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Page12.二千億円の"ふくろ"は偉大。

 目の前に広がる惨状。生き物だったものが今や肉塊と化し、地面には真っ赤な血だまりが出来、まさに地獄のような光景だった。真っ二つになったオークたちと眉間を貫かれたオークだった。オークは二足歩行する豚。二メートルを超える身長、丸太のように太い腕、樽のようながっしりとした胴体をもち、人間などグチャグチャにできるモンスターが今や見る影もない。


「オ、オエエエエ。」


 僕は込み上げるものがこらえきれず、嘔吐した。


「大丈夫ですか、ご主人様。」

「ごしゅしん……大丈夫……?」


 二人が僕を心配そうに支えて、背中を擦ってくれる。


 街近くの害獣は全てスキルで殺したし、ゴブリンは遠くで見えなかった。ただ安らかに眠っているようなしたいならともかく、このように殺された生き物を見るのは初めてで、吐き気と眩暈が押さえきれない。


「ちょっと大丈夫じゃないね。殺された生き物の死体なんて見たことなかったから。」


 僕は二人に支えられながら森の中まで這っていって、死体が見えないように木の裏に回り込み、気に背を預ける形で座り込んだ。


 その間も二人は僕を甲斐甲斐しく介抱してくれた。おかげで人心地着いた。


「もう大丈夫。オークって高く売れたりする?」

「はい。オークのお肉は良い値段で買い取ってくれますよ。」

「オークのお肉……美味しい……。」


 なるほど。見た目通り豚肉なのかな。


 未だ心配な様子で僕を左右から支えつつ、二人は質問に答えてくれた。


「オークは人間を食べる?」

「そういう話は聞いたことはありませんね。『オスは殺し、メスは犯す』がオークですから。普段は野生の穀物や根菜、木の実や果物などを食べていますね。」


 そうか、ちょっと安心した。人肉を喰らうモンスターの肉だったらと思うと、受け入れるのは難しそうだった。それなら食べられそうだ。


 でも売るために持って帰りたいけど、入れるものがなくてほとんど持っていけない。


「うーん、あの数を置いていくのはもったいないなぁ。」

「そうですね。今は少しでも稼ぎたいですからね。荷馬車でもあればいいんですが……。」


 僕は腕を組んで思案顔をしていると、ピリカも眉を顰めて答える。


 あ、あの定番の道具はないのだろうか。


「魔法の袋とかは聞いたことない?」

「なんですか?それは?」


 ピリカは頭に疑問符を浮かべて首を傾げた。ピリカの表情を見る限り全く知らないみたいだ。


「えっと、見た目の何十倍も物を入れることができ、イメージしたものを自由に取り出せる袋かな。」

「うーん、聞いたことないですね~。そんなものがあれば最高でしょうが。」


 僕は自分の思い浮かべる魔法の袋のイメージをピリカに伝えてみたけど、ないみたいだ。ならば仕方がない。この前試したアレをここで作ろう。ポイントは幸い足りている。


図鑑の(ビブリオ)顕現(インカネーション)


 僕は図鑑を具現化する。


 この辺りは二人へのデモンストレーション。編集は具現化しなくてもできるから。何が起こっているか分からないと反応に困るだろうし。


「ご主人様、何をされるのですか?」

「もちろん魔法の袋ってやつを作ってみようと思ってね。」


 不思議そうに見つめるピリカに僕はおどけて答えて見せる。


「なるほど。ご主人様なら作れそうです。ポイントは大丈夫ですか?」

「ポイントはほら、昨日お金全部入れたでしょ。あれで足りる。」

「そ、そうですか。本当に無駄になってなかったんですね。良かった……。」


 僕は昨日のことを思い出しながら伝えると、ピリカは心底安心したように目を伏せてホッとため息を吐いた。


 これで少しでも心が軽くなるなら僕としても嬉しいね。


 僕は背を起こし、胡坐をかいて、空の巾着袋を三人の前に置いた。


 そして僕は、


「亜麻で出来た巾着袋。容量は貨幣百枚程度。」


 という説明から


「神糸で出来た巾着袋。不壊。汚れない。容量は無制限。袋の中の時間が止まる。いくらアイテムを入れても重量は増えない。入れたいものに近づけただけで収納可能。各アイテムごとに独立して保存される。中に入ったアイテムに付着または含まれる、害あるもの(汚れ含む)は全て浄化、死滅する。出す時や念じた時は入っているアイテムのリストウィンドウが表示される。リストは思考で任意にソート可能。同じアイテムは数量をまとめて管理(品質、状態が違うものは別アイテムとして区別する)。出す場所はイメージで指定可能。所有者は鳴神匠。所有者のみ使用可能。所有者から100メートル以上離れた場合か念じた場合、自動的に所有者の元に戻る。」


