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「カウンター!」
タコスが気合の入った踏み込みとともに、左下に構えた大剣を振り上げた。
向かいくる巨大な拳を正面から受け止め、弾き飛ばす。金属質な打撃音が響き、直後猛烈な衝撃波が巻き起こった。
「タコスさん、ナイス!」
先の反動で後ろに下がったタコスと入れ替わるように、一瞬で間合いを詰めたラーシーがボスに突っ込む。
土煙で霞んだ視界の向こうで、攻撃を防がれたボスが怒り狂ったように咆哮を上げた。そしてもう一方の腕を振り下ろし、さらに咆哮を強める。
「「インパクトバレット!」」
内臓に響くような重音を響かせ、ボスが繰り出した剛腕に無数の火線が集まり、弾けた。
僅かながら軌道を逸らされた攻撃は、対象を捉えることができずに地面へと吸い込まれる。
大きく傾いだボスの脇をラーシーが駆け抜け、
「柳生さん合わせて!」
その背中に向かって大剣を振り抜いた。
不意を突かれたボスの巨体が飛ばされ、そこに一閃の太刀筋が煌めく。
「抜刀術ーーーーー鎌鼬」
チン、という澄んだ音を立てて柳生が剣を納める。瞬間、ボスが目に見えぬ無数の刃によって切り裂かれ、地面にその巨体を伏した。
幾重にも重なるボスのHPバーは、いよいよ残り三段まで迫っていた。横目でそれを確認し、リルクは武器を構えなおしながら叫ぶ。
「第二陣、構えッ!」
その言葉に、タコス率いる盾隊が最前線に展開を始めた。無駄のない動きに、プレイヤー達の熟練度が伺える。
だが、その動きも戦闘開始時に比べて格段に遅くなっているのは確かだった。
ボス系モンスターは基本的に複数段のHPバーを保有している。その段数は、タイプ、属性、レベルなどの要素によって異なるが、基本的には3の倍数で構成されている。
というのも、ボス系モンスターには複数の攻撃パターンがあり、HPバーの残り段数に応じてそれが切り替わるのだ。
そして残り三段、一段ではさらなる攻撃パターンの変化が待ち受ける。その変化はそれまでの変化と比べ物にならない程、強力なものでーーーーー
つまり…
今この瞬間、戦況が覆る。
「ーーーーー!?」
一瞬、リルクは何が起きたのか理解できなかった。いや、もしかしたら全員かもしれないーーーーー
その考えは、ほぼ正解で間違いなかった。実際に理解できたのは、後衛にいた魔法職の3人だけだったのだから…
*****
宙を舞う仲間達を、ただ見ていることしかできなかった。
迫り来る敵に対処することができなかった。
目前まで迫ったその牙を、精巧に再現されたガラス細工のようなその瞳を…
視界を黒が覆い尽くすまで、ただ見ていることしかできなかった。
「………!」
突然の覚醒に意識が付いて行かず、靄のかかった様な視界の中で頭を押さえる。
「…夢、か」
部屋に差し込む光が目に刺さる様に痛い。
リルクは大きく伸びをして、近くに放っておいた外套を羽織ると部屋の扉に手をかけた。
「あっ、リルクさんおはようございます!」
「マスター、遅いですよー」
「すみません、寝坊してしまいました…」
ギルドの仲間たちに声をかけられ、よだれの跡を拭いながら挨拶を返す。手短な椅子に腰をかけると、ちひまんがコーヒー片手に寄ってくるのが見えた。
ちひまんの為に隣に置いてある椅子を引き、リルクは創り出した麦茶を煽った。
「おはようございます、ちひまんさん。ところでinoさんは…」
「おはようございます。inoさんならRyuueiさんと散歩に出てますよ」
「…情報収集ですか。申し訳ないですね」
「inoさんが買って出てくれたんですから、気にすることではないですよ」
