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博士との話

日本酒とは言えないので、ここでは清酒と言っておこう。


健二は飲み屋のこあがりの板間で胡坐(あぐら)をかき、ソンバック博士にお酌をしていた。

今日はコム、つまり米から作られた清酒を注文してみた。この『キンヘ』という名前の清酒はキンキンに冷やしておくと旨味が増す。


博士が返盃(へんぱい)だと言って健二のコップにも冷酒をついでくれたので、二人で健二が教えた「乾杯」をした。


「カンパイ! ……うむ、こいつはキリッと冷えてるな、大変よろしい」


博士は一気にグイッとコップ酒を飲み干した。


「辛口なので、すっきりした飲み口でしょう? 僕の最近のお気に入りなんですよ」

「健二は本当に酒が好きだな。チキュウとロウナでは、どっちの酒が美味いんだ?」

「それは比べられませんよ。どちらにも美味い酒があります」

「ハハハッ、そうか」



研究チームリーダーのソンバック博士が休暇を終えて帰って来た。


比較文化人類学を研究しているソンバック博士は、比べることが大好きだ。

しかし酒というものは、その風土に根ざしたものであるため、一概に比べることはできない。

ま、俺は美味けりゃなんでもいいんだけどね。


大きくてゴツイ身体をしたソンバック博士は、つまみに頼んだ焼き(さば)の方もバクバク食べている。その豪快な飲みっぷりと食べっぷりには、彼女の豪胆な性格がよく出ている。

ある程度お腹が満たされると、ソンバック博士は健二に向き直った。

銀縁の眼鏡の奥の目を細めて、ジッと健二の顔色を(うかが)った後で、フッと鼻から息を漏らす。


「ふん、見たところあんまり不安には思ってないようだな」


何のことだろう?


「何を不安に思うんですか?」

「オウのことだよ。あいつは私がいない間に、健二を取り込んだらしいな」


それか……

確かにチームリーダーのソンバック博士がいない間に、今後の行く末を決めてしまったのは失礼だったかもしれない。


「相談もせずに決めてしまってすみません。でも、この政府の調査が終わった後のことを考えると、そちらの方が不安だったんですよ」

「うん、だろうな。生きていくためには食わなきゃならん。そうなるとドンもいらぁな」


ドンというのはこの国のお金の単位だ。


「ええ、自分に一から会社を立ち上げる力はないでしょうが、オウさんの敷いたレールの上ならば、何とかなるのかもしれないと思ったんですよ」

「ほぅ。『敷いたレール』ね。面白い表現だ。住む星は違っても、人の営みというものは、似通ったところがあるんだねぇ。この国にも同じような表現があるよ。『ソンの流れるままに』というんだけど、聞いたことがあるかい?」


ソンとは川のことだ。

たぶん流れに身を任せるということだろう。


「いいえ、その言い方は聞いたことがありませんでしたが、よくわかる表現ですね」


ソンバック博士は健二が首都のエボルシオンに住むようになるのなら、博士が所属しているセーラム大学にも顔を見せるようにと言った。

セーラム大学は国の中でもトップクラスの研究をしているところらしい。現に、健二研究チームのメンバーは半分以上がその大学の研究者だそうだ。

なるほど、日本でいうと東大を主としたトップクラスの大学の合同研究チームに調べられていたということか。

俺って結構、重要人物だったんだな。


「しかし健二がバーバルを使えないのは痛いな。ちょっとした連絡を取るのにも不便だし。科学研究所にでも、健二仕様のバーバルを開発させてみるか……」


どうやら、この研究調査期間が終わっても、博士は健二に聞きたいことがあるらしい。

何をそんなに聞くことがあるのかとは思うが、もし地球に宇宙人がやって来たらと考えると、博士が言うこともわかるような気がする。



ソンバック博士を始めとした第一陣の人たちとの聞き取り調査は、9月の終わりに終了した。

チームの研究員がウジャの町を去った後、健二は引っ越しのための荷造りに励んでいた。


「おら、やってるぅ? 手伝いに来たよー!」

「おいチャン、この荷物を先に中に入れとけ」


チャンとトーサンが、休日であるチューニャッの日に健二を手伝いにやって来た。

しかし二人とも玄関にいくつかのダンボール箱を持ってきて積み上げようとしている。


「トーサン、荷物って何? やっと荷造りが済みそうなのに、なんで荷物を増やすのさ」

「バカだね、健二。これは僕たちの愛の(あかし)さ」


ふざけるチャンに、トーサンはやれやれこいつは困った奴だという顔をして、健二に説明してくれた。


「これは町の職員みんなからの餞別だよ。首都のエボルシオンは北の方にあるから冬が早いんだ。この箱には当座の秋服や冬用の防寒具が入ってる。お前の会社が軌道に乗ったら買い替えられるだろうけど、最初は倹約しなければならないだろう? 焦らず堅実に、一歩一歩前に進むんだよ」


トーサンの言葉に、健二の胸が熱くなった。


「ありがとう。助かるよ」



この町での最後の夜、荷物がまとめられてガラーンとしてしまった部屋の中で、健二はピーナツの袋を片手に、缶ビールを飲んでいた。

ポリポリと噛み砕くピーナツの音が、すっかりきれいになってしまった部屋の中に響いている。


チャンときたら、掃除にまで情熱を燃やすんだからな。

部屋の隅々まで磨き上げるチャンの姿には、何にでも一生懸命な彼の姿勢がそこここに感じられた。

トーサンは最初、大雑把に床を掃除していたのだが、チャンにしかられて掃除をし直す羽目になってしまった。掃除に関しては、普段の役職の上下の関係が逆転したかのようだった。


ふふ、最後まで二人には世話になったな。いつか恩返しをしないと……


夕方の鐘の音を聞きながら、健二はこの世界に来てから送ってきた日々を思い返していた。

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