 に書き換えた。


 先日取り込まれた硬貨によって増えた百六万七千四百ポイント。この内の百万ポイントを使用した。


 変化は劇的で、ベージュ色だった袋が、鮮やかな藍色の手触りの良さそうな袋に端の方から徐々に変化し、口の部分はワインレッドの紐になった。見ただけで質が良いことが分かり、貴族が持っていてもおかしくはなさそうなデザインだった。


 およそ二千億円の袋が出来上がった。


「おお、これが魔法の袋ですか。早く試してみたいですね!!」

「みたい……。」


 二人とも興味津々だ。ピリカは見た目から、ハクも目に興味の光を浮かべていて、その期待度が高まっているのが伺える。僕も見てみたい。


「じゃあ、解体しよっか。僕はできないから教えてよ。」

「分かりました。でも今日はここで休んでいてください。私たちが解体してきます。」

「ごしゅじん……やすむ。」

「わかったよ。二人には悪いんだけど、解体してきてくれる?僕はもう少し休んでいるよ。」


 僕はいち早くなれた方がいいと思い提案するも、二人から却下された。余程心配をかけたみたいだ。そんな酷い顔色してたのかな。徐々に慣れていきたいな。


「分かりました。」

「分かった。」


 二人は聞き分けの良い僕に安堵すると、返事をして解体へと向かった。


 まだ気分のすぐれない体を木に預けて目を瞑る。マップは目を瞑っていても視界に移るので便利だ。オークの死体や僕に近づくものは今のところいない。でも十数匹倒したから血の臭いが漂ってると思うんだよね。解体が終わる前に近づいてくるモンスターもいるかもしれない。気を抜かず、警戒だけはしておこう。


 僕は森を抜ける風を身に受けながら思い耽る。


 そういえばあの二人はどうやって解体してるんだろう。あの二人は今、貫頭衣以外何も身につけてはいない。ピリカはシルフ、ハクは手刀とかかな。街に帰ってお金を手に入れたら、服とか下着とか生活に必要なものも買ってあげないとなぁ。


 二人の事を思い浮かべてどれくらいの時間が経っただろうか。ふと背後に気配を感じた。


「ご主人様解体が終わりました。」

「終わった……。」


 背後の斜め上を振り返ると、そこには血で汚れた二人がいた。


「お疲れ様、ありがとう。」


 僕は立ち上がって二人の頭を撫でた。


「えへへ、当然のことをしただけです。」

「ん……ピリカの……言う通り……。」


 二人とも耳をピクピクと動かして嬉しそうだ。ピリカも気づいていないのか、かなり距離感が縮まっている。今のところ何も起こってないし、このまま気を許せる相手になれたらいいなぁ。


「それじゃあ、袋を使ってみようか。」


 僕たちは解体された場所へと向かった。


 そこには血以外の無残な惨状は綺麗さっぱり無くなっていた。あるのは切り分けられた葉で包まれた肉塊と内臓に骨と皮。それに淡く光る拳大の石が、綺麗に並べられて、不快感が込み上げることはなかった。


「凄い。」


 僕はその光景に言葉を漏らした。


「二人で頑張りましたよ。二人で血抜きして、ハクちゃんにスパスパスパーってやってもらいました。」

「解体は……やまで……やってたから……まかせて……。」


 二人はそれぞれ動と静でありながらも、喜色が体全体からにじみ出ていた。


「本当にありがとう。」


 僕は二人を見え据えてもう一度伝えた。二人はお互いを見合わせた後、恥ずかしそうにもじもじしていた。


「さて、お待ちかねの魔法の袋の時間です。」

「わーーー!!」

「ニャー!!」


 僕は手に巾着袋を掲げる。僕はゆっくりと解体された素材へと近づいた。素材が発光したかと思うと、素材は全て無くなっていた。


「すっごーい!!」

「消えちゃった……。」


 その不可思議な光景に二人とも驚きを隠せないようだ。かくいう僕も実際に目の当たりにすると言葉もない。


 念じてみると、アイテムのリストウィンドウが体の前に浮かんだ。


 葉包オーク肉

 オークの骨

 オークの皮

 オークの内臓

 オークの魔石


 が表示され、さらに内訳が別ウィンドウで浮かぶ。


 おっ。あの石みたいなのは魔石なのか。これもやっぱりあるんだな~。街の近くの害獣にはないからなんらかの基準があるのかもしれない。


「ちゃんと入ってるみたいだ。」


 言葉とともにオーク肉の一番デカい塊を三人の前に出した。


「おお~!!」

「凄い……葉の汚れ……なくなってる……。」


 二人とも虚空から肉が現れて目を丸くしている。僕も丸くしている。確かにこんな袋があれば狙ってくるやつもいるだろうな~。僕も気を付けようと心に決めた。


 二人が強いとは言え上には上がいるし、卑怯な手を使われればこっちの方が戦力が上でもいくらでも覆される。せめて僕自身も身を守れるくらい装備で強化もしないとな。


 いい頃合いなので、程よく日も暮れてきたので、薬草採取を終わらせて、僕らは町への帰路に就いた。

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