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同棲

 病室を後にしたテラスは、すっかり暗くなった学園内の歩道を歩いていた。入学式、アリーナでの戦闘、病室でのやり取り。今日一日だけでもたくさんの出来事がありすぎて、少しばかり疲労が溜まり、長い溜息を零していた。そんな出来事の中でも特に彼、一ノ瀬誠のことが頭から離れなかった。闘技場アリーナで見せた圧倒的な魔力。その力は人類存亡を賭けた戦いを勝利へと導くだろう。

 しかし、一ノ瀬誠の力の解放の手助けをするといっても、何をすればいいのかわからなかった。あの二人に具体的に何をすればいいのか聞いておくべきだったと後悔する。魔力の使い方か? 適正魔法の調整か? 気づけば彼のために何をしてあげられるかばかり考えていた。


 ふと彼の言葉を思い出す。


「負けられないんだ」


 勝利への執念。彼が何を背負っているのかわからないが、とても印象に残っている言葉。そしてテラスは誠の姿を見て昔読んだ絵本を思い返していた。それはまるで、女神の祝福を受けた勇者が、失った命に再び火を灯され、立ち上がる姿のようだった。


 そして、『手綱』の力。


 あれは勇者一族が唯一使える秘技。初代勇者が龍皇を打ち倒したことで手に入れたとされる力。それは歴代の勇者でも発言することができなかったもの。その片鱗を一ノ瀬誠が垣間見せた。


 思い出せば思い出すほど、彼への興味が湧いてきた。戦いの最後の言葉だけでなく、今朝彼と過ごしたときの見せてくれた笑顔。模擬戦での戦闘技術の高さ。鍛え抜かれた体。そして……いや、これ以上は見てなかったことにしよう。はっきりと目に焼き付けられた男性のシンボルを忘れようと、テラスは頭を左右にふる。彼女の顔は夜道を照らす行灯のように発光し赤くなっているようだった。

  しかし、テラスはこれから彼と過ごす時間も増えるだろうと思うと自然と頬が緩んでいた。

 

「姫様」


 柔らかな夜風が吹いたかと思うと、メイド服を着た女性が突然テラスの後ろに立つ。テラスは一瞬体をビクリとはね上げる。そして、彼女に振り向き溜息混じりに言った。


「イーダ、そうやっていきなり後ろに現れるのはやめてください、びっくりしてしまいます。それと姫様は禁止です」

「はい、申し訳ありません」


 メイド服をきた女性、イーダはテラスに深々とお辞儀し、非礼を詫びる。テラスが結構ですーーといったのち、彼女は体を起こした。イーダはテラスに心配そうな顔をして言った。


「あのままでよろしかったのですか? 彼女たちはテラス様のことを知りすぎているように思いますが」

「彼女たちがどれだけ私のことを知っているかわかりません。見せてくださった倭国女王からの指令書。あれに嘘偽りはないと思います。それに誰もが私たちの正体を知っているわけではないのですから。」


 テラスは続けて言った。


「それに、あの理事長先生は『雷姫』の通り名を持つ破龍士ですよ。『龍王級』の龍族をお一人で退けた実績を持っていらっしゃるのですから。あと、葵さんは各国の研究機関に顔が効く方です。あの方のおかげでどの国も潤っているのです。誰も二人には頭が上がらないはずです。何か不穏な動きがあれば、ちゃんと知らせてくれるはずですよ。信頼してもいいんではないでしょうか?」

「その割には思い切り殴りかかっていたような」

「そ、それは……。あの時は他にも色々とあって」


 病室での出来事を思い出したテラスは急に恥ずかしくなってしまい、顔を俯かせる。イーダの不安が拭いきれていない様子に、テラスは彼女の心労が増えたことを気遣って優しく語りかけた。


「イーダ、私はそんなに弱くありませんよ。なんたって『紅蓮華ニルヴァーナ』なんですから、それに貴女もいます。私たち、共に苦労し、協力し合ってきたではないですか?」

「はい、そうですね。テラス様の言う通りです」


 お互いに微笑み合い、励ましあう二人はどこからどう見ても、仲の良い姉妹のようだった。そして二人はこの学園で過ごす、学生寮へと足を向けた。



***


**




 二人にあてがわれた学生寮は、寮とは言っても一見すればどこにでもあるような一軒家の家だ。コンクリートで出来た建物で、壁は重厚さと無骨な雰囲気を放っている。しかしとても洗練されたデザインは誰もが憧れるものだった。


 テラスのためにセキュリティー面を強化されているのは言うまでもない。建物の周りは木々で囲まれているように見えるが、人体の発する熱を感知する装置が張り巡らされ、正門以外からの侵入を許さない。建物正面玄関は指紋認証装置で本人であるということの確認を求められる。


