犬桜 隼
はじめまして、初投稿です。小説を書くのも初めてとなります。ダークなものが好きなので趣味丸出しで書いてみました。どうぞよろしくお願いします。
これは夢だ。
いつもの夢だ。
それはうだるような暑さの八月。
俺は汗を拭いながら風呂場へ向かった。
家の中には誰一人いない。当たり前だ。午後の講義をバックレてまで昼間っから家に戻ったのは、ひとえに友人との大事な約束――今夜の合コンに備えるためだけだ。
「あいつ、今回ばかりは巨乳で清楚な美大生を揃えるって言ってたよな」
サーファーのすっかりチャラついた友人……あいつがセッティングする合コンは底辺大のパンツモロ出しギャルばっかり。頭もお股もゆるゆるの勢いだけはノリノリだ。正直、俺はのれてない。
しかも、なぜなんだか。巨乳は少ない、あまりいない。
「見せパンよりも隠された乳の方がそそられるんだよなあ」
一人ぼやいて服を脱ぐ。俺の好みは、絶対可憐な清純乙女。そしてケツより断然チチ派なんだ。
そんなくだらないことを、大学の講義よりよほど熱心に心中議論しながら、俺は風呂場の扉を開ける。
そして、扉を開け湯がたっぷり張られた浴槽を見た瞬間、俺は思い出す。
――そうか、お前がいたか。
――家にはいつもお前がいる。
――当たり前だ。
高校時代から不登校のまま引きこもっていた姉の芹奈が。
浴室の窓は開け放たれ、青い空と白い雲が見える。一見なんの問題もない、のどかに見える風景。だが、うちの風呂場があるのは一階だ。平均身長よりわずかに背が高い男ならば、きっと爪先立ちになるだけで覗き込める。いくらなんでも防犯意識がなさすぎる。
気が狂った姉を襲う基地外がどこにいるかは知れないが、外見だけ――。そう、外見だけならば、腰までの艶やかな黒髪を揺らす姉は弟から見ても美しい。……そう、思う。いや、思っていた。
「あ、悪い。気がつかなかった」
そう、そっけなく断り出て行こうとした。
面倒だし会いたくもない。俺はいつもその態度を隠そうともしない。
だが、なせだ? なぜ、俺は姉が入浴中であることに気づけなかったのか。そんな当たり前の疑問が頭を過る。
そしてそれと同時に、強い警告が頭の中でまるで警報のように響いていた。
『なにも見るな』
『深く考えるな』
『ここから背を向け、今すぐ出て行け!!』
俺が内なる疑問と警告とに板挟みにされたのは、ほんの一瞬のことだ。
なぜなら、俺は『見て』しまい、その結果『考え』……そして、馬鹿みたいにここに立ち尽くしている。
単純なことだった――姉は、服を脱がずに浴槽に漂っていたから。
香水なんてつけていない。それなのに、つねに彼女の周りに漂う果実のような甘ったるい腐臭。あれがしない。あの嗅げば体温が上がり、汗が出て、眩暈のする姉の匂い。俺が大嫌いな、あの香り。
『風呂に入っているからだ。だから、匂いがしないんだ』
――違う。もう、彼女は■■てないから。
その白いワンピースは確かに可憐で清楚なものだろう。だが、今は妖しく体に貼り付き均整の取れた肢体を露わに濡らし卑猥に映る。
『姉さん、そのワンピース似合ってるよ。けど、その化粧はその服に全然合ってないよ』
――違う。化粧なんてしてない。あの色は、彼女は、もう■んでいるんだ。
すでに浴槽から湯気は出ておらず、外気と交じわり一体と化している。
あの、煩わしいほど紅かった唇。そこから返事が返ってくることは、もうない。
これは、夢だ。
いつもの夢だ。
五年たった今も見続けている…俺の悪夢。