-2-
-2-
無駄が一切取り払われたように、必要最低限の家具しか置かれていない殺風景な部屋。
壁際には5、6人の護衛と思しきプレイヤーが並んでいた。全員目につくところに武器を提げ、警戒するようにこちらを見ている。
そんな重苦しい空気の中、天恵の旅団代表として、リルクとサブマスターのinoが佇んでいた。
「よく来てくれたね、リルク」
よく通る声で、この部屋中央に陣取る男が言う。金髪の若者、CB代表ダリウスだ。
inoの方を一瞥し、わざとらしく顎に手を当て、首をひねる。
「確か、inoさん…だったかな?」
「えぇ。天恵の旅団サブマスター、inoです」
軽く挨拶を交わし、ダリウスとinoが笑い合う。双方、腹の内を隠しているような乾いた笑いで。
ひとしきり笑った後、その横で終始険しい顔をしているリルクに向き直り、ダリウスが口を開く。
「来てくれないものだと思っていたよ」
「…あんな書き方されたら来るのが当然でしょう」
リルクはやや棘の含んだ声で応じた。召集を命じる、なんて言葉命令する時ぐらいにしか使わない。ましてや、ギルドの名前まで出している。
CBといったら、この街の自治権を持つギルドである。下手な対応をして街を追放されたら一大事だ。
「そんなつもりはなかったんだが……すまない」
申し訳なさそうに、ダリウスがこうべを垂れる。
「だが、聞いてくれ。このままの状況が続くと、問題がある」
「問題…?」
リルクの反応に、ダリウスが「そうだ」と顔を上げた。
「今、"一般人"はここCBで保護している。我々は大規模ギルドに位置するから、物資なども多い…が、いつかは底をつくだろう。
現に、すでに所持金が底をついて食料などが手に入らなくなっている者もいると聞く」
リルクの隣でinoが頷く。
確かに、NPCの店への供給は追いついていないようだった。これは情報収集に行っていたinoからも聞いている。
やはり、街の中で全てを補うのは限度があるようだ。
「そこで、君たち【天恵の旅団】に探索をお願いしたい」
「ーーーーーは?」
聞いた言葉に、開いた口が塞がらない。
「なぜ僕達なんですか?あなた達ならいくらでも探索部隊を編成できるでしょう!?」
勢いで前のめりになったリルクをinoが手で制し、その言葉を継いだ。
「ダリウスさん、僕らは中規模ギルドですしレベルもそれほど高いとは言えません。
街の外は危険が沢山あるでしょう。いくら現実と混ざったからと言っても、ここが未知の世界なのには変わりはありません」
「わかっている。無理を承知でお願いしているんだ。だが、この街の生存に関わる、大きな問題だからね」
ダリウスの落ち着き払った声に、リルクは叫んだ。
「HPの全損で、死ぬかもしれないんですよ!?」
まっすぐとこちらを見るダリウスの頭上には、HPバーがはっきりと見える。プレイヤーと一般人を問わず、異界接続以降共通の現象だ。
そのゲージが無くなっても、USOでは復活ができた。当然のごとく、復活代償はあったが、それでも生き返ることができたのだ。
ポーションや蘇生薬の存在はこの世界でも確認されているし、多くのプレイヤーが所持しているだろう。
しかし、所持していても使用できるかどうかは使わないとわからないのだ。
「そうだな…。異界接続の時にHPを全損したプレイヤーは、この世界からいなくなった。亡くなったのか、ログアウトしたのか…ゲームなのかすらわからないこの世界で、それを確認する手立てはない」
そう言って、ダリウスは机の上に一つの小瓶を置いた。
淡く光る透明の液体が入ったその瓶は、蘇生薬と呼ばれるアイテムだ。
USOではHPが全損しても、復活待機時間として数秒間の猶予が存在する。
その時間内に蘇生薬を所持するプレイヤーが使用の意思を示すか、付近のプレイヤーが蘇生薬を対象に使用することにより、即時蘇生が可能となるのだ。
「ここに蘇生薬がある」
そう言って、ダリウスは背中の大剣を引き抜いた。
「なにをーーーーー」
リルクがその一歩を踏み出す前に、ダリウスの首元に一閃の光が瞬いた。
ボトッという音を立て、ダリウスの首から上が胴体から切り離された。
力なくぶら下がった腕から、大剣が音を立てて落ち、ダリウスの身体が椅子から崩れ落ちる。
壁際の護衛たちが呆然と立ち尽くし、その部屋全体が静寂に包まれた。
「早く蘇生を…!」
そう叫んだinoが、机の上の蘇生薬を手に取り、瓶の中身をダリウスにぶちまける。
一同が息を飲んで見守るなか、ダリウスの身体が光の粒子へと変換され、身体が再構築されていく。
その閃光のような輝きがやんだ頃には、先と寸分も変わらない状態でダリウスが椅子に座っていた。
「これで証明されただろう?」
意気揚々と言ってのけるダリウスに、護衛たちは安堵の息を漏らした。
蘇生を試みたinoの手は震えていて、その表情は引きつっている。
「こんなこと…」
「蘇生してくれてありがとう、inoさん」
ダリウスの謝辞に、inoは引きつった表情のまま頷く。
「さて、リルク。我々は蘇生薬、その他回復アイテム等の支援を惜しまない。君たちの懸念は解消された」
リルクの方を見据えて、ダリウスが机の上で手を組んだ。
「目的地は【ハバロス】だ。USOでは半日ほどの距離しかない。そこまでの探索をお願いできるかな?」
リルクはinoの方を見て、意を決したように口を開く。
ようやく口を開いたリルクの声は、僅かながらに震えていた。
「わかりました。ただし、危険を感じたら探索は中止させてもらいます」
「それで構わない。あと、連絡用にこれを持って行きたまえ」
ダリウスが机の上に置いたのは、【モニター】と呼ばれているアイテムだった。
遠くにいるプレイヤーとチャットができるアイテムだが、USOにはチャットシステムがあったために、必要性が低くゴミアイテムと言われていた。
USOのゲームシステム系統が一切と言っていいほど使えない今の状況では、とても便利なアイテムだ。
「4つある。連絡以外にも好きなように使ってもらって構わない」
「わかりました」
モニターをポーチの中にしまい、リルクはダリウスに背を向けた。
「では、また会いましょう」
「あぁ。よろしく頼む」
軽く手を上げたダリウスに対し、inoは会釈で応じてリルクについて部屋を出た。
「inoさん、すみませんでした。僕が未熟なばっかりに」
部屋を出たところで、リルクがinoに対して頭を下げる。
「そんなことないですよ。うちのみんなは強いですから」
回復職の割にはそこそこガタイの良いinoが、力こぶを見せつけながら笑った。
入り口へと続く通路に人影はなく、石材の床にリルクとinoの足跡だけが響く。
「……僕、思ったんです。ダリウスさんが蘇生した時に。あの時、もっと自分がしっかりしていたら……目の前で消えた人達を助けられたんじゃないかって」
そう話すリルクは消えてしまいそうなくらいに、小さく見える。
その姿を見て、inoは思いっきりリルクの背中を叩いた。
「ーーーーーッ!?」
驚くリルクに、inoが言葉を重ねる。
「リルクさんは僕たちを守ってくれたじゃないですか。リルクさんはギルマスらしく、どんなことも堂々としていればいいんです。リルクさんのことは僕達が支えますから」
「………ありがとうございます」
「ほら、もう出口ですから元気出して!」
わざと明るく振る舞うinoに、リルクは精一杯の笑顔を向けた。