 一国の皇女が入学するため、万全の体制で受け入れ側は準備をしなければならない。しかし、ここまでの徹底ぶりはほとんどテラスの正体と、置かれている状況をを知られていたということに他ならない。


 この一軒家を少し大きくした学生寮の説明は、入学前にセキュリティーの説明されていたが、あまりの徹底ぶりに二人は驚いていた。正面玄関を抜け、指紋認証装置にに手をかざすと独特の電子音が鳴る。そして胸ポケットから渡されたキーカードを取りだし、その装置の横にある小さな隙間に通すと玄関から解錠の音が聞こえた。テラスとイーダは、新しい新居に少しだけワクワクしながら玄関をくぐる。大きな広間に廊下、二階につながる階段。そのどれもが豪奢なものではなく、必要最低限の機能を備えるものだった。一国の皇女を住まわせるには質素感が漂う。そう、ごく普通の一軒家よりも少しだけ大きい間取りだったのだ。


「なんと失礼な対応でしょう」


 イーダは明らかに不満そうな顔をしていった。国賓、そしてそれ以上のVIPとして対応すると言いいながら、割り当てられたこの部屋はかなり庶民的である。テラスが「まあまあ」とイーダをなだめていた。


「しかし……」


 倭国特有の文化である、『家に上がる際は土足厳禁』に準じて、靴を脱ぎながらイーダは言った。


「先ほどから感じるこの『生活感』は何なんでしょう。綺麗にはしてありますが、どこかでお世話になった庶民の家の匂いを感じるのですが」

「確かに誰かが住んでいるような形跡がありますね」

 

 テラスはイーダの言葉にうなづきながら言った。テラスも靴を脱ぎ、家の中へと入っていく。玄関には黒いサンダル。趣味の悪い無地のカーテン。キッチンには洗われた食器と調理器具。極め付けはゴミ箱にビニール袋、その中には丸められたちり紙の山。まるで男の一人暮らしのを彷彿とさせる。

 

「も、もしかしたらルームメイトでもいるのでしょうか?」

「……っ! この対応は国際問題ものです! すぐにあの理事長に……」


 イーダが憤りを抑えきれず、リビングから出るため扉へ向かおうとした時だった。

 

 ーーがちゃり


 扉が開くと同時に濡れた頭をタオルで拭きながら、黒髪の少年がが一糸まとわぬ姿でリビングへと入ってきた。その体には全身に刺青のような紋様が刻まれている。「フゥ~っ」と気持ちよさそうにため息をつき、そのままキッチンへと向かう。冷蔵庫からキンキンに冷えた炭酸水のボトルを取り出し、グイッと煽る。


「ああ~生き返るぅ!」--と、一息つき、彼は視線をリビングへと移すと、目をまん丸と開き、口をあんぐりと開けた二人の綺麗な女性に目が止まる。


「あ」

 

 黒髪黒目の少年が発した声を皮切りに、テラスとイーダの顔は耳まで真っ赤になる。そして、テラスは今まで発したことのない声量で叫んだ。


「「きゃぁぁぁぁぁぁぁ~~~~!!」」

 

 耳をつんざくような声に黒髪黒目の少年、一ノ瀬誠は耳を塞ぐ。炭酸水の入ったボトルは床へ落としてしまい、中身が床へ広がっていく。

 テラスは両手で顔を覆い、誠がいる反対側へと勢い良く振り向きしゃがみ込んでしまった。しかし目の前のテレビには裸の誠が映し出され、彼の裸を再び見てしまったテラスは耳は真っ赤にし、頭からは湯気が立ち上っている。


「き、貴様! テラス様に一度だけでなく二度までそ、そそそその、そ、そ、粗末なものを見せびらかしよって! そして不法侵入とはいい度胸だ! 万死に値する! 」


 イーダは手で目を覆い隠してはいるものの、指と指の間から誠の分身をバッチリと捉えていた。


「ちょ、ちょっと待ってよ! 落ち着いて話を……」


 誠は弁明しようと両手を挙げて近寄るが、イーダは「ヒィッ」という声をあげて後ずさった。


「いやいやいやいやいや、僕はわるくないよ! それにここは僕の部屋だ! 不法侵入はそっちじゃないか!」

「はぁ? 何を言っている! ここはテラス様に割り当てられた部屋だぞ! 何を言って……」


ーーピリリリリッ


 二人の口論にを遮るように電子音が、テラスの持つカバンの中から鳴り響く。テラスは、ハッと我に帰り、カバンから携帯端末を取り出す。通話の表示を押し、耳に当てた。テラスの耳は真っ赤のまま。時々誠の方をチラチラと見ては顔を背けた。

 誠はイーダに「この部屋は僕の部屋」と弁明し続けている。イーダも顔を真っ赤にしながら誠の弁明を退けようとしている。


「はい、テラスです!」

ーーああ、カーマインか? 葵だ。寮に着いた頃だろうから連絡したんだが、誠もそこにいるか?

