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Page16.奇襲

「やっぱこれは楽だね。助かるよ。」

「えへへ、そうですか。お役に立てて嬉しいです。」

「楽ちん……。」


 僕たちは今、南の国ヴェストリアとの国境と、アークダイ王国の首都カーンの丁度中間くらいにある大きな街、ヴェッキオに向けて絶賛森の中を突っ切って移動している。突っ切ると言っても、走っているわけじゃない。三人それぞれが半透明の座椅子に乗っていて、空飛ぶ絨毯のように浮かんで進んでいる。


 この魔法は精霊魔法ウインドボードと言って、宙に浮く乳白色の半透明な板を作り出し、僕たちを載せて移動する魔法だ。板の数、形はピリカのイメージ次第で如何様にも変形できる。浮かんでいるとはいえ、空高く舞い上がることはできない。あくまで少し浮かせて運ぶだけだ。


 でも、普通の馬車よりも早く、馬車で三、四日掛かる行程をたった一日にしてくれる、追手の可能性がある僕たちにとってぴったりの魔法だった。旅行なら断然馬車でのんびり移動するところだけどね。そしてこの魔法は他のエルフを見るに、使える者はそう多くないらしく、目立たないためにも僕らはひっそりと森の中を通っている訳だ。


「ピリカ、少しズレてきたみたい。少し右へ進路を変えてくれる?」

「分かりました。」


 一番後ろの席に僕を載せ、その前にハク、さらにその前にピリカが座り、僕がマップをみて指示しながらピリカがウインドボードの舵を取っている。


 基本的にはシルフが調整してくれているので、風にあおられることも、木にぶつかることもないらしい。原チャより少し早いくらいのペースで通り過ぎていく。そこまで早くないとはいえ、ピリカは一番前に座っていて怖くないのかな。


 それからピリカとハクは、現在貫頭衣からクラスアップして服装を変えている。前者はカーキを基調とした三角帽子に軽くスリットの入ったワンピース、暗い栗色の長めのマントにブーツを履いていて、後者は白のジャケットに黒色のタンクトップ、デニムのようなショートパンツに黒のブーツを履いていて、手には黒のクローブを嵌めている。


 貫頭衣はなんていうか見えそうで見えないチラリズム的にエッチだったけど、こっちはこっちで素材に華やかな色付けをしたようで凄く可愛らしい。


 僕も普段の服に、動きを阻害しない様な胸当て、肩当、肘当て、手甲、脛当て、鉄靴を装備している。ピリカとハクはカッコいいと大絶賛だった。


 今のところ周りに敵影もなく、追手も反応なし。順調そのものだ。


「今のところモンスターも追手も見当たらないね。」

「気配……ない……。」

「ですね~。少し拍子抜けしちゃいますね。」


 あまりに順調なので全員の気が抜いている。あまり良くない兆候だ。


「うーん、何事もないと良いんだけど……。油断させるためかもしれないから、とにかく気を引き締めないとね。」

「全方位……注意……。」

「気をつけます。」


 それからニ時間ほど何事も無く進み、少し休憩挟んだ。僕が魔法の袋から出した敷物を敷き、三人で輪を囲んで飲み物と食べ物を出して二人に配る。


「これ美味しいですよね~。BLTサンド、私めちゃくちゃ好きになってしまいました。あ、ご主人様ほどじゃないですよ?」


 最初は固かったピリカも大分打ち解けて本来の性格?が出てくるようになった。あけすけでちょっとお茶目な子だ。あれ?十倍以上年上に子っていうのは失礼かな?


