若者の願い
セーオムタクシーの不良青年の名前はブライと言った。
ブライ・マコーミック、本人が言うところによると大企業の社長令息だそうだ。
なんだかな、もしかして金持ちの親に圧力をかけられてグレちゃったとか、そんな話なのか?
しかし健二の予想は外れていた。
マコーミック家は最初に起業した先祖が貧しい生活の中から這い上がってきた苦労人だったらしく、代々家のあと継ぎは自分で100万ドン稼いでこないと会社に就職できないらしい。
その仕事にも条件があって、自社企業のバイトをするのはダメで、自分で新規に顧客を開拓していくような仕事しか認められないそうだ。
「ひどいでしょ。マコーミックの傘下じゃなかったら、ラナんちのジェニインダストリー系列しかないんだけど、親同士が結託してて、俺、そっちの仕事もさせてもらえないんだよねー」
「なるほど、それでセーオムタクシーなのか」
「うん、ラナがさ、自分の得意なもので仕事をしてみたら?って言うんだよね」
この男ときたら、どうにも投げやりなやつだな。
自分がやる仕事を、ガールフレンドのラナに決めてもらっているし、今回もラナに言われて健二を頼ろうとしている。
マコーミック側からオウ会頭に「息子を安易に就職させないでほしい」と頼むのも仕方がないのかもしれない。
んー、これは困ったな。
自立を促そうとする親の気持ちはよくわかる。
健二も一応は教師だったのだ。
しかし突き放す時期というかタイミングをはかることも大切だ。
このブライには、自立しようとする意思自体がまだ希薄なんじゃないかな。
「よし、わかった。それならしばらく僕の付き人をしてくれ。これから僕は会社を立ち上げるんだから、君にも刺激があると思うよ。ただね、給料は君の働きに応じて決めさせてもらう。やる気が見えなかったら、無報酬になるかもしれないよ。それでもいいんだったら、明日から、うちまで来てくれ」
ブライは健二の言葉をしばらく考えていたが、セーオムタクシーの運転手としては先が見えていたらしく、健二の提案に賭けてみることにしたようだ。
ブライにオウさんの家まで送ってもらった健二は、カートに乗りかえて離れの自宅に帰って来た。
そこでは高校生ぐらいに見える女の子が、健二を待っていた。
もしかして、この子がラナか。
やれやれ、一難去ってまた一難か……
「おかえりなさい、健二さん」
「ただいま帰りました。君は、ラナさんでいいのかな?」
その子は心得顔で笑っていた。
「父が認めているだけあって、健二さんは話が早そうですね」
どうやらこの次女の方は、お姉さんのファシーノとは違って切れ者らしい。
華やかなファシーノとは対照的に、ショートボブのさっぱりした髪形をしており、着ている服も清楚なものだ。
一見して、あの不良っぽいブライと接点はなさそうに見えるが、これも幼なじみか何かで付き合いがあるのだろう。
ダイニングテーブルにラナを座らせると、健二はラナに紅茶を入れてやった。
自分の方は買ってきたワインを開け、皿にはチーズや生ハムをのせてバゲットをスライスした。
ラナの方にもカットしたパンを出し、杏ジャムを添えてやった。
「失礼して一杯やらせてもらうよ。今日は初めての仕事で、ちょっとくたびれたんだ」
暗にお呼びでないと言われたのがわかったのか、ラナは一瞬、肩をすくめた。
それでもさすがにファシーノの妹であり、あのオウ会頭の娘だけはある。厚顔無恥といおうか、自己中心主義とでもいうのか、健二の遠回しの苦言など聞かないふりを決めたようだった。
「ブライから連絡があったわ。健二さんが彼を雇ってくださるそうね」
「んー、雇うっていうのとはちょっと違うな。研修生としてきてもらう感じかな」
「研修生?」
健二はチーズをパンの上に置いて一口かじると、芳醇な赤ワインをグビリと飲んだ。
おー、美味い。
すきっ腹にしみわたるな~
「ちょっと、それはどういう意味なんですか? 彼は100万ドンを今度の誕生日までに貯めなくてはいけないんですよ」
「へー、期限があったんだね。それは聞いてなかったけど、どっちにしろ同じ提案を僕はしていたと思うよ」
「なぜですか? 研修生だと給料が安いんでしょ?」
そこか。
しかしマコーミック家の先祖は金を貯めさせるのが目的ではなく、自立して自らが考えて動ける子孫になってほしいと期待して、ああいう家訓を残したんじゃないのかな。大きな会社を経営する人間が、自分で判断ができないようでは心もとない。自ら工夫して課題を解決できる力が求められる。
つまり金を貯めることは目的ではなくて、成長するためのたんなる手段の一つではないのか。
ブライの話を聞いて、健二はそう受け止めた。
自立というものは周りがうるさく言ってできるものではない。
本人がやる気になって変わっていかなければならないのだ。
それには時間がかかる。
ヘタに手助けをし過ぎると、自ら考えなくなってしまうこともありえる。
「ラナさん、どうしてそこまで彼の世話を焼くのかな? 二人は恋人同士とか、そんな関係?」
ラナはフンッと鼻で笑って、健二の下世話な問いを退けた。
「彼は私の婚約者です。将来の夫の行く末を心配するのは当然でしょう」
おいおいこれは驚いたぞ。
こんなに若いのに、婚約者だって?!
「ブライ君って、いったい何歳だい? それに君だって……」
「ブライも私も、17歳です」
「はぁ? 17歳だって?!」
「健二さんは他の星から来た人ですから理解ができないのかもしれませんが、バンナムでは婚約は何歳でもできるんですよ」
「へぇー」
これは後から詳しく聞いたことだが、この国では男&男というゲイのカップルも結婚が許されているし、もちろん女同士の夫婦もいるらしい。
結婚は18歳からだが、婚約は何歳でもできるそうだ。結婚には親の許可も必要なくて、二人で生活できるのなら、結婚式をするような社会的なお披露目も必要ないらしい。
同棲状態でも結婚した夫婦と同じような社会保障が受けられるので、ある意味同棲天国のような社会だということだ。
こうなったのはここ50年ほど前からの話らしい。地球でいうとちょっと北欧諸国の制度にも似ているかな。
ただ田舎ではまだ家の繋がりが優先されるところもあって、各家庭の親が決めてきた婿や嫁と否応なく結婚させられるそうだ。
そういう封建社会のような昔の慣習から逃れるために、一気に極端なところまで結婚観が突き抜けちゃったんだろうな。
これは学者の人たちと面談していた時には、教えてもらえなかった。
そう言えば、健二の結婚観を聞かれた時に、社会学者のソウシャさんが変な顔をしていたな。
「とにかく、来年の春には二人で暮らしたいの。ブライがお金を貯められるように、よろしくお願いします!」
「……はぁ」
ブライが大人になれるように、のんびりと育ててやるつもりだったのだが、どうも期限を決められてしまったらしい。
こういうのをジェネレーションギャップ、いや異世界ギャップというのだろうか?