Page8.ドリームは斯くも儚き
掛けた金 銀貨二百九十枚
倍率 三十四万六千九百五十六倍
払戻金 銀貨一億六十一万七千二百四十枚
日本円換算 二千十二億三千四百四十八万円
やり過ぎた……。
金貨だけだと多すぎて払えないため、金貨の上の硬貨も、そのさらに上の硬貨も使っての支払い。
魔銀貨 百枚
白金貨 六十一枚
金貨 七十二枚
銀貨 四十枚
という金額が派遣員証を使って表示できる預金ウィンドウに残高表示されている。僕はたった1レースで超超超いい感じ?な超大金持ちになった。
こわ~。
レース会場から外に出ると、余りに大きな大金を得てしまったことを急に実感して体がガタガタと震えた。
吸って~。スゥ~
吐いて。ハァ~。
深呼吸で心を落ち着かせ、僕は派遣員ギルドに向かった。もちろんお金を下ろすためだ。
「あら、またいらっしゃったんですね?」
派遣員ギルドに行くとまだハンナさんが働いていた。
「ええ、すぐにお金が必要でして。引き出せるだけ引き出して貰えますか?」
僕はそう言って派遣員証を渡した。
「ええ、分かりました。準備が整ったらお呼びしますので、しばらくお待ちください。」
派遣員証を受け取ったハンナさんは、特になんでもないような顔で処理を進めていく。
気がついてないのかな?
流石にさっき銀貨三枚でも結構驚かれたのに、これで驚かれないってことはないはずだけど。
受付前の椅子に腰を下ろして呼ばれるのを待つ。
数分後、
「え?……え……え……えぇぇええええええ!?」
ハンナさんの悲鳴がギルド内に響き渡った。幸いすでに人も少なくなってきていて、注目する人は少ない。
「タクミさん、タクミさん、受付まで来てください。」
カウンターに戻ってきたハンナさんは、僕を手招きする。
多分聞かれるんだろうなぁ。
「どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたありませんよ。これどうしたんですか?」
ハンナさんは小声で尋ねる。
「どうしたってなんです?」
後ろ暗いところなんてない―大嘘―ので僕は惚けてみせた。
「この預金額ですよ。意味わからない数字になっています。結婚してください。」
「いや、ハンナさんが意味わかりません。嬉しい申し出ですが、お断りします。」
なぜか小声でプロポーズされた。
嬉しいけど、ハンナさんもやっぱりお金に目が絡むんだなぁと思った。流石にお金目当ての人とは結婚したくないし、綺麗だけど今日が初対面だからね。
お断りさせてもらいましたぁ!!
「あ、あぁ……、申し訳ございません。取り乱してしまいました。それでどうやって手に入れたんです?」
残念そうに謝ると、より小声で、顔を近づけて手を添えて囁く。髪の毛がふわりと揺れて、女性の甘い香りが漂い、凄くいい匂いがした。これは皆コロッと堕ちちゃうと思う。僕もさっきのことがなかったら堕ちちゃってたかもしれない。
「ギャンブルですよ。ちなみに何も後ろ暗いことはしてませんよ。」
僕は片手を振ってヤレヤレと苦笑する。
後ろ暗いことだらけだけどね。
「あぁ、なるほど。ってこんな金額になります?」
一瞬納得しかけたハンナさんだったけど、気がつかないでおいてくれなかったみたい。
チッ
「運が良過ぎたみたいでなっちゃったんです。」
僕は、これ以上は追求しても意味はありませんよ、という笑みを浮かべた。
実際何もないのでどうしようもない。僕が兎券を買って換金したことは事実だし。対応した人に聞けば分かることだしね。なんだか魔法の道具っぽいのに兎券通してるだけだったから、覚えてないかもしれないけど。
「はぁ、分かりました。引き出しですね?」
観念したような表情でため息を吐いたハンナさんは、再度確認する。
金額が金額だけにそうせざるを得ないってことかな。
「そうです。用意できる分だけお願いします。」
「分かりました。しばらくお待ちください。」
このギルドにどれだけの硬貨があるか知らないけど、あるだけ出してもらおう。
数分後、ハンナさんは裏から戻って来て、トレーには四つの袋が用意されていた。
「これが引き出し額です。」
そう言って袋に紙に数字を書いたのをみせた。物騒な事になるのを防ぐためだろう。全部いけたらしい。
「分かりました。問題ありません。」
「確認しないんですか?私が抜いてるかもしれませんよ?」
直ぐにカバンにしまった僕に、悪戯っ子のような笑みでハンナさんは問いかける。
全部ウィンドウで問題なく、記載された硬貨が入ってるから大丈夫なんだよね。
「いえ、ハンナさんを信じてますから大丈夫ですよ。」
「まぁ!?わ、分かりました。私にも受付嬢としての誇りがありますからね。」
意趣返しのように、小っ恥ずかしいことを言ってあげると、ハンナさんは一瞬赤面した後、そっぽを向きながら言い訳していた。
