表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
美馬精神病学科のオンラインクリニック  作者: 端山 冷
第一病霊 『スチューデント・アパシー』
11/62

犬桜 芹奈


これは夢だ。いつもの夢だ。




「おいで、ハイト」


 高校生になった姉が手招きをしていた。プリーツスカートがふんわり揺れて、甘い、いい匂いがする。まだ見慣れないセーラー服姿が、なんだかいつもの姉じゃないみたいでドキドキする。


 俺は訓練された子犬のように、姉のもとへ走る。階段を駆け上り姉に抱き付くと、じんわり体温が移って胸がぽかぽかしてくる。



「今日は楽しかった?」


「別に、いつもと一緒だよ」


 前髪をくしゃりと上げられ、芹奈が顔を覗き込んでくる。姉は時たまこうしてくる。


「そっか……。早くハイトも一緒の高校に通おうね。ふふっ――ハイトの瞳は茶色と緑の虹彩がいつも綺麗ね」


 ヘーゼルなんて日本人では珍しいのよ。っと、眼の縁にキスをしてくる。姉さんの瞳は俺とは違い、濃い茶色だ。


「俺は姉さんの瞳も髪の色も、綺麗で好きだよ」


 俺はお返しに漆黒の髪にキスを贈った。

 その時、階下から俺の名前が聞こえてきた。


「八尋を置いてきたの? だめでしょ。仲良くしなくちゃ」


 姉の手が俺から離れて行く。俺は名残惜し気にそれを見送り、口を尖らせる。


「だって、あいつトロいんだよ。それに、あいつの瞳も好きじゃない」


 綺麗で賢い姉とは違う色を持った、まだ小学生の妹はなんだか苦手だ。じっと見ていると……あのギザギザの歯で齧られてしまいそうで怖い。


「仕方ないの。八尋は私たちとは違うのだから。さあ、一緒に迎えに行きましょう」


 姉さんがこちらに向かって手を差し伸べている。俺は姉さんと二人きりでまだこの場にいたかっのだが、しぶしぶ姉の手を取って立ち上がる。階段をおりていくと、そこには――。





 朝のひかりの眩しさで目が覚めた。カーテンが全開だった。


「うわっ、床で寝てたよ」


 昨日、例の試験薬を飲んでそのまま気絶していたらしい。床で寝ていたわりには、目覚めの方はスッキリしている。


 ――懐かしい夢を見た。


 あれは俺が中学の頃の夢だった。あの頃のことは、今まですっかり忘れていた。

 俺と姉は自他ともに認めるブラコン、シスコンだったなと懐かしく思う。たしかに――いい思い出もあったようだ。久しぶりに思い出した、まだ幼い姉の表情がよみがえり知らず笑みをこぼしていた。


 俺は朝日に向かって伸びをした。そしておもむろに床を眺める。うしっと気合を入れ散らばった薬を拾い集めて、ほかに拾い残しがないだろうかと周囲を見渡す。そうしてやっと気がついた。


「……姉さんが、消えている」


その日から、どこへ行こうと、この瞳に姉が写りこむことはなくなっていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