43.
真夜中、テントの中で目が醒めた。
胃が重い。
上半身を起こすと、まだ少し世界がユラユラと揺れていた。
「あー、さすがに飲み過ぎた」
のろのろとテントから這い出して靴を履き、立ち上がる。
気持ち悪い。完全に二日酔いだ。
喉が乾く一方で、尿意も強く感じる。
僕は、2Lのペットボトルからミネラル・ウォーターをマグカップに注いで一気に飲み干し、遠く百メートル先のトイレを目指してキャンプ場の野原を歩いた。
トイレは、野原と森の境界から少し入った所に木々に隠れるような格好で建てられていた。
途中キャンプ場の野原で放尿する誘惑を何とか抑えこんで、どうにか、こうにか、トイレに辿り着いた。
男性小用便器に向かいながらホッと溜め息を吐く。
「すぐ目の前ってのも嫌だけど、さすがにトイレから遠すぎる場所に設営しちゃったな……明日は、もう少し近くに移動するか」
無事、用を足して手を洗い、トイレの建物から出た。
建物のすぐ横には、人間ひとりが通れるほどの細い道が森の奥へ続いていた。
何となく、その細い道をLEDランタンを翳して覗いてみた。
ランタンの光が照らす範囲は狭く、道は森の奥の方で黒い闇の中に溶け込んでいた。
気づくと、僕は、その細い道へ足を踏み入れていた。
何故こんな真夜中に真っ暗な森の中へ入ろうと思ったのか? 自分自身にも分からない。
転ばないように足元に気をつけながら歩く。
思ったより地形に起伏があり、それに合わせて細い道は右に左に蛇行し、上ったり下ったりしていた。
五分ほど歩いて後ろを振り返ってみた。
木々と地形に遮られて、トイレの明かりは見えなくなっていた。
(なに、所詮はクレーターの中の限られた地域だ。迷子になる筈ないし、万が一、迷子になったとしても、湖畔かクレーターの外輪に沿って歩き続ければ何時かは元のキャンプ場に辿り着けるさ)
強がりじゃなく本気でそう思っていたから、暗い夜道を歩いても特に恐怖心を感じることは無かった。
むしろ一種の冒険心のようなものが芽生えて、森を進めば進むほど、気分が高揚して僕は勇ましくなっていった。
森の中を二十分も歩いた頃、ランタンの照らす前方に人型の影が現れた。
さすがにドキリッとした。
よく見ると、その人影には銀色の金属光沢があった。
……管理人ロボットだ。
ロボットが振り返って僕を見た。
大きな単眼レンズがランタンの光を反射してキラリと光った。
別に管理人ロボの後を追けて此処まで来た訳でもないけど、何となく気まずく思って、妙に明るい声を出して挨拶をしてしまった。
「あ、管理人さん、どうも、こんばんは」
「こんばんは」管理人さんも挨拶を返してくる。
続けて僕は「こんな真夜中に、どうしたんですか?」と尋ねてみた。
「配置替えですよ」管理人が答えた。
「配置……替え?」
「このクレーター内には……CSM700DN型……私と同型の機体が五十七体配備されているのです」
「管理人さんと同じ型のロボット、ですか?」
「はい。クレーター全体に満遍なく配置された同型機たちは、一定時間おきにポジションを替えます。特定の回路への負荷を減らしリスクを分散させるためです」
理屈は良く分からなかったけど、とにかく、これから管理人さんは他のロボットと交代するみたいだ。
管理人ロボットは再び歩き出した。
思わず「あの、一緒に行ってみて良いですか?」と言ってしまった。
管理人ロボは立ち止まって振り返り、僕に「どうぞ」と答え、また森の奥へ向かって歩き始めた。
僕は小走りに管理人ロボットさんへ近づいて、彼の後に追いて歩いた。
「あの」気になったことを尋いてみる。「明日以降のキャンプ場の管理は、どうなるんですか?」
「私と同型の別のロボットが引き継ぎます……いま向かっている監視ポイントに居るロボットと私が交代した後、今までそこに居たロボットは次のポイントへ向かい、同じようにそれまで監視任務についていた別のロボットと交代します。そうやって順ぐり順ぐりに配置を変えていき、最後に交代して配置ポイントから解放されたロボットが、明日から管理棟での業務に就きます」
「なるほど……あの、もう一つ質問して良いですか?」
「どうぞ」
「監視任務って……なんですか?」
「防空のための監視です。我々は夜間、このクレーターに〈悪魔〉が侵入してこないよう、空を監視しています。万が一、空から近づくものがあれば、地上から迎撃・撃墜します」
……え?
……悪魔?




