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「……? こんにちは。いえ、いらっしゃいと言ったほうがいいのかしら?」

「…………」


目の前に立っているのは品のいいおばあさんではあるのだが、よく見ると身体が透けている。

おばあさんの身体を通して、玄関に飾られた花がうっすらと透けて見えるこの光景は、とてもシュールだ。


この人は幽霊? ……だよな。


けれどゾッとするような薄気味悪さは感じない。

それは健二がどこかで嗅いだことがある懐かしい香りに包まれているからかもしれないし、おばあさんのにこやかな笑顔のせいなのかもしれない。

この幽霊は自分を害さないということは、本能的にわかった。

ただ、わかったからといって目の前の超常現象が理解できるわけではない。


「そんなに驚かないで、ケンジ。まさか私が見えるなんて思わなかったけど、目線があってるんだから見えているんでしょ?」

「……ええ」

「ふふ、声も聞こえてる」

「そうですね。あの……あなたはどなたですか? 僕に何かしてもらいたいことでもあるんですか?」


この幽霊はこの世に未練があって、自分にコンタクトをとっているのかもしれない。

今まで霊能力やらその手の霊感はまったくなかった健二だったが、幽霊に知り合いもいないので、そう考えざるを得なかった。



ふいをつかれた質問だったようだが、健二の真意を理解すると、幽霊のおばあさんはクツクツと声を押し殺して笑った。

そして軽く首を振りながら、健二に提案してきた。


「あなたは遠い所からここまで旅をしてきたんだから疲れているんじゃない? さっき冷蔵庫(トゥ ライン)に女中のマルタが飲み物を入れていたわ。それを持ってサロンにいらっしゃい。あなたの疑問に答えましょう」


おばあさんは健二にそう言うと玄関奥に真っ直ぐ進んで行った。庭が見えるガラスドアからは出て行かず、右手の部屋に入って行ったようだった。

もちろんドアの開閉音は聞こえない。



どういうこった?!

俺は急に霊能者になったというのだろうか?


おばあさんが冷蔵庫のことを言う時に左の方を見ていたので、健二が玄関を入って左側にある木のドアを開けてみると、そこは陽光が降り注ぐ広いダイニングキッチンになっていた。

健二の目は真新しい四つのコンロを備えたガス(アライン)レンジに釘付けになった。

側に行ってみると、ガス(アライン)オーブンもあるし、鍋やフライパン、調理器具など、プロ仕様の台所用品が揃っている。

ここに住んでいたというオウさんのおばあさんは、よほどの料理好きだったんだな。


あ……あの幽霊はもしかしたら、この家の主だったオウさんのおばあさんか!


なるほど、それで『いらっしゃい』ね。



幽霊の正体がほぼ確定できたのでちょっと気持ちが落ち着いた健二は、冷蔵庫からアイスティーのポットを出して二つのガラスコップに注ぎ入れ、それを両手に持って、おばあさんが入って行ったサロンといわれている部屋に向かった。


サロンはあちこちにソファーや椅子が置かれた日当たりのいい部屋だった。南側の大きな窓からは、みごとに色づいた林の紅葉を見ることができる。

おばあさんはその窓に向かって置かれているソファーに、心地よさそうに腰かけていた。


「どうぞ、こちらに座って一緒に紅葉を楽しみましょう。ちょうど今が見ごろのようよ、懐かしいわ」


そう勧められて、健二は持って来たコップを前のローテーブルに置くと、おばあさんの隣の椅子に腰かけた。そのソファーは座高は高いが座り心地がよく、目の前の景色を長時間楽しむにはもってこいのリクライニング機能が付いていた。


これはいい。

仕事が休みの時にはここでゆっくりと読書をしたいな。

しかしまずは、この幽霊の存在をなんとかしないとなぁ。


「『懐かしい』ということは、あなたは以前ここに住んでおられたオウさんのおばあさんということですか?」

「ふふ、そうね。私が亡くなっていることは聞いているんでしょ?」

「ええ、先程マクベイさんからうかがいました」


おばあさんはそれを聞くと頭を椅子の背に押し付け、少し上を見ながらフッと息を吐いた。


「そんなに心配しなくてもいいわよ、私はちゃんと成仏しているんだから、地縛霊にもなってないしこの世に未練なんてないの。ここに来たのはあなたのおばあ様に頼まれたからなのよ。エツコの祈りが強くてね、階層の守り人たちの心を動かしたの。それで同じ魂のグループにいた私に白羽の矢が立ったってわけ」