弄りがいのある人はいいねぇ。
ギルドを出て数分、大金を持っていることを意識しないようにしながら歩くと、僕は奴隷商館へとたどり着いた。
でも実際はきょろきょろしながら歩いていて挙動不審だったと思う。だって白金貨と魔銀貨持ってるからね。
「ほう、いらっしゃいませ、お客様。まだ刻限にはなっておりませんが。」
僕を品定めするようにみてくるモノクル老人が出迎える。僕が一日も経たずに金貨百枚揃えたことに興味をもったのかもしれない。
「お金が出来たので奴隷を受け取りに来ました。」
僕は毅然とした態度で述べた。
「分かりました。ピリカとハク以外は解放して宜しいんですね?」
「そうですね。約束は明日でしたので、今日は皆泊めてあげられますか?」
一際優しい笑みを浮かべた老人に確認されたので、僕は金貨を二枚取り出してお願いした。
皆強く生きてね。
「分かりました。それでは二人を連れて来ますので、こちらの部屋でお待ちください。」
金貨を受け取った老人は、以前来た時に使った部屋に僕を案内して去っていった。
「失礼します。連れて参りました。」
「ありがとうございます。」
数分後、ドアを開けて戻ってきたモノクル爺さんの後ろには、ピリカとハクがいる。座っている僕を見た二人の目が、程度の差はあれど、ググッと見開かれた。
僕がいるとは聞いてなかったのかな。昨日の今日っていうか、今日の今日だしね。
「あの、本当に私など購入されて宜しいのですか?不幸になってしまいますよ?」
ピリカは安堵と申し訳なさが同居した器用な表情で僕の答えを窺う。
ピリカみたいな美人となら不幸も吝かじゃないと思うけど。不幸がどの程度かによるのかな。
でも……。
「大丈夫だよ。そうはならないから。」
「?……分かりました。ありがとうございます。これから宜しくお願いします。」
僕が出来るだけ優しい笑みを答えると、首を一度傾げた後、考えるのを辞めたらしい。安堵の笑みを浮かべて頭を下げた。これからは何も心配しなくていい状態で笑顔にしたいなと思うとです。
「私も……いいの……ですか?……」
ここに戻ってきてからまだそんなに経っていないせいか、ハクはひどく顔色が青い。
大丈夫かな。早く書き換えてあげないとね。
無表情の中にも悲しみを称えていて、子犬みたいに僕を見つめていた。
「うん、構わないよ。」
僕は軽い調子で返事をした。
「お魚……食べられる……ますか?」
そんな状態でもそこが気になるんだ。魚への執着が凄いと思う。それと敬語が苦手なのかもしれない。これは正式に奴隷契約を結んだら気にしないように言っておくことにしよう。無理して敬語使う必要ないからね。
「流石にあんまり多いと困るけど、魚は川や海に近い街に行ってからなら、定期的に食べられるかな。」
「……わかる……ました。……ありがとう……ございます。」
僕の答えに満足したのか、弱々しいながらも無表情な顔をほんの少しだけ歪めて笑った。辛そうだからさっさと奴隷契約をしてしまおう。
「それじゃあ、契約をお願いですか?」
「分かりました。こちらへ。」
モノクル老人の後ろについていく。案内された部屋は、床に大きな魔法陣らしきものが描かれていた。まずはピリカを中心に連れて行き、呪文みたいなものを唱えた後、僕も中心へと呼ばれた。
「では、こちらの首輪に血を一滴垂らしてください。」
天を仰いで目を瞑った状態のピリカを前に、ナイフを渡された。僕は指を切って白い首巻かれた黒の首輪に血を垂らす。
「うっ!」
ピリカはほんの一瞬呻くような声をあげた。その後の反応は劇的で、黒い首輪が赤い光を放ち、首輪に刻まれたなんらかの文字が怪しく輝き、徐々に光が収まっていく。
「これで奴隷契約が完了しました。」
首輪が完全に沈黙すると、モノクル老人は契約完了を告げた。ハクも同じように契約したけど、終わった後倒れてしまったので、支払いをした後、歩けるようになるまで待ってから宿に行くことにした。
虚弱体質もここまでひどいと苦しいよね。
「あら、おかえりなさい。今日は少し遅かったわね。そちらの二人は?」
宿に戻ると受付嬢ちゃんが出迎えてくれた。
「僕の奴隷だよ。」
「まぁ!!そういうこと!?不潔ね?」
何を勘違いしたのか、ジト目で僕を非難する彼女。
戦闘奴隷として買ったんだ。戦闘はやってもらうけど、それ以外は本人の意思を尊重するさ。もちろんエッチなことがオッケーならそれは吝かじゃないよ?そうなるとあながち勘違いとも言えないかもしれない。
「僕は嫌なことをさせるつもりはないよ。今彼女たちは弱ってる。まずは回復するのが先決だよ。体調が良くなったら彼女たちは僕の護衛さ。僕は弱いからね。」
「それはそれで男としてどうなの?」
