Page19.三人部屋?
ギルドを出た僕達は、ヘイムさんから貰った地図を元に宿へ向かっている。街はすでにドップリと夜の帳が下り、ランプの暖かな大小様々な光の明暗が重なり、光の音階を奏でていた。
「最近の夜の街ってこんな感じなんですね。数十年前はもっと暗かった。」
「僕も殆ど初めてだね。こういう雰囲気は好きだよ。」
「なんだか……暖かい……。」
まるで縁日のような懐かしさを想起させる光景に、なんだか心が暖かくなった。この世界に来て10日、いつもこのくらいの時間には宿に入っていたため、夜の街を見ることはほとんどなかったと言っていい。この光景がこの世界の日常であることが、自分が異世界に来たことを改めて実感させた。
『ヴェッキオ亭』
またダイレクトな名前の宿だよね。
目的の宿のぶら下がる看板見つけた。
「ここみたいだね。」
「ですね。」
ギルドからここまでに三テンプレを掃除した後、僕達は宿に辿り着いた。中に入ると酒の匂いがブワッと襲い掛かってくる。直ぐ右側に受付があり、左側は食事スペースで、すでに多くの客が酒を片手に賑やかに語らっていた。
「おや、いらっしゃい。」
受付にいたのは恰幅のいい三十代後半ほどの女性。頭の後ろで髪を団子にまとめて、いかにも肝っ玉母さんという出で立ちだった。
「ヘイムさんに紹介されてきたんですが、三人部屋空いてます?」
「へぇ、あの旦那がね。私はドレーヌ。この宿の女将さ。宜しくね。それで部屋だけど……すまないね。空いてるのは一人部屋だけだよ。」
今日こそは、という気持ちで三人部屋を頼んだのに、ドレーヌさんは後ろのピリカとハクを見るなり、分かってるよとばかりにウインクした。
いやいやいや、そこで変に察さないでいいから!!たまには一人でゆっくりと休みたかったんだよ。別に一緒に寝るのが嫌なわけじゃないけど、日々悶々とするからね。一人で処理すると、ハクが鼻をヒクヒクさせて、私たちとすればいい、とか言ってくるし本当に大変なんだよなぁ。
しくしく。
「僕はタクミと言います。この子はピリカ。こっちの子はハクです。宜しくお願いします。それじゃあ、一人部屋で一泊お願いします。」
でも、空いてないと言われたらしょうがない。僕は自己紹介した後、ため息を吐いて、諦めてダブルの部屋をお願いした。
人の気も知らないでいい顔して笑ってるよ、このドレーヌさん。
「あいよ。部屋は二階。二〇三号室だ。一泊一人で夜と朝の二食付き、お湯付きで銀貨七枚。奴隷二人のご飯とお湯で銀貨一枚。食事はそこのスペース。朝夕はこっちから呼びに行くよ。いいかい?」
「はい、大丈夫です。あ、奴隷用食事って僕と同じものにできます?追加で料金が掛かってもいいです。それから彼女たちも僕と同じく席に座られて食べさせたいのですが、大丈夫ですか?」
「ん?ああ、問題ないよ。そうなると合計で銀貨十一枚になるよ。」
「分かりました。」
多少高いけど問題ないよな。奴隷が僕と同じように食事をすることも特に嫌だというそぶりはなく、むしろ好意的でさえあった。僕は魔法の袋から硬貨を取り出すようにして代金を支払った。
「アンタたちはいいご主人様に買われたんだねぇ。」
「自慢のご主人様です。」
「ん……大好き……。」
「そうかいそうかい。これからも大事にしてもらいなよ。じゃあ案内するよ。」
ドレーヌさんは二人を母親のように見つめて嬉しそうにしていた。
何かあったんだろうか?
