Page21.光
僕達は今、宿「ヴェッキオ亭」に向かっている。なぜなら、トリアを買ったことでそのまま出発する訳にはいかなかったからだ。まずはトリアの『訳あり』を解かなければならない。ちょっと人に見せてはいけない感じになるので宿が一番最適なのだ。
「トリア、これから宜しくね。」
「は、はい、主様。よ、宜しくお願いします。」
「こっちの二人がピリカとハクだよ。」
「ピリカと言います。宜しくお願いしますね。」
「ハク……宜しく。」
「は、はい。ピリカさん、ハクさん、よ、宜しくお願いします。」
僕達はお互いに自己紹介していると、
「おいおいにいちゃん。一人でいいから、俺らに分けてくれよ。」
と、テンプレおじさん達がやってきた。
「ひっ!?ひぃぃ!?」
トリアは本当に見えてるかのように僕らの後ろに隠れた。ちなみに誰にも触ってない。
「トリア、こういうことは日常茶飯事だから。なれてくださいね。ご主人様がいい感じにしてくれるので。」
「わ、分かりました。」
後ろで先輩から後輩へのアドバイスが行われる中、僕はいつも通り襲ってきた連中の性格を善良に書き換えて、掃除した。
『申し訳ございませんでしたぁあああ!!』
ぞろぞろときていた奴らが全員土下座する。
「ね?」
「ひっ!?は、はい……。な、なにが起こったか、わ、分かりませんが。」
おそらく全員が土下座してる、というのはわかるんだろうけど、なぜそうなったかが分からないんだろうな。過程がないから意味不明なんだろう。
僕達はさらに二テンプレを掃除して、宿へと戻った。
「ニ人部屋空いてます?」
「いや、一人部屋なら空いてるよ。」
というのは二回目なのにすでに定着しそうなやり取りだった。おばちゃんの、一つのベッドで皆としっぽりするんだろ?分かってる。みたいな思考を感じる。なぜこうも"おばちゃん"はそういう方向に持って行きたがるのか。理解に苦しむ。しかも今回そういうことをしていると思われる可能性がさらに辛いところだ。
今回空いていたのは朝まで使っていた部屋。チェックインは清掃してからと言われたけど、待ってるのが面倒ということで、掃除はいいからチェックインさせてくれるようにお願いした。
何をするにしても触れないというのであれば、必要なものを購入するのに難儀する。それに目が見えていればより彼女の力が活きるはずだ。
「まずは何から説明しようか。……僕は今南の獣人の国を目指して旅をしていて、君にはその旅についてきてもらう。ここまではいいかな。」
「は、はい。だ、大丈夫です。」
未だ緊張が抜けきらないトリア。臆病なのか、恥ずかしがり屋なのか、いまいち判断しかねる。
「その為には、トリアの服、防具などを買わないといけない。でも今のトリアは触れることが難しい。そうだよね?」
「そ、そうです。わ、私に触った人は皆、し、暫くすると、お、大声で叫んだ後、た、倒れられます……。」
僕の問いに彼女はしゅんととして俯き、貫頭衣を裾を両手でギュッと握った。
「ごめんね。辛いことを思い出させて。でも、僕はその呪いを解くことが出来るんだ。それをこれから試そうと思う。」
「え?……えぇ!?」
驚くと閉じられた目を見開くのは彼女の癖なのだろうか。光を写していないその目が僕の方を見つめる。
可愛い。
「ちょっと見えるか分からないけど、やってみるね。」
『図鑑具現化』
僕は図鑑を具現化する。
「す、凄く眩しい力を感じます。」
彼女は僕が出した図鑑を認識出来てるようだ。
「それじゃあ、試しにあることをやってみるね。」
僕は彼女の貫頭衣をピリカとハクの時と同様に、書き換えた。
「!?……き、着ている服の、は、肌触りが変わりました。」
「分かったみたいだね。僕はね、図鑑というスキルを持っている。図鑑の中には僕の見た物が自動的に収録されていくんだけど、僕はその中身を書き換えて、現実に反映することが出来るんだ。今君の服が変わったのはその力の一端だね。」
驚いて完全には焦点の定まっていない視線をこちらに向けるトリアに、僕の力を簡単に説明する。
「な、なるほど。あ、主様は凄い力を、お、お持ちなのですね。」
僕の答えに、彼女はまだ完全には分からないながらも、尊敬するような気持ちが伺えた。
「それで、この力を使って、図鑑内にある君の情報を書き換えれば、君の呪いを解くことができるってわけだね。」
「そ、そんなことが、で、出来てしまうんですね。しょ、商館で仰っていたのは、そ、そういうことだったんですね……。」
僕の説明に、トリアは何か自分の中で納得したように頷いている。
何を頷いてるのかな。
「どういうことか分からないけど、僕には君の呪いが消して正常に戻せるから、君のデメリットが無くなって、メリットばかりの可愛い君を手に入れられる訳だよ。」
「あ、主様には、さ、最初から私を、デ、デメリットを考えないで、み、見ることが出来たんですね。」
説明を続ける僕に、彼女は奴隷商館で並ばされた時の事を尋ねた。
彼女の持つデメリットは、むしろ僕が買わないと死んでしまう可能性があるので、放っておけない、自分が買わなきゃ、と思わせる理由になった。
それを考えると、元々持っていたデメリットも、僕にとっては祝福だと言える。
「そういうこと。最初から可愛いトリアしか見えてなかったよ。それで君は、呪いを解いて自分の目で世界を見てみたい?」
「は、はい。わ、私の呪いを解いて、あ、主様の旅に、つ、連れてってください。い、一緒に世界を、み、見て回りたいです。」