受付嬢ちゃんに真顔で責められた。
けど……、
「死にたくないからね。そんなプライドより命を選ぶよ。」
僕は仕方がないなと言った表情で答えた。
「そう。まぁいいわ。奴隷はあなたの所有物だからあなたの部屋に置くことになるから、値段はそのままで大丈夫よ。奴隷は部屋を取れないからね。奴隷の分の食事やお湯がいるなら、追加で銀貨3枚かな。」
「分かった。」
僕は彼女に従って追加で銀貨三枚を出し、部屋の鍵を受け取って部屋に戻った。
体調が悪いハクをベッドに寝かせ、ピリカの手を取ってベッドの縁に座らせた。外套脱ぎ、カバンをベッドに載せ、僕も座って話し始めた。
「ピリカ、ハク、改めて名乗るね。僕はタクミだよ。今回は縁あって君たちを買わせてもらった。これから宜しく頼むね。」
「ご主人様、宜しくお願いします。」
「ごしゅ……さま……宜しく……お願い……します。」
僕はこれまできちんと名乗ってなかったことを思い出し、二人に挨拶をした。
「まず二人の苦しみを取り除きたい思う。」
「それは……一体?」
「?」
僕が言っている意味が分からないのか、頭の上に疑問符を量産している。
「図鑑の顕現」
二人の返事を聞いた後、僕は図鑑を具現化する。
「こ、これは……!?」
「!?」
二人は突然表れた分厚い本に、顔に驚愕を貼り付けている。
「僕が二人を買ったのは、戦闘奴隷にするためだけど、それ以上に僕の力で二人を助けられると思ったからさ。その力というのがこの本。実は中身は図鑑になってるんだ。ちゃんと二人にも見えてるみたいだね。」
僕は適当に薬草のページを開いて、内容が二人に見えるようにした。
「これは凄いですね。情報が図抜けています。」
ピリカの言に、ハクも小さくウンウンと頷く。
「でもね、この図鑑は情報が載ってるだけじゃないんだ。情報を書き換えることもできるのさ。しかも、書き換えると現実もそれに合わせてねじ曲がる。」
「俄かには信じがたいのですが……。」
こんなこと信じられる方がおかしいよね。
「うん、だからまず実際にその力を見てもらおうと思う。」
僕は二人の着ている貫頭衣のウィンドウを書き換えた。
「「~~~~!?」」
「どう?分かったかな?」
二人の顔を見れば、十分力を実感したと思うけど、これ見よがしに聞いてみる。
「はい。貫頭衣の着心地がすごく良くなりました。肌触りが良くて、汚れも落ちてますし、ほつれも無くなっています。」
「……同じ……です。」
バッチリ実感してるみたいだ。
「それでね。この図鑑には、僕が見たもの、聞いたもの、読んだものなんかが自動的に収録される。当然……」
二人に視線を差し向けると、
「私たちも載っている、ということですね?」
「その通り。」
ピリカの答えに満足して、ニッコリ笑って見せる。そして、症状の重いハクのページを開いて見せる。
「……これが……わたし……ですか?」
自分の姿のホログラムのような物に興味を示したのか、首を少しだけ起こして僕に尋ねた。
「そう、こんな風に君たちの情報が記載されている。悪いとは思ったけど、全部読ませて貰ったよ。」
僕の言葉に怯えたような表情をする二人。自分の過去を隠すことが出来ないなんて、それはそれは怖いだろうなぁ。僕なら関わりたくないね。
もし二人が僕を怖がるなら、戦闘さえやってくれればきちんとした待遇をするつもりだ。別室も用意する。やりたい事があるなら応援する。そんな機会があるかは分からないけど、好きな人が出来たらなら解放する。
「勝手に見たことを許して欲しいとは言わないよ?僕にメリットがあったから二人を買った。それ以上でもそれ以下でもない。仕事さえやってくれれば僕は何もしないよ。必要以上に接触したりもしないさ。今日は我慢してもらうけど。」
二人を安心させるように伝える。
「それでね、この書き換えには図鑑ポイントというものが必要なんだけど、今現在二人の書き換えをする為のポイントが足りないんだ。」
「すぐに書き換えるのは難しい、と?」
僕への怯えが落ち着いたのか、しっかりした口調で質問するピリカ。
「いや、それは君たちを買うためにお金を作った時に解決した。この図鑑は石でも薬草でも取り込ませると、ポイントに変えてくれるんだ。それにはもちろんお金も含まれる。正直使いきれない程のお金が手に入ってね。下ろしてきた分が今カバンの中に入ってる。それを取り込もうと思う。」
それは問題ないと、カバンを持ち上げて見せた。
しかし
その際手元が狂って、カバンが逆さまになり、中に入っていた四つの硬貨の袋が、図鑑の中に吸い込まれていった。
「あっ」
その光景に僕は固まった。状況が理解できるようになった後、僕はガックリと床に項垂れた。
「うぉ……うぉおお。僕の稼いだお金がぁぁあ……!?」
僕は一文無しになった。