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美馬精神病学科のオンラインクリニック  作者: 端山 冷
第一病霊 『スチューデント・アパシー』
15/62

迫りくるモノ

「ハイト、ハイト! ここを開けてくれ!!!」


 玄関からチャイムが鳴ると同時にドン! ドン!! っとブチ破られそうなほどの激しさで扉が叩かれていた。


 俺はアパートの部屋の中で立ち尽くしていた。何故か? ……そうだ。今、妹、八尋から電話がかかってきたのだ。俺は玄関へ行き鍵を外し扉を開ける。そこには、はたして……。


「ハイト! 大変だ! 八尋ちゃんと連絡が取れない。昨日からずっとだ……。家にも帰ってないらしい」


 慌てた様子の国彦がいた。靴を脱ぐのも惜しい、という風情だ。いつも整えられた(昔から繰り返したブリーチと海水によるダメージで、若干傷んではいるが)髪が乱れ額から汗が滴る。


 ――八尋と連絡が取れない? でも今、たしかに電話の相手は妹だった。


 もっとも八尋が危機的状況下にあることには変わりなさそうだ。クソ、……頭が痛い。そういえば今日は例の薬を飲んだ後、痛み止めを忘れていた……、のかも知れない。


 俺は朦朧とする意識の中で、なんとか妹に電話をかけようとリダイヤルボタンを押していた。


 ――現在、電源が入っていないか……


「おい、ハイト! だから電話なら何度もかけたよ。ずっと電源が入ってないんだ。はやく探しに行こう! なにか心当たりはあるか!?」


 そんなものはない。が、一度行ってみたい場所があった。


「国彦、俺さ。一回、実家ウチに行ってみるよ」


「はあ!? 家にいないって言っているだろう!!」


 国彦は乱暴に右腕を掴んできた。


「部屋になにかあるかも知れない。お前はほかの心当り……あいつの友達とか当たってくれ」


「おいっ!!」


 俺は奴の腕を振り払いそれ以上を答えず、近くにあったデニムのジャケットを羽織って玄関へと向かう。


「なにか分かったら、すぐ連絡する」


 そう言って、後ろを振り返らずに部屋を出た。




 車に乗って三十分で実家に着いた。家の中には誰もいない。ひんやりとした冷気が辺りに立ち込めている。


 俺は二階に上がって、迷わず姉『芹奈』の部屋に入る。その部屋は主がいなくなった五年間の間、なに一つ変わりなく当時のままを保っていた。


 まず机に向かい、引き出しを上から順に開けていく。三番目の引き出しに手を掛け、思いっきり引いたところで、真白い一冊のノートが目に飛び込んできた。表題にはなにも書かれていない……。B5サイズのごく普通のノートのようだった。



「ずいぶんと……わざとらしいことだな」


 これ見よがしに置かれた()()には、きっと全ての答えが書かれているのだろう。俺は長年知りたかったはずのモノを目の前にしても、驚くほど心が凪いでいることに気づいていた。


 その中身は芹奈の日記だった。最初の日付はまだ彼女が小学生の頃。俺はノートの三分の二くらいまでを読まずに飛ばした。まとめて掴んだ紙の束の先、――そこには丁度高校生になったばかりの姉がいた。几帳面な彼女らしい、綺麗だが細かい字だった。


 都内で一番の進学校に入学した彼女の将来への期待や不安、喜びまでもが綴られていた。その初々しさに瞬間、息の根が止まってしまいそうだ。


 ノートの中には家族の事、学校の事、趣味の事、八尋の事……そして、俺の事が書いてある。

 同じように次のページからは、学校の教師にレイプされたこと、親に相談したこと、妊娠したこと、中絶したこと……、最後に俺に拒まれたことが書いてあった。どんどん彼女が病んでいった様子が事細かに記されていて、俺はそっと悼むように目を閉じた。



 すべて……書かれたことは、すべて俺も知っていることだった。



 彼女が日記を記す気がなくなるまで、――随分早い段階だ――しか記されていない。


 俺は空白のページになんらかのヒントがあるはずだと、慎重にページをめくり進める。そして遂に見つけた。それは鉛筆で真っ黒に塗りつぶされたページだった。黒く塗られたその上から消しゴムを使って、白く文字を浮かび上がらせている。几帳面な彼女らしくない、どこか()()()()()だった。斜めになったり、逆さまになったり、読みずらいがなんとか意味がありそうな部分を拾い集める。



『こくし』 『せおり』 『公安』 『ハイト』 『つしま』



 今、理解できるのは俺の名前と『つしま』――『対馬(つしま) 国彦(くにひこ)』の名前だけだった。それは、やはり、……やはり俺も知っていることだった。


 俺は芹奈の部屋を後にし、もう一つの扉、『八尋』の部屋の前で立ちつくしていた。一瞬の躊躇のあと、ドアノブに手をかけたその時だった。



 PiPiPiPi!!


 無人の家に俺の携帯電話の着信が鳴り響く。


「聞こえるか? 今、海で八尋ちゃんを見つけたんだ。ずぶ濡れだけどちゃんと息はあるよ。取り合えず俺の家に連れて行くからすぐお前も来てくれよ。――――なあ、ハイト」


 国彦はそう言って、こちらの返事も聞かず一方的に電話を切っていた。

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