「……?? あの、よくわからない言葉がたくさんあって。エツコというのは母方の祖母の名前ではあるんですが、僕が高校生の時に亡くなったんですよ」

「そうね。でもあなたは初孫で可愛がられてたんでしょ? だから魂の世界に帰ってからも、エツコはずっとあなたのことを気にかけていたの」

「はぁ……魂の世界ですか」


確かに岸蔵(きしくら)のばあちゃんには可愛がってもらった。

しかし死んだらあの世に行くというのはよく聞くが、魂の世界というのが実存するということか……

健二はチラリと、隣のおばあさんの方をうかがった。

目で見えて耳で聞こえてるんだから、本当にそんな世界があるのかもしれないな。そうなるとこの機会に色々と教えてもらっとく方が良さそうだ。俺だっていずれ年老いてあの世に行くんだもんな。


「同じ魂のグループというのは何ですか? 魂にチームがあるんですか? それに地球とこのロウナ星は違う星でしょう。魂というのは星間も超えて交流するということなんですか?」

「ふふふ、さすがエツコの孫ね。うちの孫も大概、頭の回転がいい方だけど、そうやって何にでも興味を持つところはよく似ているわ」



このオウさんのおばあさんの名前は、シランさんというらしい。

シランさんが言うには、この世といわれている三次元の世界とは違って、魂の世界は五次元以上の世界になるのだそうだ。つまり時間軸も含めて、この世にあるような物理的な距離のようなものがないらしい。


あるのは階層で、魂の修行到達レベルによって何段階かの階層に分かれており、すべての魂は『神域』と呼ばれている最高層を目指して修行を重ねているんだそうだ。


修行というのは、三次元のこの世に、物理的な着ぐるみ、つまり動物としての人の形をとって生きている間に、あらかじめ決めてきた課題を達成していくことらしい。

心の持ち方次第で天国にも地獄にもなるこの世は、修行の場として最適なのだそうだ。


それを聞いて、健二はちょっと微妙な気持ちになった。


「ええっと、その理屈でいうと、僕の中にいる魂は異世界に転移することを課題として決めていたんでしょうか?」

「うーん、私はあなたの魂がどのような課題を持って生まれたのかは知らないわ。ただあなたも私たちのソウルメイト、つまり魂のグループが同じなのよ。だから今回の生での目標は『感謝』と『料理』ね」

「…………同じグループとおっしゃいました? ということは、僕は祖母ともソウルメイトということなんですね」

「ええ、そうね。家族でも、全員がソウルメイトではないことも多いの。だからエツコとケンジの場合は、親族になったということも含めて与えられた運命なの。たとえば前世で敵同士だった魂が、今生で夫婦になることもあるのよ。そういう風に運命づけられるのも一つの課題だったりするんだけど」

「そうなんですか」


なんとも不思議な話だ。

それが本当だとすると、世の中を見る目が変わってしまいそうな気がする。


『料理』は、日々修行に励めてるな。

『感謝』か……これはあんまりしてこなかった。特にこっちに転移してしまってからは、どうして自分だけがこんな目に遭うんだろうという不満の気持ちがいつもくすぶっていた。

この状況で、感謝することはとても難しいと思う。

それが課題だといわれれば、申し開きもできないが……



「あなたがこのおかれた状況の中で、トーサンやチャンに『ありがとう』と感謝できていることも素敵なことなのよ。そんなに自分を卑下することはないわ」

「僕の……」

「ふふ、考えたことはわからないわよ。あなたが口に出さないと私に真意は伝わらない。けれどあなたは表情に出やすいから、考えていることがなんとなくわかったの。なんせ私もあなたとはソウルメイトだといったでしょ。だから、たぶん思考回路が似ているのね」



この後、おばあさんが頼まれたという役割を聞いて、健二は納得したのだった。

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