死にいたる病
わたしのスクーターは軽快に走る。歩道を歩く小学生たちを抜き去って行くと、彼らの「スゲー」「早っ」と口々に叫ぶ声がする。何人かはわたしの後を追いかけて走ってついてくる。
「何時だと思ってんの? 遅刻するわよ!」
横目で彼らを見て叫んだ。
「え! なに? 聞こえないよー」
先頭を走る小学生が叫び返す。
うざ。
彼らを無視して、わたしは上体をやや前に倒してスピードを上げ、小学生軍団を完全に引き離した。
わたしも小さいころは、スクーターとかセグウェイを見かけたら走って追いかけてた。レトロな、でも実用的な『みらいののりもの』。早く大きくなって乗りたい、って渇望してた。
左手正面に大学の建物が見えて来た。
わたしはスクーターのスピードを徐々に緩める。
大学の正門に着くと、スクーターを完全に止めて下りた。大学構内は交通安全のため、押して歩かねばならない。歩いている人はほとんどいないんだけど。
スクーターをのろのろと押して歩きながらわたしは思う。渇望してたって自分で言ったけど、『渇望』って何? わたしは一旦立ち止まり、スクーターをそのまま地面に横倒しにした。
渇望ーー左手を目の前にかざし、カバンの中からルーペを取り出してメガネのように顔にかけた。左手に埋め込んだマイクロチップの電子辞書をルーペが読み取る。
『渇望』……切実に希望すること。そうか、激しく何かを願い求めるのか。21世紀末のわたしたちにはない感情の1つだった。
わたしはルーペをかけたまま、「よっこらしょ」と言い、再びスクーターを起こして歩き始める。よっこらしょっていう掛け声は、なんか好き。いつの時代から使われているのか知らないけど、かわいい感じがするから。