Page10.三人の始まり
「ご主人様……」
「ごしゅじん……」
僕は誰かの声に呼ばれている気がする。
「起きて……ください。」
「起きて……。」
声が大きくなっていく感覚に徐々に意識が覚醒する。
「ふぁ……?」
視界に二人の女の子が映る。
「お、おはよう、二人とも。」
「おはようございます。ご主人様」
「ごしゅじん……さま……おはよう…ございます。」
昨日までとは打って変わって、肌は血色よく、カサカサだった肌は艶々と、こけた頰はつるんと膨らみ、ガリガリに見えた体型も、不健康に見えないくらいには丸みを帯びている。
「元気になったみたいだね。」
俺が上半身を起こすと、二人は僕から少し離れた。
「はい、ご主人様のお陰です。体が羽根のように軽いんです。気持ちもなんだかやる気が充実していて少し落ち着かないくらいです。」
「わたしも……」
二人とも見た目も中身もすっかり回復したらしい。良かった良かった。それに比べて僕は床で寝たせいで身体中が痛い。今日からは3人部屋に移って、きちんと体を休めるんだ……。
僕は立ち上がって改めて伝えることにした。
「それは良かった。これから宜しくね、ピリカ。ハク。敬語難しかったら必要ないから。呼び方も呼びやすいので構わないよ。」
「分かりました。ご主人様、こちらこそ死が二人を分かつその時まで、末永く宜しくお願いします。だって……私の体をあんなにしたんですから……他の方のところになんて行けないですし……責任……とってください……ね?」
「ごしゅじん……宜しく。私もずっと一緒……。体メチャメチャされた……責任とるべき……。ごしゅじん以外の……ところに……行けない……。」
ピリカは目を背けて顔を真っ赤にしながら、ハクは無表情ながらもほんのり顔を朱に染めて、返事をする。
おかしいなあ。僕はただ説明を書き換えただけで、エッチなことなんてしてないのに。
僕は一瞬遠い世界に行った後、現実に戻ってきて答えた。
「二人が自分から離れない限り、僕から二人を手放したりしないよ?大切な戦闘奴隷だからね。守ってもらわないと。」
「まかせてください!!」
「ん……任せて。」
僕が曖昧に答えると、二人にはそれで問題ないらしく、目に力が宿っていた。
今回は曖昧に返したけど、もうしばらく一緒にいたらもっと情も湧くし、正直二人ともめちゃくちゃ可愛いので、あっという間に陥落しちゃうと思う。
二人とも命の危険から救い、今までの呪縛から解き放った僕を、救世主か何かだと思って慕う気持ちと、好きという気持ちがないまぜになってないか気になるんだよね。それに一応日本人としての倫理観もあるにはあるから、すぐに二人とも、とはなかなか考えられない。
それでも男の悲しい性。可愛い子から言い寄られれば悪い気はしないし、お互い関わっていれば独占欲も湧く。だってもう二人が他の男のところにいく想像をするとイラッとしちゃうからね。だから遠くない未来、アプローチが続けば倫理観なんてぶっ壊れて受け入れちゃうと思う。健全な男子高校生なので、一度ハマったらそれはもう爛れた日々を送りそうで怖いです。
そうなっても許してくれたまえ!!
まぁ先ことを考えてもしょうがないし、なったらなっただよね。
僕らはお互いに笑い合うと朝食を食べに向かった。
奴隷もちゃんと席に着いて一緒に食べるんだよテンプレはこなしたよ。受付嬢ちゃんには案の定、「昨日はお楽しみでしたね。」とジト目で言われたけど無視した。断固として無実を主張する。
お金が一銭も無いので、今日の宿はまだ取っていない。ピリカとハクの派遣員登録を済ませ、仕事から帰ってきた時に宿の部屋残ってるといいなぁ。
僕達は出かける準備をするために部屋に戻ると、実験をすることにした。
「ピリカ、ハク、身体の問題は大丈夫だったから、体質の方の確認をしたいと思う。」
「「ッ!?」」
僕の言葉を聞いた途端、顔を青くして怯え、涙を溜めてガクガクと震え始めた。
「大丈夫だよ。ちゃんと消えてるから安心して。それをより実感してもらうために今から試してみるだけだから。僕は不幸になったりしないし、衰弱したりもしないよ。」
それぞれが意識を飛ばした後に触って確認したので間違いない。
あ、変なところには触ってないからね!!体を抱き上げたり、耳とか耳とかは触ったけど。
「……分かり……ました。」
「……分かった……。」
努めて優しい声色と笑顔で伝えると、二人はおそるおそる了承してくれた。自分のせいで人が不幸になったり、衰弱したりすれば、そりゃ怖いよね。でもこれからはそんなことはないんだってことを分かってほしい。
「まず、すぐに結果が分かるハクからね。手を出して。」
「ん……。」
ハクは僕の言葉に僕の前に手を差し出した。その手は酷く震えている。
凄く怖いんだね……。僕がしっかりしなきゃ。
僕はその手を両手で包み込みようにして握った。
「ッ!?」
ハクの体がビクッと震える。ハクがこちらを悲しさを浮かべた無表情で見つめた。
そんなに心配そうな顔しなくても僕はなんともないよ。
「ほら、大丈夫だよ。なんともない。」
僕は彼女に向けて安心させるようにニッコリとほほ笑んだ。彼女が目を少し見開いた後、僕の体に衝撃が走った。僕の体は彼女に抱きしめられていた。
物凄く痛いです!!体内で骨がきしむ音が聞こえるくらいには!!くっ、男は我慢だ!!