熱いコーヒーに舌を引っ込めながら、ちひまんが肩をすくめる。その様子に苦笑しながらリルクは立ち上がった。中身が空になった紙コップを握りつぶし、ゴミ箱へと放り投げる。
放り投げたゴミは綺麗な放物線を描いて、ゴミ箱へと吸い込まれた。
「リルクさんお上手ですね」
「投擲スキルとかよく使いますから」
なるほど、と呟いてちひまんがコーヒーを啜る。
再び椅子に腰を下ろし、リルクは窓の外に目をやった。
中世風の街並みに、ヨーロッパの様な石畳。一見よくある異世界モノの風景だが、拭いきれない違和感がある。
街の至る所にある、電線が途切れ、○○医院などの張り紙がされた電柱。つい一年前に発売された軽自動車。まだら模様のように地面を覆うアスファルト。
この世界に存在しない、元居た世界の風景。
いや、現実世界に現れた異世界の街並みか。
「ーーーーーリルクさん?」
声をかけられ、ハッとして振り返る。
リルクの目に入ったのは、心配そうなちひまんの顔だった。
「リルクさん大丈夫ですか?」
「大丈夫です…なんかすみません」
「いえ…やっぱり忘れられませんよね」
そっと自分の左腕に触れ、ちひまんがぽそりと呟いた。inoの回復術によって傷一つ無い状態のその腕は、つい5日前のある現象によって起こった惨禍に巻き込まれ、負傷したのだった。
USOーーーーー正式名称を『ユニークスキル・オンライン』というVRゲームが発売されたのは、1年ほど前のことだった。
VRシステムが世界市場に出てきてから15年。人類は身体感覚のほぼ全てを電脳世界に移す、というフルダイブ型VRシステムを完成させた。
安全面を考慮してさらに5年、様々な研究を重ねてようやく一般家庭へと普及したのが、三年前のこと。
USOはもともと、2年前に配信されたスマートフォンゲームだ。配信当時から様々なキャンペーン等を行い、総プレイヤー数はついに1万を超えた。それは現在でも増加する一方である。
VRゲーム化することが配信当時から決まっていたことも理由の一つだろう。
こうしてUSOは国内で大人気の有名ゲームになった。
…が、VR版発売から一年と3ヶ月後、ある事件が起こる。
ーーーーー通称【異界接続】
なんと、現実世界が、ゲーム世界とリンクしたのである。
正確には、ゲーム世界への現実世界の介入と言うべきか。
突如プレイヤーを襲った頭痛を予兆とし、次々と出現した現実世界の物体に、人物。
加えて、出現したビルなどの建物により破壊された街の外壁からモンスターが侵入し、プレイヤーを含む人々は大混乱に陥った。
そして発覚したのはーーーーーVRシステムの重要点【痛覚遮断】が無効化されていたことだった。
各地で断末魔の悲鳴が上がり、街は地獄のような惨状だったそうだ。
事件発生から20分後、街に拠点を構える大規模ギルド【CrimsonBullet】により事態は収束へと向かったが、人々の損害は大きく、NPCを含む犠牲者は100人以上にのぼった。
Crimson Bulletは、この世界に召喚された一般人を保護し、この街の警備・補修を行なうと宣言。CBのギルドホームには大量の一般人が押し寄せたという。
「すぐに忘れるのは無理ですけど、今はなんとかやってくしかありませんから」
そう言って、リルクはーーーーー
「リルクさん!」
バンと開け放たれた扉に1人の人影。いきなりの来訪者にホールにいた全員が振り返る。
玄関に立っているのは、情報収集もとい散歩に出掛けていたinoだ。後ろにはRyuueiの姿もある。
「これが掲示板に…!」
差し出されたのは一枚の張り紙。羊皮紙に黒インクという、いかにもな感じで綴られた文章を、近くにいた団員が読み上げる。
ーーーーー天恵の旅団、ギルドマスター・リルク。CB代表・ダリウスの名の下に召集を命ずる。