「はい、いらっしゃいますけど……というかどういうことなんでしょうか! ちゃんと説明していただけますか?」

 

 端末に向かって叫ぶテラス、と同時に誠の方を振り返ろうとしたが、彼が裸なのを思い出し、振り返るのをやめる。


ーーあ~そんなに騒ぐなって。ったく、今から説明するからスピーカーモードにしてみんなに聞こえるようにしてくれるか?


 テラスは携帯端末を耳から離し、スピーカーモードに設定し机の上に置いた。顔をあげると誠と誠の分身が目に入り、テラスは自分の髪の色と同じ色に頬を染める。まるで顔から火が出そうだった。


「と、とにかく何かで隠してください!」

「ご、ごめん!」


 誠は先ほどまで頭を吹いていたタオルで前を隠した。葵が説明を始めていいか尋ね、皆がそれに耳を傾ける。


ーーそれじゃあ、始めるぞ。一ノ瀬! テラス! お前ら今日から同棲な? あと、イーダの寮は別だ、以上!


 一瞬の間、三人は顔を見合わせ、何を言っているのかわかならいという表情を見せた。その沈黙を破ったのは一ノ瀬誠だ。


「ちょ、ちょちょちょちょちょ~と待ってください! 同棲ってしかもテラスさんと二人ってどういうことですか?」

「そ、そうですよ! 若い男女が二人きりで同じ屋根の下で生活なんて……。~~~~~~っ」


 誠とテラスはこの異常な状況に、端末の向こう側にいる葵に説明を求めた。


ーーどういうことかってそのままの意味だぞ? それにカーマイン、お前は倭国女王からのお願い事、快く快諾したよな? まさか~、今更断ろうなんて思っちゃいなだろうな?

「うっ……そ、それは」


 言葉に詰まるテラス。確かに、彼の『勇者の力の顕現』に協力するとは言ったものの、同棲するとは聞いてない。テラスは頭を抱えて頭を左右に振っている。誠は何か自分の知らないところで話が進んでいることを察し、葵に尋ねた。


「あ、葵さん! 僕は何にも聞いてないんですけど!」

ーーあれ、言ってなかったか?


 とぼけるような声で言う葵に苛立ちを感じつつも抗議する誠。あまりの出来事に理解が追いつかない。


「聞いてませんよ! それに僕のプライべートはどうなるんですか?」

ーー誠~。お前首がまた繋がったからって調子に乗ってないか? ただでさえお前は特別待遇なんだ。これ以上わがまま言ってると、どうなるかわかってんだろうな? ああん?

「うっ……」


 誠はあらゆる面で倭国から全面的サポートを受けている。そして、見切りをつけられうよとされていた立場で、首の皮一枚つながった彼には国の方針に従うほかない。


ーーとにかくだ、誠とカーマイン。今日から二人仲良く共同生活だ! 必要なものがあればなんでも言え~。 準備してやるから。あ、それとちゃんと『避妊』することだ。気をつけろよ~。じゃ!


 通話が切れると部屋の中には静寂が訪れた。その静寂の中、それまで黙って話を聞いていたイーダがゆらりと立ち上がる。


「一ノ瀬誠……」

「は、はい」


 ただらぬ雰囲気にたじろぐ誠。目の前のメイド服を着た女性、イーダの目はギラリとひかる。


「……死ね」


 風の魔法で加速したイーダの鉄拳が誠の顔面をとらえ、誠は「へぶっ」という声を上げた。振り抜かれた拳によって誠はキッチンの奥へと吹き飛ばされ、頭を強打して気を失った。



***


**




 理事長の執務室で松葉葵はソファーに腰を下ろし、タバコを燻らせながら携帯端末を白衣のポケットにしまう。電話でのやり取りを思い出し、今頃どうなっているかを想像すると自然とにやけてしまう。人差し指と中指でタバコを掴み、口から離して肺に溜めた煙を豪快に天井に向かって吐き出す。

 理事長室の扉が開き、高嶺薫が入室する。充満した煙に露骨に嫌そうな顔をした。松葉葵は右手を立てて「よ!」っと挨拶する。それを無視して彼女が座る対面のソファーに座り、注いであった紅茶を啜る。そして、確認しておきたかったことを聞いた。


「あなた、ちゃんと説明したんでしょうね?」

「おう、バッチリよ!」 

 

 子供のようにニカっと笑い親指と人差し指で丸を作った。件の二人に同棲の真意が伝わるのは翌日のことだった。

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