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美馬精神病学科のオンラインクリニック  作者: 端山 冷
第一病霊 『スチューデント・アパシー』
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美馬精神病クリニック


「はあ、いっぱいあるな。どれにしよう……」




 今日は待ちに待った土曜日だ。


 世間様と同様に、我が社も土日祝日は休業する。


 ほらそこ、しっかり覚えとけ。

 そこのお得意様、オメーのことだよ、オメーのこと! お客様っつーのは神様らしいが、休日対応まで求めてくんのは邪神だろ!? ほんと勘弁してよ!!


 と、常なら発狂するほどムカつく着信音も今のところ珍しく聞こえず。まだ序盤だが、幸先のいい休日スタートと言えるだろう。


 行きつけの喫茶店でも行って、珈琲の香りとジャズに酔いしれながら、ゆっくり読書に勤しもうか? 偶然見つけたその場所は、昭和感が漂いすぎてオッサン臭いかと思ったが、存外居心地がよく気に入っていた。ミックスサンドも絶品である。 


「……」



 ――駄目だ。

 いつもなら休日というだけで天気だけでなく心も束の間晴れ模様となるこの俺が、あいにく今日はずっと曇りっぱなし。


 なぜなら国彦との約束がのしかかっていた。海の話ではない。オンラインクリニックを受けるということだ。

 朝からパソコンを使って調べてはいる。しかし、検索エンジンでヒットする中から一体どれを選べばいいのか、すでにうんざりしてきている。


 来週のランチで報告をしなければならない。いや、強制ではないのだから再来週にしてもいいのか?


 それも駄目だ……。きっと、来週も同じ考えを繰り返すに違いない。




「……はあ」


 ため息をついてもなにも変わらない。少しでも気分を上げるためにキッチンへと向かい、お湯を沸かす。


 ようし。珈琲一杯を味わう間にさっさと終わらせよう。


 そう固く決心した俺は、黒いマグカップに並々と淹れた少し薄めの珈琲を持って席に戻る。おっと。ミルクも忘れず入れよう。砂糖は不要だ。


 珈琲の香り、それさえあれば、人生の意義とやらの半分くらいは認めてやれる。






「なんも変わんねえんだけどな~」


 台所から戻った俺は、ギシリと椅子を軋ませ宙を見つめる。視界の端に写る彼女のように、ぼんやりと昔のことを思い出してみる。


 俺が精神科にかかるのは別にこれが初めてではない。むしろ祈祷だなんだとする以前に、真っ先に試していた。


 精神科にかかるという事態にほんの僅か、俺のなけなしのプライドってヤツが邪魔をしてきたが、そんなもんは姉が消えるという安寧の前では紙ペラ同然であった。



 当時は処方された薬を飲みすぎないよう自分を抑えることが大変だった。それさえ飲めば消える! そう、馬鹿みたいに信じたからだ。いや、信じるしかなかったからだ。


 だが一日、二日、三日、一週間、三か月と過ぎても変化は訪れなかった。




 俺は裏切られた。




 俺は十数年後の安寧ではなく、今、この瞬間、楽になりたいんだ。だが、処方された薬を飲んで楽になったことは一度もなかった。たったの一度も、だ。


 その結果、二、三回診察を受けた後、行かない。そういう病院が何件かできていた。




「女医、女医っと。これなんかはアイツの好みだろうな」


 化粧で上手く年齢を誤魔化してはいるが、欲求不満が顔から滲み出てしまってる女の写真を眺める。どうせ話しの種の一つ。サクッと予約を入れようとした瞬間、急にある場面が断片的な映像となって脳裏に過った。




 ――白い腕 首に巻き付く 耳に残る声 悲鳴




 止そう!! 


 そうだ。幽霊話をまだ綺麗な女性に嬉々として話せるほど、俺の精神はまだイカれていない。

 男にしよう! 枯れた親父でいい! 

 どうせ二度はお目にかからないのだ。すぐに記憶から消えていく奴でいい。




「これでいいや、美馬精神病クリニックの美馬敏郎か。しかも今から診察可能じゃないか。これで今日中に終わらせられる」



 検索エンジンの4ページ目にでてきた、流行ってないだろうその病院。時流にのってホームページを載せてみただけ。特にネット顧客に対する努力がなにも見えてこない。


 だが、俺にとっては好都合だ。相手の適当さが見えれば見えるほど、俺の適当さも許される気がした。


 ホームページに載っていたのは厳めしい顔付きの頑固親父的なオッサン医師の画像。経歴も併せて記載されているのだが、どうせ大したこともないだろう。斜めに読んでさっさと10分後の診察で予約する。こいつなら幽霊話なんて適当に聞いて薬だけを出すだろう。


PiPiPiPi!!


 俺はビクっと驚きながら慌てて携帯をとる。ああ、仕事用じゃない、自分用の着信だった。知らない番号だ。取り合えず警戒しつつも出てはみる。



「はい、もしもし……」


「もしもし、犬桜イヌザクラ ハイト様でしょうか?」


 携帯電話を押し当てた耳元からは若い女の声が聞こえてきた。聞き覚えのないそれに、思わず自身の口からは不審そうな声がでる。


「……はい、そうですが」


「今ほどホームページのご予約を頂きました美馬精神病クリニックでございます。この度はご予約ありがとうございます」




 電話越しの女の声は、はっきりとそう言っていた。俺は慌てて先ほどの予約ページを見直す。そこには、ちゃんと折り返し電話で連絡が入ることが記されていた。


 俺は、思わず立ち上がって頭を下げていた。


「あ、はい。よろしくお願いします」


「ご予約内容を確認させていただきます。本日、10時00分のご予約で宜しかったでしょうか?」


「はい、間違いありません」


「ありがとうございます。では、9時55分ころにはVRゴーグルをおかけの上お待ちください。今、お手元にVRゴーグルはございますか?」


 俺は急いで椅子に座り、パソコン本体の上に放置していた黒いゴーグルを掴み取った。


「はい、今着けます。……着けました!」


「申し訳ありません。装着前にVRゴーグルとパソコンをUSBでお繋ぎ頂けますでしょうか」


「あ、すいません。繋ぎました」




 初めてでもないのに焦ってもたつく。これでは単なる機械に疎いオッサンだ。


「ありがとうございます。では、診察ページに移行後パソコン画面に予約番号を入力して、しばらくお待ちください。時間になりましたらVRでの診察が始まります」


「分かりました。ありがとうございました」


「私、宮田が受け付けました。ありがとうございました」



 機械的な返答を繰り返して電話が切れる。


 パソコンに予約番号を入力後、ゴーグルをかけ直すとすぐ目の前にバーチャルの画面が広がる。




 白いタイルのダダっ広い部屋。そこに椅子に座った自分がいる。と次の瞬間、一瞬のノイズのあと目の前には革張りの椅子に深く腰掛けた、()()()()を身にまとった男がいた。





「ようこそ、美馬精神病クリニックに。本日担当させていただきます、私『美馬ミマ 隆二リュウジ』と申します。それで、本日はどうされましたか?」




 そう言って、写真で見た厳つい医者と全く違う、若く整った顔の男が愉快そうに口を歪めた。

すいませんが、VRの記述は想像のもので、現実のVRと全く異なっております。


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