Page22.目覚め
部屋に戻ると、ベッドの上はすっかり綺麗になっていて、トリアが穏やかな寝顔を晒していた。頰が上気していてとても可愛らしい。
ピリカが精霊魔法で綺麗にしたんだろうな。
水浴びの時以降、彼女は洗濯や汚れを落とすのに精霊魔法を使うようになった。お陰で皆毎日清潔だ。
「スッキリしましたか?」
「ああうん……それはその……非常に……。」
僕に気づいて声を掛けてきたピリカに、僕はしどろもどろになりながら答えて俯いた。
モジモジしちゃう。めっちゃ恥ずかしい。
「それは良かったです。」
「こしゅじんの……凄かった。水浴びの時に……見たのより……凶悪。」
ニコリと笑うピリカに、ハクが報告している。
何を言ってるんだ!!この子は!!
「ハク、流石に恥ずかしいよ。」
「ん……。後で……報告する。」
「お願いしますね。」
恥ずかしがる僕を余所目に、ハクはピリカに約束していた。ピリカも嬉しそうに笑っている。
どっちにしろ報告されるんだ……。しかも本人の前で言うところがハクらしいといえばらしい。どんなふうに報告されるんだろう。想像すると物凄く恥ずかしくて、顔が火を噴きそうなくらい熱くなった。穴があったら、入れ……ゲフンゲフン。僕は一体何を!?穴があったら入りたい。
僕はため息ををついた後、ベッドの縁に腰を下ろす。
「問題ないようだね。」
僕はトリアの頭を撫でながら呟く。触れても幻覚を見ることはなく、トリアが少しくすぐったそうに寝顔を歪めるだけだった。僕の行動に合わせてピリカとハクもトリアに触っている。
「大丈夫です。」
「私も。」
二人も特に問題ないらしい。
顔を上げて僕に向かって報告してくれる。
これで一安心。後は眼を覚ますのを待つだけだ。
僕達はお腹が空いたので、ピリカに装備を含めて全身を綺麗にしてもらい、床も綺麗にしてもらって床に腰を下ろした。魔法の袋に入っているサンドウィッチとジュースと食器を取り出し、3人の前に並べ、「いただきます。」と手を合わせて美味しく頂く。
出来たてホヤホヤのままなのでとても美味しい。
僕達は軽食に舌鼓を打った後、トリアが起きるまで部屋で過ごした。彼女を一人置いていくわけにも行かず、たわいのない雑談をしたり、ゴロゴロしたり、武器や防具の手入れをしたり、筋トレしたりして過ごした。
この国では過去にもいたと思う勇者があまり仕事をしていない。内政関係も、食事関係も、娯楽関係も、兵器関係も。せめてリバーシくらい誰か作ってると思ったのに。王都ではそれらしい物を見つけられなかった。今頃城にいる勇者たちが作ってるかもしれない。この次までに見つけるか、作っておこうと心に誓った。
トリアが眼を覚ましたのは、日が傾きかけた頃だった。
「ん……んん……。」
トリアがもぞもぞ動き出す。僕達は立ち上がってベッドを見つめた。
「んん……ここは?」
彼女は上半身を起こすと辺りを見回すそぶりをした。目は今までの癖なのか目は閉じられている。しばらくキョロキョロしていると、彼女の感覚に僕等が映ったのか、徐々に顔を赤くし、掛け布団で顔を隠してしまった。
仕草がめちゃくちゃ可愛い。
「トリア大丈夫?ここがどこか覚えてる?どこかおかしいところはない?」
僕が優しく問いかける。
「は、はい。だ、大丈夫です。お、覚えてます。か、体は、な、なんだか、す、凄くスッキリしていて、か、軽いです。」
彼女はヒョコッと顔を半分出し、体を少し動かしてから答えた。
「それは良かった。君の治療は終わってるはずだよ。幻覚を見せる力は、任意で消したり出したり切り替えられるようにしてみたけどどうかな。僕達には見せられないけどね。ちなみに僕達はトリアが寝てる間に、全員が君の体に触れたけど、幻覚は見なかったよ。」