「グスッ……グスッ……。」
僕の胸元で小さな嗚咽が聞こえる。頭をグリグリと押し付けている。僕を離すまいと腕にギュッと力を籠める。
今までどれだけ辛かっただろう、苦しかっただろう。祖父に先立たれ、引き取られた家では虚弱体質になって疎まれ、触れば人を衰弱させてしまうためぬくもりを得る機会も失い、これまで生きてきた小さな女の子。
その辛さは僕には分からないけど、少しでも和らげばいいなと思って、僕も彼女の背に腕を回してギュッと抱きしめ、頭を後ろから優しく撫でつけた。
「ん……。」
しばらくすると落ち着いたのか、ハクは少し声を出して僕から離れた。彼女の顔は涙と鼻水でグチャグチャになっていたけど、とてもスッキリしているようだった。適当なタオルで拭きとらせて、タオルは書き換えで綺麗にして置いた。
「次はピリカだけど……。」
僕がピリカの方もなぜか顔をグシャグシャに歪めて、涙を流していた。
「……って、だ、大丈夫ピリカ?」
「は、はい。大丈夫…グスッ……です。本当に治ったんだなってことと、ハクちゃんがこんなにも感情を露わにしてるのを見て、嬉しくって……。私はハクちゃんがここの奴隷商館に来た時からあそこにいましたから。それからずっと訳ありとして一緒に売れ残ってたので……。妹みたいな感じですかね……お互い触れもしませんでしたけど。」
「ん……ピリカは……良くしてくれた。」
そういうことか。自分の妹みたいな存在の子が呪縛から解放された瞬間を見て感極まってしまったということことね。こんなに優しい子なのに不幸なままなんて僕が許さないよ。
「それじゃあ、次はピリカの番だね。ただ、ピリカの場合はすぐに起こるか分からないから、しばらく手を触ってるしかないけど……。」
流石に僕もこんなに可愛い子の手を、医療行為というかなんというか、そういう名目上で短時間ならまだしも、長時間というのはいささか意識してしまうよねぇ。でもこれもピリカのためだ。心でお経を唱えて気を散らそう。
「それじゃあ、今日は町の中の移動の時はピリカの手を握って歩くことにする。ハクを見てれば少し気が軽くなったと思うけど大丈夫かな。」
「は、はい、分かりました。」
少し怯えがあるピリカだけど、ハクの場面を見ているからか、実験を始めたころより大分落ち着いていた。
これなら大丈夫かな。
「私も……繋ぐ。」
「え、うん。ハクもか。分かった。」
ふと右手に柔らかい感触を感じると、ハクがその小さな手で僕の手を握っていた。
不意打ちはやめてください。僕の心が死にます。異世界に来て三日目にして両手に花か。経験のない僕には荷が重いなぁ。なんとか頑張ってみよう。
「それじゃあ、ピリカ出かけるよ。手を出して。」
「は、はい……。」
ビクビクと差し出された手を、出来るだけ優しく左手で握った。
「ッ!?」
彼女の体がビクンッと震えた。
「今の所は大丈夫そうだね。派遣員ギルドに行こう。」
「はい!!」
「ん……分かった。」
僕たちは手を繋いで宿を後にした。二人と手をつないでいたせいか、受付嬢ちゃんからはさらにジト目で見られた。
道を歩いているとやたらと僕らに視線が集まっている。
僕というよりかピリカとハクだけどね。昨日までも、もちろん可愛いらしかったんだけど、どちらも生まれ変わったように健康的になって、本来の魅力が引き出された感じで、美人っぷりが二段も三段もあがってるからしょうがないよね。女はステータスとは思ってる訳じゃないけど、こんな可愛い二人が僕の奴隷なんだと思うと少しいい気分になる。男たちは二人に釘付けになり、人にぶつかったり、彼女に抓られたり、持っていた物を落としたりしていた。
ギルドの中に入ると、またハンナさんのところに並ぶ。朝ということでどこの受付も慌ただしい。そして僕も俄かに忙しくなった。
「おいおい新人君。可愛い子二人も侍らせてんじゃねぇか。俺たちに一晩貸してくれよ。」
「そうだぜ、同業者同士。分かち合わないとな。」
なんとテンプレが襲いかかってきたからだ。
こ、これがあの!!伝説のテンプレ!?
