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Page26.主のために

1日で1000PVを超えました。ありがとうございます。


主人公

ピリカ

ハク


の順で視点が変わります。

 僕達は関所に向かって走る。


「ハァ……ハァ……。」

「……。」


 すでに息が上がっている僕。一方トリアは特に呼吸は崩れていない。トリアは予想以上に基礎的な身体能力が高い。僕が低すぎるという可能性もあるけど。


 関所までの数百メートルが凄く遠い。早くやらないとポイントが足りなくなる。僕はただひたすらに足を動かした。乳酸が溜まり力の入らない足を必死に動かして。


「大丈夫ですか?」


 トリアが心配そうに眉を寄せて僕に問う。僕は答える余裕が無くて、少しだけ視線を送って頷いた。


 後数十メートルで関所。ここまでずっと大陸喰らいの胴体が続いている。幅はおそらく10メートルを超える。長さが数キロあってもおかしくないだろう。


 関所にあるのは壊れた門。僕はそれらを書き換えて魔法の袋に詰めて離脱した。


――バゴッ

――ガガガガガガガガッ

――ガガガガガガガガッ


「GYAAAAAAAAAAAAAAAA!!」


 20メートル程離れた時、胴体がバタバタと暴れ出し、辺りを削り込む。後2、3秒遅ければ、大陸喰らいの身じろぎに巻き込まれて僕はバラバラになっていただろう。


 僕たちは街道から外れて、関所を正面にして左後ろの方向に向かって走る。二人なら僕の方に誘導して欲しいということが分かるはずだ。


 僕の考えた作戦が至ってシンプル。


 異世界ファンタジー物で良く出てくる転移魔法。でも転移した先が壁の中でした。ということを避けるためにいろいろな対策が施されている設定がよくある。


 だから僕はそれを意図的に起こそうと思ったわけだ。


 僕自身には魔法は使えない。でも僕は任意の場所に、任意の物を出現させられるアイテムがある。




 そう、それは偉大な"ふくろ"だ。




 僕の魔法の袋は、任意の場所にアイテムを取り出せる。だから、大陸喰らいの頭を僕が外しようもないくらい近くまで引き寄せて、その頭と同じ場所に関所の門を出しちゃおうという作戦だ。


 僕はガクガクの足を気合で引っ張り上げて走る。


「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ。」


 呼吸は乱れ、喉が渇き、たんが絡み、酸っぱいモノが込み上げる。


 痛い。苦しい。辛い。僕はなんでこんなことしてるんだろう?



 自分のため?



 それならもうとっくに諦めてた。



 彼女たちを生かすため?



 もちろんそれもあるけど、そこ僕がいなければ皆悲しむ。彼女たちは僕を慕ってくれているし、僕を必死に守ろうとしてくれる。僕が犠牲になれば、彼女たちの傷になるだろう。



 じゃあ、彼女たちと共に生きるため?



 多分それが一番僕の心に近い。彼女たちの責任を僕がとると約束した。大陸喰らいが現れたくらいでその約束を破ってたまるものか。



 ピリカの微笑み、ハクの目を細めた姿、後ろにいるトリアが目を輝かせる光景、それらが僕の脳裏に過り、動かなくなってきた体に鞭を打つ。


 これ、絶対明日筋肉痛だろ!?


 場違いな思考で苦痛を紛らわす。


 二人がこちらに気付いて、誘導を開始した。なんだか怪獣大決戦のような感じになってるけど大丈夫かな。とにかく、関所から離れ、彼女たちが僕の正面に誘導しやすいように走るだけだ。



 ■■■■■



「ご主人様に頼まれたら、頑張らないといけないね、ハク。」

「ご褒美……頑張る。」

「そうね、ご褒美楽しみね。」

「ん……何貰える?」

「ん~、そうね、お情け……はまだ早いと思うから装飾品かな。」

「ん……なんでも嬉しい。」


 私たちはご主人様からの指示で大陸喰らいの顔の前に移動しながら、ご主人様からもらえる予定のご褒美の話をしている。


 "ご主人様が何かをくれる"というのは必要なものを除けば初めてだと思う。それだけで嬉しくなる。それに、私たちを信じてこの場を任せてくれたのも嬉しい。二つの嬉しさで私は頑張れる。ハクも同じだと思う。表情は無表情でも嬉しそうなのは存分に伝わってくる。なんていうかツヤが違うのだ。


 私たちは10日程前に売れない奴隷として処分されるところだった。もうその前から生きるのを半ば諦めていた。誰かが私を買う度に破産し、大けがを負い、奴隷商館に売り払われた。誰かに買われる度に、誰かを不幸にした。だから私は誰かを不幸にしてまで生きることを諦め、衰弱し、世界が色のない暗い物に見えていたように思う。


 そんな中、一人の少年がお店にやってきた。店主も悪い人ではなく、少年が戦闘奴隷を考えているというので、戦う術をもっているということで、最後の客として私たちを彼の前に並べた。


