住処
久々の更新になり申し訳ありません。
主人公の健二が仕事を立ち上げるために、首都に出て来たところからです。
フロイデ駅のある建物は、三階建てのショッピングモールになっていたので、健二はそこで食料とお土産を調達することにした。
へぇ~、しゃれた店がたくさんあるな。さすがに都会だ、ウジャの町とはやっぱり違う。
このフロイデの町がこれから健二の生活の場になるので、こうやって店が揃っていて買い物に便利そうな所があるのはとてもありがたい。
赤く色づいた並木が続く駅前通りは、車道も歩道もゆったりとした幅があり、カフェの前には外でも食事ができるように椅子やテーブルが並べられている。
こんがりと焼けたソーセージをつまみに、賑やかにワインを飲んでいる人たちもいた。
おー、うまそう。今度、ここに食べにこよう。
日差しが傾いてきたので、仕事帰りに一杯やっているのかもしれないな。俺も腹が減ってきたぞ。はやいとこ必要なもんを買って、オウさんちに行くとするか。
家主のオウさんには、せんべいの詰め合わせを買うことにした。これだと嗜好を選ばないので、無難な選択だろう。
健二は自分の夕食用に焼き魚弁当と漬物、それにビールを買った。
引っ越しの荷物を載せたトラックは、健二よりも一足先に出発したので、そろそろオウさん家に着く頃合いだ。
荷物を全部片付けるのは明日になりそうなので、今夜は出来合いのもので我慢しなければならない。
でも、首都にはウジャの田舎町にはなかった食材があるかもしれない。
料理の組み合わせの幅が増えるな~
そのことを考えると、ちょっとワクワクしてくる健二だった。
駅前のセーオム乗り場には、10台ほどのバイクタクシーが客待ちをしていた。
あれ? 都会なのに思ったよりも少ないな。
その客待ちの運転手たちの中に、一人だけ目立つ男がいた。
その若い兄ちゃんの髪は、この国では珍しい明るい茶髪をしていて、肩まで伸ばした長い髪は何かを主張するかの如く逆立っている。地味なセーオムの運転手の中で、彼は浮いてしまっているようだ。
そのアンちゃんは態度も投げやりで、長い足を持て余すように気だるげにバイクにまたがり、細身の上半身を折り曲げてハンドルに突っ伏していた。
おー、ちょっと不良っぽい奴だな。近づかないでおこう。
健二が真面目そうな運転手の方へ歩いて行こうとしていると、なぜかそのアンちゃんが急に顔を上げたので、バッチリと目と目が合ってしまった。
「あー、お客さん。俺、空いてるよ! どこに行きますぅ?」
ヤバい。これ、客だと思われてるな。
うーん、どうしよう。
周りの人たちも健二の動向に注目している感じがする。
その雰囲気に負けた健二は、しぶしぶと口を開いた。
「……あ、じゃあ……マロン湖のほとりの314番地まで」
仕方がない。ここで断るのもカドが立つしなぁ。
この運転手が安全運転をしてくれることを祈るとするか。
運転手のアンちゃんがバイクのサイドポケットに入れてあるタブレットで地図のようなものを見た時に、何故か一瞬ギョッとした顔をした。しかしすぐに素知らぬ顔に戻って、健二に後部座席にまたがるように言ってきた。
アンちゃんが健二を乗せたセーオムは、意外にも緩やかにスピードを上げていった。
曲がり角に差し掛かる時のスピードの切り替えも安定している。
へぇ~、このアンちゃん、上手いわ。
健二は車派であまりバイクに乗る方ではないが、この世界にやって来てセーオムで移動することが多くなり、しだいに運転手の癖や技術もよくわかるようになってきた。
このアンちゃんは不良っぽい見た目のわりに、バイクを乗りこなす技術が高い。それに客を乗せた時の体重移動というのもよくわかっていて慎重だ。
最初は仕方がなくこのバイクに乗ったが、当たりを引いたかもしれないな。
フロイデの町中を抜け、周りの人家もまばらになった時、黙って運転していたアンちゃんが突然話しかけてきた。
