファシーノさんから妹のラナさんが今度結婚することを聞いた。お相手は健二の部下のブライ君なんだろう? 10歳も年下の彼らに先を越されるとはふがいないぞ。そこでチャンとも相談して、健二の結婚相手を決めてやることにした。都会では自由恋愛とやらが主流らしいが、田舎の結婚制度の方が、まだ健二の世界のやり方に近いかもしれん。ソンバック博士が相手の娘さんの資料を揃えてくれたので確認してほしい。あちらの都合もあり、できたら5月(ターンナム)中の婚姻を望んでおられる。5月3日(ターンナム バー)には、お前の嫁さんがそちらに着くと思う。出迎えをよろしく頼む。 byトーサン』



「は?」



はぁあああああああああ?!!



…………ちょっと、トーサン。

どこからツッコんでいいものやら。


そりゃあ、好きな子がいたら親に話をつけてやるぞとは言われていたけれど、それって世間話の一つだと思ってたよ。

いや、異世界感覚と日本の常識を同じだと思ってはいけなかったのかもしれない。


どーするよ、これ。



5月3日っていったら、後三日しかないじゃないか。


健二は仕方なく異世界バージョンのパソコンのファイルを開けてみた。


そこには、懐かしい顔が映っていた。


「サオさん……?」


サオは画面の向こうから恥ずかしそうに健二の方を見ている。


首都に転居した後でも何度か夢に出てきた隣のサオさんが、まさか僕の嫁さん??!



この写真は動画になっているようで、下に矢印が記されたバナーがあった。健二は迷わずそこをタッチしてみる。

するとサオさんが話し始めた。


「お久しぶりです、健二さん。町長のトーサンからお話があり、この度、健二さんに嫁ぐことが決まりました。ふつつかものですが、どうかよろしくお願いします」


「あ、どうも……」


どうもじゃないよ、俺。

これってどーしたらいいんだろう。


健二はおろおろして、とうとうどこかにいるだろう存在に向かって話しかけた。


「ねぇ、シランさん、岸蔵(きしくら)のばぁちゃん……俺、どうしたらいいんだろう?」


かすかに笑い声が聞こえたような気がしたが、彼の存在は何も応えてはくれなかった。



ハァー、自分で対処しろっていうことか。

健二は頭を掻きむしりながら、サオさんのプロフィールを読んでいった。


サオ・ルイウェン

6月(ターン サウ)11日(ムオィ モッ)生まれ  22歳


職業  基礎学校 教師(ザオ ヴィエン)

住所  ウジャ町 ドゥオンロン2丁目 2-15

学歴  スンホー聖心女学校 教員養成課程 卒業

趣味  ガーデニング、手芸、読書


家族  () コアイ・ルイウェン  50歳  

          ウジャ警察署(ソー カイン サッ)勤務

    () ロン・ルイウェン  48歳  

          ウジャ百貨店 店員

    (アィン) マッチョイ・ルイウェン  25歳

             セーラム大学付属病院 勤務

             昨年末結婚し、エボルシオンに居住



うわぁ、これって釣書みたいだなぁ。

時代は違うけれど、日本に似ているっていうトーサンの理論にも一理あるのか。


異世界で、結婚か……


健二は腕を組み、瞑想(めいそう)した。


サオさんは、教師だったのか。

それでなんとなく親しみのある雰囲気を感じてたんだな。


エボルシオンに来てから会った人の中で、サオさんのように惹かれた女性はいなかった。

だれかと結婚するのなら、サオさんでいいのかもしれないな。


いや、サオさんがいいのかもしれない。


しかし、彼女の方はどうなんだろう?

さっきの動画の挨拶が、心からのものならいいが、彼女にしても恋愛をして結婚したいと思っているのではないだろうか?



健二の物思いは、夜更けまで続いていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 健二のお仕事が非常に順調で、この世界に馴染んできたのだと思っています。もともと教員ですから知識も多く、それを有効活用する考え方を持っていたのだろうなあと想像しました。 しかしながら美味しい…
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