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Page29.決着

「主、後ろ!!」


 トリアの叫び声が僕の耳に届く。


 一体何が!?


 後ろからの何かは避けられないと判断した僕は、大陸喰らいの頭のある位置と俺のすぐ後ろに瓦礫を取り出した。


――パキンッ


 僕のすぐ後ろで何かが割れるような音がする。すぐに振り向くと、剣を構えて踏み込んだであろう黒装束の人物がいた。


 獲物を狩る瞬間は誰しもが獲物以外に対して無防備になるもの。どっかのハンターな漫画で言ってた。その瞬間を狙われた。でも、幸いトリアのおかげで攻撃を受ける前に気づくことができた。


 エクダ(バクモン)


 対象の情報を表示するウィンドウを表示する。


「バクモン!!」


 黒装束の正体は、なんとあのバクモンだった男だった。俺は即座に身体能力と魔法能力を最低まで下げて、状態を睡眠麻痺毒に書き換えた。


 バクモンはパタリとその場に倒れた。




◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎




バクモンはいつのまにか地面に伏していた。


「バカな!? 」

「あぶなかった……。トリアの声が無かったら死んでた。」


突然現れた壁の瓦礫の先でターゲットが独りごちている。

 

一体何が起こった?

どうして俺は倒れている?

どうして動けない?

どうして気持ち悪い?

まさかなんの前触れもなく俺を行動不能にできる?

確かにこれは脅威だ。

王女の懸念も頷ける。

しかし、この俺が成すすべもないとは。

人畜無害そうな顔をしてとんでもなく危険な奴だ。


バクモンは徐々に思考は曖昧になり、いつの間には闇に沈んだ。




◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎




――ビタンビタンッ


 頭の前部分を失った大陸喰らいの体が、ブシャーッと紫の体液を撒き散らしながら、ジタバタと暴れまわっている。おかげで地面が揺れるはずだが、この辺りは一切揺れていなかった。おそらくピリカのノーム辺りのおかげだろう。


 その能力に感謝しながら、バクモンの情報を読むと、バクモンは三眼族で、一族でも優れた瞳を持ち、転移能力という極めて稀有な魔法の使い手だったらしい。


 僕はおそらく『大地喰らい』を倒して得たであろう100万ポイントを超える大量のポイントを使い、転移能力と、その他諸々の有能そうな能力は全て消去し、悪そうな部分は書き換えてやった。命を失わなかった代価としたら安いもんだろう。


 さらに、何かあった時のために装飾品として買ったチョーカーに『不壊。所有者以外取り外し不可。付けたものは以下の内容が付与される。所有者に絶対服従で情報漏洩不可。能力値の上昇不可。害を与えることの不可。嘘、沈黙不可。自身に不利益になりそうな事の隠匿不可。手抜き不可。犯罪不可。寿命まで死不可。所有者は鳴神匠(所有者は鑑定で見えない)。』を付与して首につけてやった。死なれるのは寝覚めが悪いので後はこのまま放置だ。別にいつものように真面目で優しくした訳じゃないし、目が覚めたらどこかにたどり着けるだろう。


 しばらくバクモンのページの編集をしていると、トリアが抱きついてきた。


「主様!!よくごびゅじで!!」

「トリアのおかげで助かったよ。」


 僕もギュッと抱きしめ返してから頭を撫でた。


 トリアの声がなければおそらく僕は死んでいた。本当にギリギリだった。


 トリアが気づけたのは、実は目が見えなかったせいか、三眼族の目の感知能力以外にも、特別な察知能力を持っていたせいだ。それが全感知。視覚以外の全てで、空気の揺れ、熱、音、臭い、味、魔力、生命力など、あらゆるものの微細な変化や存在を感知し、隠密を許さない絶対感知能力。新たに視力を手に入れたトリアは、目と全感知を合わせた超高性能な感知能力を得た。それによって感知能力圏内であれば、どんな変化も見逃さなかった。そのおかげで今回転移の際の微細な空間の揺れに反応したのだろう。