 彼は黒髪黒目で顔は整っているもののかっこいいというよりは、優し気で可愛い部類の顔立ちの少年。まだ十代前半くらいの初々しさを持ち、線も細く、奴隷とは無縁そうな背格好で、この国にはあまりいない、ジパンゴー出身の人間の特徴によく似ていた。


 彼は私たちを見て、渋い顔をしていて、案の定私たちを買うことはなかった。その時、私も自分を買うのは辞めた方がいいと述べたが、ほんの少しだけ落胆している自分がいることに気付いた。その優し気な表情に、"もしかしたら”という気持ちが湧いていたのかもしれない。その時、少年は私たちの顔を見ていた気がした。


 次の日の夕方、私たちは処分場に送られるところだった。私たちを買うから一日待ってほしいなどという少年が現れた。それは昨日お店にきた少年だった。私は期待する自分を止められなかった。彼を不幸にしてしまうのに、生きたいと願う自分が根底にいた。


 ハクも衰弱しながらもその瞳には光が灯っていたように見えた。


 淡い期待浮かべて待っていたら、次の日じゃなくて、その日のうちに彼はやってきた。応接室に連れて来られて彼を見た時、心臓が跳ねるように動いたのを感じた。息を切らし、肩で息をしている。余程急いで走ってきたのだろう。一度しか会ったことのない私たちを、しかも奴隷という人間ですらない()()である私たちを、それほど思ってくれるのかと感動した。


 彼は間違いなく金貨百枚の価値を持つ、白金貨を取り出してテーブルの上に置いて見せた。


 私の心臓はまた思い切り飛び跳ねる。


 私はそのまま買ってもらえばいいものを、「あの、本当に私など購入されて宜しいのですか?不幸になってしまいますよ?」などと口走ってしまった。生きたいという気持ちと、彼を不幸にしたくないという気持ちがせめぎあった結果だろう。自分でも良くわからない。


 でも彼は大丈夫だと、何も心配いらないという気持ちを起こさせる笑顔で私に答えてくれた。この時私は、何の根拠もないにも関わらず、彼にまかせればいいのだなと、信じ切っていた。


 私たちは宿に連れて行かれると、彼の力を説明された。彼の持つ図鑑を書き換えると現実にあるものの状態も書き換わるという。にわかには信じがたかった。しかし、彼が何かすると、服の肌触りがよくなり、汚れもほつれもなくなって、まるで新品のようになった。


 さらに、ハクが書き換えられると、みるみる肌ツヤが良くなっていき、ガリガリだった体もふっくらと肉付きがよくなった。本当に呪いが書き換わっているのだと思い知った。


 ただ、ハクの体が変わるその過程が非常に艶やかで色っぽくて、嬌声をあげたり体を痙攣させたりする姿はまさに夜の営みのようだった。隣の彼も同じ感想だったようで、健全な男の子の反応を示していた。


 可愛い。


 私は照れ隠しと、ついつい揶揄いたくなって、「優しく……してくださいね?」と呟いていた。彼も苦笑いを浮かべて、頭を掻いていた。


 私が気づいた時には既に朝。その日、恐る恐る街中で彼と手をつなぐようにして生活したけど、彼に何かが起こることはなく、怪我をすることも、破産することもなかった。


 それどころか彼は私たちが裸足で傷を負っていることに涙を流し、これから幸せにしてやると、その責任を自分がとると言ってくれた。殺し文句だった。私はここで自分が心から解放されたことを実感した。私は彼に救われた。


「GYAAAAAAAAAAAAAAAA!!」


 大陸喰らいの顔の前に辿り着くと、奴は耳をつんざく不協和音を挙げる。ご主人様のポイントが切れたのだろう。ここからは私たちの仕事だ。


 そんな彼の願いなら、ちょっとくらい無理をしてもいい。だから力を貸して。


「シルフ、ウンディーネ、イフリート、ノームお願い!!シューティングスター!!」



 ■■■■




 後ろでピリカが精霊魔法を発動させた。ちょっと無理してるみたい。


 彼女だけに良い格好はさせない。私だってごしゅじんが大好きだから。


 じいが死んで、親戚に引き取られた私がすぐにかかった呪い。急に体が弱くなって、何もできなくなるのに時間はかからなかった。最初の頃は甲斐甲斐しく世話を焼いてくれてた皆も、いつまでも治らない私を疎むようになった。その上悪いことに私に触れた人たちが次々衰弱するようになった。


 親戚は自分たちに呪いが掛かることを恐れて奴隷商人に私を売り飛ばした。私を殺さなかったのは、じいへの恩義ということではなく、私を殺すことで呪いが降りかかるのではないかと考えていたからだった。