「お客さん、どーして俺のセーオムに乗ってくれたの? なーんか誰も乗ってくれないんだよねー」
……そりゃあ、見た目で選ばれてるんだよ。
「そうだな、乗ってみないと君のバイク技術に気づかないからじゃないか?」
「……へ、へぇー」
健二が答えると、アンちゃんはまたしばらく何も言わなかった。
だいぶ経った時に、小さな声で「まさかラナに頼まれたんじゃないよな……」と言っていたような気がしたけれど、独り言のようだったので、健二も何も返さなかった。
大きな湖が見えてきて、その湖を見下ろすような高台に、オウさんの大きな屋敷はあった。
…………うん、これは家じゃなくて屋敷だな。
こんなお城みたいなとこに住んでいる人って、本当にいるんだ。
日本人の健二にとっては、桁外れの屋敷の様相を見て、しばしポカンとしてしまった。
アンちゃんが運転するセーオムは躊躇することなく大きな門を通り、広い庭を走って、ホテルの玄関先のような所へ横付けして止まった。
扉が開いて、中から人が出てこようとしていたのを見た瞬間、アンちゃんは健二が払っていた運賃をひったくるように取って、逃げるようにバイクを発進させて帰っていった。
なんだろう、えらく慌てて帰って行ったな。
健二がバイクが去っていった方向を見ていると、後ろから落ち着いた声で話しかけられた。
「失礼ですが、当家にどのような御用でしょうか?」
振り返ると、ホテルの受付にいるような服を着た壮年の男性が、側に立っていた。わからないようにではあるが、どうやら健二の人となりを判断しようと、控えめに観察されているような気がする。
「突然すみません。こちらはジェニインダストリー社のオウさんのお宅でしょうか? 私、今日からこちらの離れに住まわせて頂くことになっている神谷健二と申します」
「あ……失礼しました。神谷様でいらっしゃいましたか。主人から承っております。連絡があったら駅にお迎えにあがるようにと言われておりましたので……」
「僕はバーバルが使えないので、他人に頼むのが面倒だったんです」
「それは失礼しました。さ、どうぞ中へお入りください」
家の中へ入りながら説明されたこの人の役職を日本語でいうと、オウさんの秘書や執事をされているようだ。名前はマクベイさんというらしい。
すげーな、家にこんな雇人の人が常駐してるなんて。
家の中もホテルのようだった。
健二は貧乏性なので、こういう金持ちっぽい場所はどうも落ち着かない。
マクベイさんが、今日ぐらいは客間に泊まられてはどうかと勧めてくれたが、きっぱりとお断りして離れの家に案内してもらった。
しかし離れに行くのに、ゴルフ場にあるようなカートで移動するというのには驚いた。
どんだけ広いんだ? ここの庭は。
これから健二が住まわせてもらう家は、庭の外れの林の中に建っていた。
紅葉した木立の向こうに青い湖がチラチラと見えている。
別荘だな、これは。
健二がそう思ったのも無理はない、マクベイさんから聞いたのだが、亡くなったオウさんのおばあさんが趣味の手芸や庭づくりをするために建てた家だそうだ。
金持ちはやることが違うね。
「どうぞ、こちらが家の鍵になります。そこの車庫にあるカートは神谷様専用のものになりますので、ご自由にお使いください。この家は自宅だと思って好きなように使って欲しいとオウも申しておりました。荷物の方はもう運び込んであります。片付けのメイドが必要なら、内線5でお呼びください」
「わかりました。いろいろと準備いただいて、ありがとうございます。オウさんにもよろしくお伝えください」
「はい、伝えておきます。主人も帰り次第、一度こちらへ顔を見せると思います。では、私はこれで」
マクベイさんの乗ったカートが遠ざかっていくのを見送って、健二はおもむろに家の鍵を開け、中へ入っていった。
なにかふんわりとした懐かしい香りに包まれたかと思ったら、そこに白髪のおばあさんが笑って立っていた。