聞けるような雰囲気ではないけど。
ドレーヌさんはトイレの場所を教えてくれた後、二階の部屋に案内してくれた。
「荷物置いたら下に降りてきな。すぐに夕食の時間だよ。」
「分かりました。」
「それじゃあ、これが鍵だよ。」
ドレーヌさんは僕に鍵を渡すと一階へと降りていった。
部屋は王都で泊まっていた『満腹安心亭』よりも広くて十畳くらいある。ベッドと小さな机にナイトテーブルが置いてあるだけなのは『ヴェッキオ亭』も変わらなかった。ベッドはシルグルより大きめだ。
やっぱりそういう風に勘ぐられたんだよな~。
「むぅ……ずっと…一人部屋でいいって……言った。好きな人と……一緒に寝るのは……健康にいいって……じいが言ってた。」
ハクは僕が三人部屋にしようとしたことに不満らしい。性にあけすけな子はこれだから困る。爺ちゃんの話は本当だろうか。話作ってない?地球ではばっちゃが言うことは大正義だったけど。
「私も出来るだけ一人部屋がいいと思います。だってその方がご主人様にギュってしてもらえて、頭も撫でてもらう機会も多そうですから。」
ピリカも一人部屋賛成派か。確かに密着して寝るからすぐギュッと抱きしめられるし、頭も撫でられる。もちろん僕も嫌なわけじゃないし、むしろスキンシップは好きだけど、本能の反応はどうしようもないからね~。悶々としちゃうわけで。
僕は民主主義で育った男……。多数決で負けたらそれに従うしかないんだ……。
「わかったよ。一先ず三人だけの間は一人部屋にしよう。」
「ん……。」
「ですね、流石に三人以上になると厳しそうです。」
こうして僕達の部屋取りに関しては、一応の決着を見た。
僕達は荷物を置いて夕食を食べにやってきた。三人で空いてる席に座ると、ドレーヌさんが料理を持ってやってきた。
「今日はオーク肉のスペアリブだよ。運がいいねアンタ達。これはこの宿のおすすめさ、食事は日替わりだからね。」
「美味しそうですね。楽しみです。」
「ああ。アンタはヒョロッとしてるからしっかりくいなよ!!」
出されたのはスペアリブと少し硬めのパン、それに細かい野菜のスープだ。スペアリブは一人前とは思えない程の量があり、少し胸焼けしそうだ。ドレーヌさんは、バンバンッと僕の背中を叩いた後、受付に戻った。
背中がジンジンと痛い。あのドレーヌさんはオーガか何かかもしれない。
僕達は主人と奴隷が同じ席に着き、同じご飯を食べることに奇異の視線を浴びながらも、食事を始めることにした。
「うん、このスペアリブはメチャクチャ美味しいね。」
「そうですね。野菜好きの私ですが、このお肉は赤身と脂のバランスが良く、味も奥まで染み込んでいてとても美味しいです。噛んだらホロホロと溶ろけるほど柔らかく、お肉と甘めのタレの旨味が口一杯に広がります。かぶりついて食べるのは、一見野蛮ようですが、骨つきのこの料理においてはむしろそれが正解とも思えますね。」
なんだかうっとりした表情で、食レポみたいに解説してくれるピリカ。
これもテンプレやないかーい!!
「でも、私の食事は奴隷用で良かったんですよ?いつも言ってますが。食費が嵩みますし。」
「ダメダメ。僕と一緒にいるならキチンとした食事をとってもらうよ。ここは譲れないね。」
奴隷がロクなものを食べてないせいで力を出せないって事態になったら目も当てられないし、可愛い子には幸せそうな表情をしていてほしい。でも、ピリカは何かにつけて節約させようとするようになったと思う。元々人を不幸させてしまう呪いをその身に持っていた反動なのか、お金を使うこと、稼ぐことにもとても気にするようになった。
「食事は大切……。健康には……キチンとした……食事が……必要。ここを……ケチるのは……ダメ。」
ハクも賛成のようで、食費をケチろうとするピリカに注意している。
ハクの体が治って以降、徐々に健康に興味を示し、僕が分かる範囲で栄養の話をするとひどく真剣に聞いていた。それから事あるごとに、僕が知っている健康に関する知識をせがんでくるようになった。健康じゃなかった分、健康の大切さというものを見に染みているのかもしれない。僕はテンプレよろしく知識を持ってるわけじゃないから、これ以上はどこかで勉強してもらうほかない。
「ふぅこればかりは仕方がありませんか。」
納得したのか。美味しそうに平らげていた。これで、ピリカが食事で節約しようと言い出すのを避けられるといいんだけど。
「その分稼げばいいですね!!」
彼女はいい笑顔でそう言った。
僕達は部屋に戻り、ピリカの精霊魔法で体や服を綺麗にした後、念のため見張りを置いて交代制で寝ることにした。王都を出た今どんな相手が襲ってくるか分からない。そもそも追手がいるかも分からないけど、備えておくのは大切だ。『大陸喰らい』のように隠密に長けた暗殺者がいるかもしれないからね。
僕達は2時間交代で見張りした。頑なに僕を見張りから外そうとしてたけど、僕は強権を発動して僕も見張りを行った。でも二人の様子を見るに、ベッドに必ず僕がいることが大事だったのかもしれない。僕が見張りに立つと僕と一緒に寝れない時間ができるからね。