 BLTサンドは王都になかったので、受付嬢ちゃんに説明して女将さんに作ってもらった。ちなみにハクには鯵っぽい魚の干物を使ったサンドだ。下層には干物しか売ってなかった。


「僕を慕ってくれるのは嬉しいし、僕もピリカは好きだけど、食べ物と比較はしなくて良いと思う。」

「えへへ~、やっぱりこうして自分のせいで誰かが不幸にならずに生活できるって幸せで、そんな生活をできるようにしてくれたご主人様が好きだな~と思ったのでつい。」


 にへら~と顔を崩して笑う彼女。こういう素直な感情表現ができるのは凄いと思う。


「私も……好き……?」


 左隣からハクが見上げてくる。


「勿論すきだよ、うりうり~。」

「ニャァニャァ……ニャア……私も……好き……大好き。」


 腕を伸ばしてほんの少し乱暴に頭をくしゃくしゃと撫でてやる。


 ニャアと鳴くときは気持ちがいいみたい。頭を撫でると良く鳴く。無表情の顔もその時だけは目を細める。ホント二人は僕を萌死にさせたいのだろうか。近いうちに可愛すぎて心が絞殺されるかもしれない。


 その時、ピクッと、ハクの耳が動いた。


「気をつけて……!!何かくる……!!」

「ど、どこ?」

「マップには何も映ってないぞ?」


 ハクが緊張する程の何かがこちらに向かっているらしい。でもどこから何がくるのかわからないと対策を立てようもない。


「した!!後ろに飛んで!!」


 ハクが珍しくはっきりと叫ぶ。


 僕はハクの声に反応して後ろに飛ぶも、そこは流石F判定。一般人より劣るその能力では間に合わず、気づけば身体中に電気が走るような衝撃と共に木に背中から打ち付けられていた。


「ガハッ」


 余りの衝撃に息が吐き出される。重力が戻り、ズリズリと僕の体は地面へと落下した。


「ご主人様!!」

「ごしゅじん!!」


 朦朧とする意識の中、二人の声が聞こえる。


 何がどうなった?


 僕は意識を失わないように気を強く持って、呼吸を落ち着かせて前を見た。そこにはウネウネと滝のような勢い蠢く、樹齢何百年もの大木をさらに十倍は太くしたような円柱があった。


「ご主人様無事ですか!?」

「だいじょうぶ……?」


 座り込む僕に、二人は心配そうに声をかけてくれる。


「ゴホッゴホッ。」


 鉄の味が口の中に広がる。僕は横を向いて込み上げてきたそれを吐き出した。ベチャッと地面に広がった液体はどす黒い赤色をしている。


 体内がやられてるのかもしれない。回復ポーションを飲もう。


 身体中から激痛を感じた僕はどちらの手も動かなかったので、魔法袋からポーションをピリカの手元に出して飲ませて貰った。体内から淡い光を放ち、徐々に痛みが無くなっていく。流石に高いだけある。銀貨20枚くらいしたからねこの回復ポーション。あって良かった保険。


 思えばこの世界にきて初めてこんなにダメージを受けたかもしれない。二人でも反応できない、というよりは僕が弱すぎて、二人の予想以上に動けなかったんだろうなぁ。体を少し動かして反応を確認するも、問題はなさそうだった。


 気づいた頃には円柱の姿はなかった。


「一体……どうなってる?」


 僕が二人を見上げて問う。


「良かったですぅ。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」

「良かった……ごめんなさい……気づくのが……遅かった……。」


 二人がガバッと抱きついてくる。慌てて僕は二人を支えた。暫く二人ワァーっと泣いていた。僕は落ち着くまで背中を摩ってあげた。


 とりあえず二人が今警戒してないってことは少なくともさっきみたいなことはないのだと思う。


「物凄く大きなワームが地下から飛び出して来ました。」

「ワームの……通り道……だった……。」


 しばらくして落ち着いた二人、グシャグシャになったその顔でさっき起こったことを語ってくれた。ワームというのは、ミミズを幼稚園児の腕くらい太く、先端をホースのような口にしたみたいな奴だ。長さは一メートルくらい。僕が吹き飛んできた方を見ると、巨大な穴が開いているのが分かった。それは大きさはもはやワームと呼べるものではない。さっきみた円柱がワームだったんだ。