 奴隷商館に来た私は本当になにも出来なかった。少し動いただけで息が切れ、動悸を起こし、眩暈がし、立っていられなくなる。教育係を任された先輩奴隷も次第に何も教えなくなった。そんな中、ピリカだけは私に優しくしてくれた。同じ境遇であるからか、何もできない私に、将来必要になるかもしれないからと、文字や一般的な教養を教えてくれたんだ。


 ときおり私に触れたそうに見る彼女の眼はとても悲しそうだった。私に触れると衰弱してしまうから触れないし、逆に彼女に触れた者には不幸が訪れる。お互いぬくもりが欲しいのに手に入れられない。人に世話をしてもらわなければ何もできない。そんなどうしようもない日が幾年も続くと、私の心はすり減ってしまった。


 5年がたった頃、私とピリカが結局誰にも買われず、処分されることになった。別にどうということもない。これ以上誰に迷惑をかけるでもなく死ねるのであればそれでよかった。


 そんな時、私は最後の機会として、今日戦闘奴隷を探しに来た、いかにも弱そうな少年の前に立っていた。この少年は珍しく、私たち奴隷に質問をして来た。思えば、奴隷商館の関係者以外で誰かと話すのは、いつぶりか分からなかった。


 彼は私の辿々しい言葉遣いにも嫌な顔をすることなく、真剣に聞いてくれていた。もし買われるのならこんな人がよかった、なんて少しだけ思ったけど、彼が私たちを買うことは無かった。


 これで私の人生はおしまい。


 そう思った次の日、私たちは奴隷の処分場に連れて行かれることになった。私は具合が悪くなりながらも、檻の乗った荷車に乗り込もうとする。


 でもその時、あの少年がやってきた。


 奴隷が処分されると聞いてひどく驚き、そして慌てていた。そしたら、何を思ったのか、処分される全員を買うだなんて言う。でも連れてくのは私とピリカだけなんだって。疫病神と言われる私たち二人を連れてくなんてどうかしてる。


 ただ、少しだけ、明日までは生きてもいいかなと思った。例え少年が来なかったとしても。でも、再会は思いのほか早かった。


 少年は、その日の内にお金を持ってきて私たちを買ってしまった。驚いた。本当にこんな役立たずを買うなんて。夢ではないかと頰を抓る私。力を込められない私でも、痛みは確かにあった。


 少年は私たちを宿に連れて行くなり、私をベッドに寝かせた。


 またこの少年にも迷惑をかけてしまうのかな。


 でも私の考えは実現されなかった。なぜなら私の体を治してしまったんだ。虚弱体質も、人を衰弱させてしまう呪いも。


 あっという間だった。暖かい力が私の中に入ってきて体を作り変えていくのがわかった。今まで感じたことのない感覚。気づいたら私はベッドで寝ていて、横にはピリカが寝ていた。驚いて離れると、床にはあの少年が寝ている。


 年若くあどけない表情で、装備も一般人の服装。武器の類は一切持っておらず、高い宿に泊まってるわけでもない。どこをどう見ても、奴隷を買えるだけのお金も身分もなさそうな少年。この人が私のごしゅじん。


 ごしゅじんは起きた後、私の呪いが消えたことを確かめるために差し出した手を、ゆっくり両手で握って、大丈夫だよ、とニコリと笑ってくれた。窓から差し込んだ光がごしゅじんの顔を照らし、別にカッコイイわけじゃない、でもその優しい顔が私には天使のように見えた。


 私はその顔に見惚れた。その日その時から世界で一番大好きな顔になった。私は呪いから解放されて、ごしゅじんの胸で年甲斐もなく声をあげて泣いた。


 そして、その日の内に幸せにしてやるだなんて言ってくれるごしゅじん。責任は取るだって。やっぱりごしゅじんが大好き。


 そんなごしゅじんのためなら少しの無理も推して通る。じいも好きな人ができたら、力が湧いてくるって言ってた。その通りだ。今の私はなんでも出来る。


「八気掌 四纏昇身!!」


 私はいつもの倍の気を纏う。普通の人は一つの気でも纏えればいいらしい。私は昔からもっと纏えたから凄いことになのかは分からない。でもそれがごしゅじんの役に立つなら幾らでも纏おう。


 体がギシギシと軋みをあげる。

 目の奥がチカチカする。

 脳が沸騰するように熱くなる。

 口の中が鉄の味がする。


 その時、空からいくつもの白い閃光が大地喰らいに降り注いだ。これがピリカの精霊魔法魔法。私も負けてられない。


「八気掌 破鎚!!」


 降り注ぐ光が収まった瞬間、顔をしたから蹴り上げ、今度は上から蹴り落とし、回転してから肘で上から頭を撃ち抜く。


 大陸喰らいはベコンッとUの字を描くように凹む。


 私はクルクルと空中を後転して、前傾姿勢で手をつき着地する。


 これで気が引ければいい。ごしゅじんが動くまで。

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