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3.

 電車がアパートのある町に到着し、駅のプラットホームを降りて改札を出た。

 だれも居ない商店街を抜けてアパートに帰る途中、「毎日、銀行から限度額いっぱい金を(おろ)せ」という上司の言葉を思い出した。

 駅前にある銀行の支店は、とうに通り過ぎていた。

 僕は、仕方なく近くのコンビニに寄った。

 レジカウンターに四十代半ばくらいの男の店員が立っていて、「いらっしゃいませ」と、声をかけられた。

 完全自動化された店舗や、無人のATMコーナーは、今でも相当数が稼働し営業を続けているが、人間の販売員が物を売る店はもう(ほとん)ど残っていない。

 僕の知る限り、この近辺で、店員が居て営業を続けているコンビニは此処(ここ)だけだった。

 奥のATMまで行って、とにかく(おろ)せるだけの現金を卸した。

 札束をスーツの(ふところ)に入れ店を出るとき、再び店員が声を掛けてきた。

「ありがとうござ……」声が途切れた。

 ドキリとして振り返った。

 カウンターには誰も居なかった。

「ありがとうございました」と言い終わる前に、その中年の店員は『消滅』してしまった。


 * * *


 アパートの部屋に帰って、薬缶(やかん)で湯を沸かし、インスタントコーヒーを()れ、机も椅子も無い(ゆか)(じか)に座って、一息つく。

 部屋の真ん中に寝袋。流しに必要最小限の食器類。保存食料を詰めた段ボール箱に、キャンプ用品。ノートパソコン。

 数年前、『人間消滅現象』が勢いを増していた頃、必要最小限の物を(のぞ)いて、身の回りの品々を処分した。

 別に断捨離やらミニマリズムを気取った訳じゃない。

 自分が何時(いつ)『消滅』しても良いように……アパートの大家に迷惑を()けないように、自分自身の社会的な痕跡(フットプリント)を最小限にしておきたかったからだ。

 冷蔵庫、洗濯機も中古屋に引き取ってもらった。

 それ以後、食料品は常温で腐る前に食べ切る量だけを買うか、常温で保存の効く食料を買った。

 洗濯は、近くのコインランドリーがまだ営業していたから、そこを使った。

 まあ、しかし……このあいだ大家さんの所へ行ったら、家族全員消滅して誰も居なかったが。

 ちなみに、ここ一年間、アパートに他の住人の気配を感じたことが無い。

 おそらく、今も消滅せずに暮らしている住人は、僕一人だろう。

 コーヒーを飲み終わり、僕は「さて……」と独りごち、マグカップを洗ってアパートの外へ出た。

 一階へ降りて、駐車場に停めてある青いスズキ・ジムニー・シエラ・5ドアロングバージョンの後部ドアを開けた。

 駐車場付きアパートを相場より高い家賃で借りた理由が、この僕の愛車、ジムニーだ。

 鉄道網の発達した都市部で自動車(くるま)を持つのは、分不相応の贅沢だと分かっているが、僕の唯一の趣味だ。こればっかりは仕方がない。

 部屋と駐車場を往復して、キャンプ用品と衣類、保存食の段ボール、ノートパソコンを自動車(くるま)に詰め込んだ。

 ルーフ・キャリアにも荷物を縛りつけた。

 最後に寝袋を畳んで専用の袋に入れ、部屋の鍵を入り口付近の目立つところに置いて施錠をしないまま部屋を出た。

「長い間、ありがとうございました」と、自分の借りていた部屋に礼をして、駐車場へ行き、後部座席の背もたれを倒して広げた荷室に寝袋を置いて、運転席に乗り込み、エンジンを掛けた。

 僕と青いジムニーの、長い旅が始まった。

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