僕は彼女の体の状態を確認するために、説明を行った。
「あっ!!ほ、ほんとです。な、なんだかわかりませんが、き、切り替えられます。ホ、ホントに……か、体が書き換わったんですね……グスッ。これで誰にも……グスッ……怖い思いを……グスッ……させなくて済むんですね……グスッ。」
呪いから解放されたことを実感したトリアは、ポロポロと水滴をこぼし、布団にジワリジワリとシミを作っていく。彼女はうつむき、布団を両手でギュッと握っていた。僕は彼女にそっと近づき、横から肩を抱くようにして頭を撫でた。彼女は一瞬ビクッと体を強張らせたものの、安心したように力を抜いた。
「ほら、大丈夫でしょ?」
「は、はい……グスッ。本当に……ウワーーン。」
僕が彼女に問いかけると、彼女はそのグズグズな顔を上げて返事をした後、僕の胸にしがみついて声を上げて泣き出した。
「あんなことされたらイチコロよね?」
「あれは反則……トリア……絶対堕ちてる。」
遠くでピリカとハクが何か話しているようだけど聞こえなかった。
「落ち着いた?」
それから二十分ほど経って、トリアは泣き止んだ。僕は彼女の両肩に手を置き、少し体を離して聞いた。
「は、はい。ご、ご迷惑をおかけしてすみません。」
「迷惑なんかじゃないよ。トリアみたいな可愛い子に胸を貸せたなんて男冥利に尽きるよ。」
「か、可愛いだなんてそんなこと……。」
僕は彼女の申し訳ないという気持ちが消えるように、おどけて笑ってみせた。
彼女は否定しながら顔を赤くして俯いてしまった。
「言ったよね。可愛いから買ったんだって。」
「あ、あぅ~。そ、そうでしゅた。」
僕の言葉に彼女は恥ずかしそうにもっと顔を赤くした。
買った時に言ったのに忘れてしまったのかな。
「思い出してくれた?」
「ふぁ、ふぁぃ。」
僕が少し首を傾げて尋ねると、オロオロしながら返事をしてくれた。
小動物みたいで可愛い。
「良かった。」
「ほ、本当にありがとうございましゅ。」
僕がホッと息を吐いて安心すると、彼女は深々と頭を下げた。
「いえいえ、どういたしまして。それにまだ終わってないでしょ?」
「え!?」
僕の返事に彼女はギョッとして目を見開いた。
「あ……。」
彼女はその瞬間、何かを理解したのか、小さく声を漏らした。
「見え……ます。」
「ん?」
「み、見えます。主様の顔が……。」
見開いた時は焦点の合ってなかった瞳が僕を確実に捉えている。僕は三つの目に見つめられて少し照れくさくなって苦笑いで頭を掻いた。
「幻滅した?こんな顔で。」
「い、いいえ!!とっても優しそうで、思った通りの、いえ思った以上にカッコいい方でした。……私にとって誰よりも大好きなお顔です。」
僕の質問に彼女とても真剣な顔で答えた。興奮で緊張を忘れているのか、吃らずに話している。
最後の方はゴニョゴニョと聞こえなかったけど、幻滅されなかったなら良かった。なんだか無理やり言わせたような気もするけど、気にしないでおこう。
「あれ、刷り込みみたいなものよ?」
「一番最初に……見たのが……好きな人の顔……。焼き付いて……離れない。」
遠くで二人がヒソヒソとまた何か話してるけど、聞こえない。
「それで他にはどうかな?」
「ピリカさんやハクさんも、部屋も全部。ボンヤリと感じてたものがハッキリと見えます。皆の見てる世界はこういう世界なんですね!!」
僕の問いかけに彼女はキョロキョロと辺りを見渡す。その目には、好奇心の色がキラキラと輝いていた。
「見えるようになって良かったな!!」
「はい!!」
僕がニカッと笑うと、彼女雨空がパァっと晴れたかのような笑顔を見せてくれた。