「ご主人様!!ご無事ですか!?」

「ごしゅじん!!……怪我ない?」


 少し遅れてピリカとハクもやってきて左右から抱きついた。二人とも至る所に血を滲ませている。


 僕が戦えないばかりに二人には無茶をさせてしまった。申し訳ないけど、感謝している。


「こっちのセリフだよ。ボロボロじゃないか。」

「ん……頑張った。」

「えへへ、張り切り過ぎました。」

「ありがとう。おかげで大陸喰らいを仕留められたし、僕もトリアのお陰で無事だよ。」


 僕はトリアから手を離し、二人の後ろに手を回して三人ごとギュッと抱きしめた。


 なんとか切り抜けられた。とはいえ、安全な場所に辿り着くまでが旅行。まだまだ気は抜けない。


「その人は何ですか?」

「多分暗殺者。」

「ん……剣で……刺そうとしてた。」


 三人が離れると、ピリカが僕に尋ねる。僕の返事にハクも同意した。


「ちなみに二人はあったことあるよ。」

「え?」「ん?」


 僕のつぶやきに二人は首をかしげる。分からないと言った表情だ。だからその仕草可愛いんだって。


「実はね、バクモンさんだった。」

「ホントですか!?」

「なんとなく……似てると思った。」

「まさかあの人が刺客だったとは。」


 ピリカはギョッとして、ハクは武人としての雰囲気か、なんとなく分かっているらしくのほほんとしている。流石だ。


「全然気づきませんでした。ご主人様の言う通りでしたね。追手。」

「流石に結構有名になったのは分かってたし、元々城から追い出された身だし。」

「え?」「ん?」「は?」


 ピリカが僕をキラキラとした尊敬の眼差しで見るも、自分としては当然過ぎるので謙遜した。でも、それが良くなかったのか、三人とも間抜けな顔を晒した。


「どうかした?」

「どうかした?じゃないですよ!?」

「初めて……聞いた。」

「お、お城って……王子様?」


 ギョッとして慌てる三人。僕は不思議そうに三人の顔を見渡すと、首を傾げて聞いた。ピリカは少し怒り気味で、ハクは単純に驚いて、トリアは少し的外れな想像をしている。


「お城から追い出されたってなんですか?」


 あ、それかー。言ってなかったんだった。


「僕って実は勇者召喚って奴で、城で呼び出された一人なんだよね。」


 僕はピリカの質問に頭を掻いて答えた。


 伝えるの忘れてたよ。


「え!?勇者様だったんですか?」

「一応その予定で呼ばれたんだけど、能力値ランクが低くて身の危険を感じたから、自力で生活することにしたんだ。まぁ詳しい話は落ち着いた時にするよ。」

「は、はい。」


 戸惑いを隠せないピリカ。しかし、ハクとトリアはあまりこう言った知識を知り得る機会がなかったのか、頭の上に疑問符を浮かべていた。


「話は後にして、とりあえず大陸喰らいは袋にしまって、ヴェストリアに行こう。バクモンさんはあのまま放置していく。」

「殺さなくていいんですか?」

「殺すだなんてとんでもない。殺したら可哀想じゃない?寿命で死んで貰うさ。その為に能力値は最低にしたし、有能そうなスキルや魔法は消去しておいた。僕達にも人としても、もう悪い事は出来ないから、後は真面目に生きるくらいしか出来ないでしょ。」

「ごしゅじん……甘くなかった。」

「こ、怖いでしゅ。」

「ご主人様は怒らせてはいけないみたいです。」


 三人は僕の所業にガクガクと震えていた。


 え?そんなに酷いことしてないよね?

 殺す方が悪いことだと思うよ?

 生きてるだけマシだよね。


 僕は全員を促して、大陸喰らいの方に向かう。皆、特にピリカとハクがボロボロなので、ベストコンディションに書き換えた。


「あ、あれ!?つ、疲れがないですよ!?ハ、ハクさんもなんだかツヤツヤして、ふ、服も綺麗になってるような!?」

「ごしゅじんの力……ごしゅじんは凄い。」

「あ、主様凄いです!!」


 トリアは初めての出来事に驚き、ハクがフォローしている。トリアのキラキラした尊敬の視線が突き刺さる。


 さっきまで怯えてなかったっけ?

 そんなに純粋な曇りなき(まなこ)で僕を見ないでほしい。


「はぁ~。なかなかきつかったね。」

「いえ、ご主人様のためならこのくらいどうってことないですよ。それに体も服も治(直)して貰いましたし。」

「皆を書き換えてられるのに、自分は書き換えられないって不便だな~。僕はシンドイよ。」


 僕はガックリと肩を落として疲労をアピールした。


 いつか僕自身のページの編集も可能になるんだろうか。願わくば早めにお願いしますね、神さま。


「『大陸喰らい』を閉まったら、ウインドボードで運びます。ヴェストリア側の関所に着くまで休んでいてください。」

「ごしゅじん……弱いのに頑張った……偉い……ゆっくり……休むといい。」

「ありがとう。ハクは正直者だな……ははは。それじゃあそうさせて貰うよ。」


 僕は正直最低ランクの能力のせいで頑張りすぎて、体がかなり辛い。戦い終わった今だからこそ疲労が襲ってきてるんだろうな。自分のページの編集も出来ないから最高のコンディションにすることも出来ない。疲れた。働きたくないでござる。


「き、消えた!?ほ、本当に入っちゃうんですね!!しゅごい!!」


 トリアは大陸喰らいが袋の中に一瞬で入ったことに驚き、また目を輝かせている。


 トリアが純粋すぎて眩しいです!!


 大陸喰らいをしまった俺たちは、ウインドボードで国境を越えた。その後の襲撃は今の所ない。


「ごしゅじん……よく寝てる。」

「頑張ってたからね。」

「い、一生懸命でした。」


 僕は暖かな日の光を浴びながら、三人の声を子守唄に微睡みの中に落ちていった。




 ◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎




 時は進み、タクミ達が国境を越えた日から一週間後のとある城の一室。


幽霊(ゴースト)が戻って来ないですって!?」

「は、はい。定期連絡も何もない状況でして。まだ気を狙っているのかもしれませんが。」

「そ、そうでしょうね。幽霊(ゴースト)が失敗するなんてありえない。」


 一人の美しい女性と黒装束が会話をしていた。


 伝説の殺し屋である幽霊(ゴースト)が帰って来ないなどありえない。今まで失敗などしたことなどないのだから。どんな困難な仕事も涼しそうな顔をして成功させてきた幽霊(ゴースト)が、こんな簡単な仕事を失敗するはずなどない。彼女はそう考えていた。


「もうしばらく待ちましょう。」

「分かりました。」


 美少女は黒装束へ指示をすると、ため息を吐いて天井を見上げた。しかし、この決断を彼女は後悔することになる。彼女がその事に気づくのはまだまだ先のことであった。

一章終了です。ここからは不定期に更新します。

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