「分かった。」
僕の質問に、トリアは頰を朱に染めてオドオドしつつも、ハッキリと自分の意思で答えた。僕はゆっくりと頷いた。
いじらしくて可愛い。抱きしめたくなるなぁ。
「それじゃあトリア。ベッドに寝てくれる?」
「は、はい。」
彼女はいそいそとベッドに横たわった。
「それじゃあ、書き換えるけど、すぐ終わるから我慢してね。」
「え!?」
僕の説明に驚いて目を見開いた彼女を無視して、僕は編集を行う。
『盲目』と『触った者に恐ろしい幻覚を見せる』の部分を書き換える。ふと僕は思う。ピリカとハクは削除してしまったけど、上手く編集すれば使えるのではないかと。
だから僕は『盲目』を消して、『触った者に恐ろしい幻覚を見せる』の部分を『触った者に恐ろしい幻覚を見せる(任意でオンオフの切り替え可能。ただし、鳴神匠とその身内には強制的にオフになる。)』と編集することにした。
体調や状態も良好に変更してから編集完了ボタンを押すと、表示されたのは必要図鑑ポイントが二万二千ポイント。単純に消すより大幅にポイントを消費する。今ポイントはまだ八万ポイント程ある。だから迷わず「編集しますか?YES or NO」のYESを選択した。
すると、ピリカとハクの時と同じように、トリアを淡い光が包み込む。光は彼女の鼠蹊部に向かって収縮を始めた。
「あ……体が……熱い!!」
彼女は三つの目をギュッと瞑り、ビクッと体を震わせ、足先をピーンと伸ばしてベッドのシーツを両手でギュッと掴んでいる。何度見てもこれは慣れそうにない。
「あん!?……ムズムズしてッ!?……ひん!?」
内股をこすりあわせるように足をモゾモゾと動かしながら呼吸がドンドン荒くなっていく。ジットリと汗が滲み、貫頭衣が体のラインをより浮き彫りにする。ピリカやハクと比べると起伏に乏しいけど、ウエストはキュッと細くくびれていて、きちんと成長した女性のそれだった。
目を離した方がいいのかな、と思いつつも、その艶やかな姿から目を離すことが出来なかった。
「ひぁ!!……あん!!……ひゃ!!」
光の収縮とともに彼女の言葉も短くなっていく。健康状態も改善され、上気したその体は、風呂上がりのように色っぽい。身体中に汗の雫が点在し、彩るように滴り落ちていた。僕の体も正直な反応を示していた。
「ひぐっ!?」
彼女が突然ビクンッと大きく体を震わせる。足の指にギュッと力を入れて仰け反り、三つ目を大きく見開いて、歯を食いしばっていた。口元からはチロチロと甘美な液体が漏れている。
「あぁん!!……私……あん!!……変に……なっちゃう!!」
見開いた目に淡い赤の光が灯る。映し出されていなかった光が、瞳の中に差し込まれていく。見えなかった瞳が改変されていってるのが如実に理解できた。今は体が書き換わる感覚に気を取られ、まだ気づいてはいないようだ。ビクッ、ビクッと何度も体を震わせ、顔の向きを時折左右振りかえながら苦悶の呟きを漏らしていた。
「ん゛っ!!……知らない!!……くっ!?……こんなの知らない!!……ひはっ!!……なんかくる!!来ちゃう!!」
光の収縮も終盤戦。後数十秒もすれば拳大まで収縮するだろう。それに伴い、トリアの体がビクンッと跳ねる回数もドンドン増える。跳ねるたび汗が飛び散り、部屋にメープルのような甘い香りを撒き散らす。僕はその匂いに頭がクラクラした。
彼女の瞳はもう完全に光を取り戻し、世界を映し出しているはずだ。しかし、彼女の体を駆け巡る体改変の波はそれを理解するのを許さない。
「あ、あ゛ぁぁああ!!……凄いの来る!!……大きいの来ちゃう!!……あっあっあ゛ぁぁああ!!」
拳大に至った光はパンッと弾け飛び、トリアもまたハクたちと同じようにビクビクビクッと大きく跳ね上がった。白目を剥いてビクッビクッと体を痙攣させながら気を失っている。その蕩けきった顔は電撃でも食らったかのように、だらしなく垂れていた。
光が消えたということは、完全に体が書き換わった証拠だ。これで彼女の呪いが任意で操作可能になり、目に光を灯すだろう。
「終わりましたね。」
ピリカの声が隣から聞こえた。彼女は僕をニコリと見上げている。
「そうだね。これで彼女も解放されるかな。」
「そうですね。ここから初めて楽しいと思える人生が始まると思いますよ。私たちもそうでしたから。」
「ん……その通り。」
ピリカの顔に向かって安堵の笑みを浮かべると、彼女の実感のこもった言葉が返ってくる。それに続き、念のため周りの気配に気を配っていたハクも話に入ってきた。
それは良いけど、僕の一部分を二人で摩るのはやめてほしい。
「ちょっとトイレに……「ダメですよ。」」
僕は二人から抜け出してトイレに行こうとするも、ピリカに止められた。
「護衛は一緒にいないといけないですからね。」と、いう彼女の笑顔は人を弄ぶ悪魔のような表情をしていた。
でも僕もほら、このままだと色々まずいからさ。スッキリしとかないと、ね?
「今回はハクちゃんに行ってもらいましょう。」
「ん……任された。」
僕の拒否権が受け入れられることはなく、結局ハクに護衛されてトイレに行った。僕は今日少し大人になった。自分でやるよりもスッキリとした爽快感がハンパじゃなかった。青少年達がハマってしまうのも分かる気がした。
幸い日中で宿泊客も出払っていたため、気づかれなかったみたいだ。
「苦かった……でも……ごしゅじんのだからいい。」
ハクが感想を漏らした後、僕達は部屋へと戻った。




