列車旅
特急列車は駅を出ると、少しずつ加速していった。
車両が浮くといっても浮遊感のようなものはない。乗り心地は日本の新幹線と変わらないと思う。
ただ音が静かで、新幹線の電気自動車バージョンといった感じだ。
車窓から外を眺めると、緩やかな坂を登っていた列車は、高速道路のような高架橋に上がっていき、周りに建物がなくなると一気にスピードをあげた。
「すごいなぁ、特急列車専用の橋梁が組まれているんですね」
「あんた、耳がツーンとしないかい? 飴をあげるから舐めてたらいいよ。私は加速する時のこの耳鳴りが嫌いでねぇ」
「あ、ありがとうございます」
おばさんがハッカ飴をくれたので、健二は包装紙をはがして飴を口に入れた。懐かしいハッカの香りがスーッと口中に広がる。
最近、飴なんて食べないなぁ。
健二は甘い物も辛い物もどちらもいける口だが、大人になってから飴を買ってわざわざ食べることがなかった。もしかしたら子どもの頃の遠足からこっち、飴は食べてなかったかもしれない。
甘く爽やかな唾をゴクンと飲み込むと、ツーンとしていた耳の中が一瞬でもとに戻った。
へぇー、これはいいや。
おばさんと話をしていると、前の座席の背中についている液晶画面が自動的について昼食のメニューが表示された。
「あら、もうお昼なのね。今回は魚料理にしようかしら」
おばさんがタッチパネルを操作して、昼食の注文をしているのを見て、健二は感心した。
へぇ~、弁当は列車で食べられるから何も持って行かなくていいよとチャンに教えてもらっていたが、食堂車に行くんじゃなくて、こういう方式になってるんだ。
健二も飛行機に乗った時にこういうタッチパネルの液晶画面を見たことがある。でもここでは料理の注文までできるようになっているらしい。
健二もおばさんがやっているのを見ながら、肉料理を注文し、食後にコーヒーを頼んだ。
しばらくするとスチュワードさんのような恰好をした男性と女性のペアがやってきて、席ごとに弁当や飲み物を配ってくれた。
おー、思ったよりも手が込んでるな。これは美味しそうだ。
「肉料理はどう? 秋になったから料理が変わってるみたいね」
おばさんが白身魚の天ぷらのようなものを食べながら、健二に聞いてきた。
健二の弁当のメインのおかずは豚の角煮だった。こういう調理時間がかかるものはここのところ食べていないので、ありがたい。
「この豚肉美味しそうですよ。おひとついかがですか?」
どうも肉料理も気になっているようなので、おばさんに勧めると、嬉しそうに一品交換してくれた。
おばさんはエビが苦手らしく、その天ぷらを取ってくれというので、エビ好きの健二としてはありがたい申し出だった。
オーロラソースがかかっていたそのエビは、伊勢海老のような味で、甘くてぷりぷりしていて途轍もなく美味しかった。それに天ぷらだと思っていたけれど、どちらかというとフリッターに近いように感じたので、おばさんに作り方を聞いてみたら、やはり泡立てている衣だった。
「まぁ、あんたは男なのに料理のこともわかるんだね。もしかして料理人なのかい?」
「いいえ、今は無職ですが、首都で新しい仕事をする予定なんです」
「そうだったんだね。あっちでいい仕事がみつかるといいねぇ」
なんかちょっと勘違いされたみたいだけど、おばさんが想像しているロンリーな無職の男というのも間違いではない。
新しく興す会社が早く軌道に乗るように、これから頑張っていかないといけない。
本物の風来坊にならないようにしようと、健二はここで気を新たに引き締めた。
それからは独り暮らしの男がちゃんと栄養を取れるようにと、おばさんは簡単にできる地元の料理を色々と教えてくれた。
健二にとっては、ありがたいレシピの数々だったので、メモ帳を取り出して一通りご教授いただいた。
こうやって首都へ着くまでの長い時間をこの気のいいおばさんと一緒に過ごしていたので、エボルシオンに着いて一人で北行きの中央線に乗り換えた時には、ちょっと寂しくなった。
おばさん、ラーカ川の水上バスに乗るって言ってたけど、あのたくさんの荷物を一度に全部運び込めたんだろうか? 息子さんと今夜は故郷の料理で盛り上がるんだろうな。
そういえば、俺の晩飯はどうしよう。うーん、向こうの町に着いたら、市場でなんか買ってからオウさんちに行くか。そうだ、手土産もいるよな。
住むところを無償で貸してもらうというのに、よく考えればオウさんの家族のことを何も知らない。
いったい何を買っていけば喜ばれるだろう。
金持ちに贈り物をするというのは、なかなか頭を使う。
車窓から眺めていると、首都とはいってもエボルシオンは緑であふれている。高層ビルなどはなく、森や湖の中に瀟洒な家があちこちに点在している。
どちらかというと田舎のウジャの町の方が建物が混み合っていた。
商業地区以外の住居スペースは、じゅうぶん余裕をもって区画されているらしい。
健二はこんな感想を抱いたが、これは北区が高級住宅街だったからだということが後でわかる。
東区などの庶民街は家が隣り合って立っていたようだ。そして南区の開発地帯には、高層ビル群が建ち並んでいた。