でも、ここで対応するのは面倒だ。後でギルマスだなんだと呼ばれたり、やり返しても報復が来たりする。だから僕は書き換えてやった。優しくて真面目な性格ってね。
「僕の大切な子達なので、他人に触れられたり、貸したりなんかできませんね。」
「おっしゃる通りですね。私は何を言ってるのでしょう。申し訳ありませんでした。」
「分かち合い大切ですが、女の子を分かち合うなんて出来ませんね。大変失礼しました。」
僕がきっぱりと断ると、二人が今までと正反対の態度で九十度に頭を下げて僕に謝罪した。これなら問題ないよね。証拠もないし。
『何があったぁぁあ!?』
周りでは二人の態度変わりぶりに声が重なっていた。他の人たちも僕たちをチラチラと見ていたけど、僕は無視して列を進んだ。
二十分ほど経ち、僕の順番が回ってきた。
「こんにちはタクミさん、先程騒がしかったですが、大丈夫でしたか?結婚します?」
「大丈夫でしたし、しません。」
何ナチュラルに結婚挟んできてんだこの人は。婚活上手くいってないのかな?
「そんな~。これでもいい女ですよ?」
一瞬泣きそうな顔をしたかと思うと流し目で僕を見つめるハンナさん。普通の男なら余裕で陥落しちゃうと思う。でも昨日のこともあったし、外見を比べるようで悪いけど、こっちにはハンナさん以上に好みな二人組が付いてるので、もはや揺れもしなかった。
「それは分かってますよ。男なら誰でも自分の物したいと思うでしょうね。」
「だったらいいじゃないですか?」
「いえいえ、僕にはこの子達がいますから。」
僕がとびこりの笑顔で出した答えに、とびきりのあざとさで僕に迫る。しかし、僕はなんなく受け流し、後ろに控えるハクとピリカを視線で示してやった。
「この子達は誰ですか?」
ハンナさんからの圧が強まる。
な、なんだこのプレッシャーは!?ま、まさかハンナさんが魔王!?
なーんてね。そんなわけないか。こわやこわや。
「僕の戦闘奴隷達で、ピリカとハクと言います。僕は弱いので護衛ですね。奴隷は派遣員登録できますか?」
僕は微笑みを絶やさず、圧を無視して二人を紹介し、奴隷の派遣員登録が可能かどうか質問した。
「チッ。できますよ。どーせ、行き遅れですよ~。」
「ちょっと舌打ちとかしないでくださいよ。せっかくのいい女が台無しですよ。それに行き遅れなんかじゃないです。とっても魅力的な女性だと思いますよ。初めて来た時は女神かと思いましたからね。では登録お願いします。」
欲望に忠実でふてくされたような表情をする彼女に、僕は苦笑い浮かべて用件を伝える。
「も、もう!!お姉さんをからかってはだめよ?その子達を大切にしなさいね。コホンッ……分かりました。奴隷の登録は主人がいること前提になるので、主人がいなくなると資格は凍結されます。もし奴隷から解放されることがあれば復活させることが出来ます。こちらの用紙を記入して下さい。」
ハンナさんは顔赤くして可愛くにらんだ後に、お仕事モードに切り替えた。
なんで顔を赤くしたんだろう?僕が褒めたから?まさかね、毎日うんざりするほど褒められてるはずだからそんなことないよね。
「はい、分かりました。」
「わかった……。」
二人は教養は収めてるって話だったから読み書きもできるみたい。サラサラと用紙を書き終えてハンナさんに提出し、出来た派遣員証を受け取った。
これではれて二人は僕と同じノナプル派遣員となった。