 そのことを実感すると、僕はブルっと体を震わせた。


 一歩間違えばそのまま飲み込まれていたかもしれない。僕は弱いモンスターならまだしも、強いモンスターに攻撃されたら、掠っただけであれほどのダメージを受けた。強いモンスターの攻撃を受けたら僕は多分()()。マップと二人がいれば大丈夫だと思ってたけど、マップも地下には反応しないみたいだし、二人も見逃した。完全に気を抜いていた。これからはもっと気をつけていかなきゃならないね。


「あれは……『大陸喰らい』という伝説のワームだと思います。この大陸の至る所に現れては、辺りを喰らい尽くす大食らいのモンスターです。出る直前まで気配がしないので不意打ちでやられることも少なくありません。一説では一日で国が滅んだという記録もあるとか。錆落とししている私とハクちゃんだと少し厳しいかもしれません。」

「まだ……二十パーセントくらい……百パーセントなら……負けない……。」


 うんうん、っておかしくない?遭遇した感想がアレに負けないとか、二人は昔どれだけ凄かったのか……。でも今の二人だとやっぱり厳しいんだなぁ。


「うーん、やっぱり戦力の補充は必要かなぁ。」

「私達だけではちょっと戦力不足は感じますね。せめて『大陸喰らい』のような隠密系の能力を感知できる斥候と、ご主人様の怪我をいち早く治せる治癒師の方は欲しいです。それとご主人様の装備の充実化も必要だと思います。」

「私達だけじゃ……足りない……。」


 なるほど。二人も力不足を感じてるみたいだ。悔しそうに歯を噛んでいる。それに確かに僕自身の装備も良いものが必要かもしれない。具体的にはポイントで伝説レベルに改変した……。


「でもいいの?僕は男は買うつもりはないから他の女の子が増えちゃうよ。勿論二人が一番だし、他の子に手を出すつもりもないけど。」

「そんなことは些細な事です。ご主人様の命の方が大切です。さっきだって一歩間違えばご主人様が……。そんなことになったら私は……私は……。」

「ごしゅじんの命……なによりも大事……。」


 僕の問いに悲しみと悔しさを称えて二人は答えた。


 僕自身もそうだけど、この子たち自身の身を守るためにも戦力は多いに越したことはない。


 ちなみに彼女たちとまだそういうことはしてないからね。ヘタレと言うのならそう呼ぶがいい。そういうことをするのはこの国を出て落ち着いてからって決めてるんだい。


「分かったよ。強い奴隷買うよ。」

「ふふふ。でもなんだかんだ、また処分されそうな奴隷買っちゃうんですよね。」

「買っちゃう……ごしゅじん……優しい……から……。」


 ばれてーら。だってしょうがないじゃない。目の前で人が死ぬって言われて、はいそうですかとはいかないんだよねぇ。


 買ったとしても可愛い子以外はそばに置かないけどね!!


 買ったらちょっとした路銀渡して後は頑張れって感じかなぁ。仕事を斡旋するだけの伝手も奴隷達に対する信用もないし、全ては僕じゃ抱えきれないし抱える気もない。だから命は助けるけど、後は自分たちの手で未来を掴んでもらうしかない。


 最後まで面倒みろって言われるかもしれないけど僕は善人じゃない。あくまで自分が見てられないから自己満足のために出来る範囲でやってるだけの偽善者だ。だから面倒をみろと言われても金を渡すくらいしかするつもりはない。


「バレたか。」

「知ってました。」

「知ってる……。」

 ・

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 ・

 ・

 ・

「プッ。クククク。」

「あはははは。」

「ふふ……。」


 数瞬の沈黙の後、僕らは吹き出して笑いあう。僕達はもう少しそこで休んでから出発した。でも心配だからって二人一緒に付いてきて、人がお花摘むのをガン見するのはやめて欲しいです。


 僕も見ちゃうよ?

 え、良いって?


 やっぱりいいです。

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