38.
ジムニーのバック・ドアを開け、僕はテントの入った袋を出して地面に置いた。
「手伝おうか?」サトミが尋いてきた。
「ああ。ありがとう……でも大丈夫だよ。テントの設営は慣れてるから。ものの五分もあれば立てられる。ジムニーの中に居て良いよ」
そう言いながら、僕は収納袋からテントを出して地面に広げた。
モンベル社のムーンライト1型というタイプだ。
テントといえば現在はドーム型が主流だけど、このムーンライト1型は珍しく変形三角柱型をしている。
『月明かりの下でも設営できる』というのが謳い文句の、設営の簡単さが売りのテントだ。
このシリーズには1型・2型・3型・5型・7型などがあり、それぞれの数字は収容可能人数を指している。
僕が持っているのは1型だから一人用だ。
軽量コンパクトに畳む事ができる反面、設営時の室内は狭い。人間ひとりが寝転がるだけの最小限の空間しかない。
まずは地面にグランドシートを広げ、その上にテントを広げる。
それから、格闘アクション漫画に出てくる多節棍みたいな骨組みを伸ばして繋げ、四つの支柱をテントの四隅の金具と接続して、テントの真ん中部分を持ち上げフレームの棟に相当する部分に引っ掛ければ八割がた完成だ。
あとはペグを地面に打って、フライシートを被せ、フライシート用に追加のペグを打って完了。慣れればここまで五分で出来る。
「よし、終わった」
最後のペグを打ち終わり、立ち上がってサトミを見た。
サトミが「なんか、思ったより小っちゃいテントだね」と言った。
「ひとり用のテントだからね」と答える。
「そっかー……ひとり用かぁ」
なるほど、サトミのやつ、自分の寝場所の心配をしているのか。
「これからジムニーの助手席を倒して、車中泊用の寝床を作るよ」僕は、サトミの心配を取り除いて、安心させてやろうと思って言った。「うまく作れば、充分に快適な寝床になるよ。サトミは、そこで寝たら良いよ」
「ありがとう……そうだね。さすがに、まだ早いよね……私たち、まだ知り合ったばっかだし」
「早い? って、何が?」
「ううん、何でもない」
何だか知らないが、僕を見るサトミの表情は、曖昧というか煮え切らないというか……いや、むしろ若干残念そうに見えた。
(あっ、そうか……サトミのやつ、そっちを期待してたんだな……)
僕の頭に、ピンッと閃くものがあった。
「サトミ、ひょっとして今夜こっちのテントで寝たいの? だったら、こっちで寝ても良いよ」
「え? あ……いやいや、そんな別に……」急にサトミの顔が赤くなった。「そういう意味で言ったんじゃなくて……それに、ほら、私たち知り合ったばっかだし、チューもまだだし……やっぱ、そういうのは、一つ一つ段階を踏んでっていうのも大事だと思うし……それから、ひとり用のテントの中で、っていうのも、なんか狭くて集中できないかなー、っていう心配もあるし……いや、でも、狭いなら狭いなりにケンゴウくんがリードしてくれるっていうなら、私は、それでも構わないんだけど……」
「逆に、僕の方が、ジムニーで車中泊するから」
「え?」それまで真っ赤だったサトミの顔色が一気に冷めてポカーンとした表情になった。
「だから、一度テントに泊まってみたかったんだろ?」僕は、自分の推理を言って聞かせた。「サトミって、引きこもりだったんだよな? アウトドアとかキャンプとか、そういうのの経験が全く無いから、テントの中で寝るっていうのがどんな感じなのか興味があるんだろ?」
「はぁ……」
「だから、サトミがテントの方で寝て、僕が自動車の中で寝れば良いよ」
「そ、それは、どうも……」
「それから、チューって何だよ、チューって」
「いや……別に」
「ああ、そうか分かった、シチューか……カレーと並んでキャンプの定番だもんな。よしっ、今夜はシチューにするか……売店にシチューの素とか売ってたかな」
「……」
サトミが非常に残念そうな顔で僕を見ていた。
いったい彼女が何でそんな顔をしているのか、僕には皆目見当が付かなかった。
『女性の表情が何を意味するのか分からなかった場合、見なかったことにする』……これが僕のモットーだ。
まあ、それで女性との関係が上手く行った試しは全く無いと、自信を持って言えるが。
なんか、急にトイレに行きたくなった。
「ちょ、ちょっと用を足してくる」
僕は、そうサトミに言って、ジムニーとムーンライト1型と彼女を置いて、そそくさとトイレの方へ向かった。




