表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
プログラマーズ  作者: 管澤捻
プロローグ
2/18

二人のプログラマ(1)

――あらすじ――


万物を創造するプログラミング。

プログラマであるエマは妹のルナを連れデュアルテーマパークを訪れていた。その目的は、自身の仕事を横取りした『黒の匣』のプログラマ、ジャコ・ベルモンドに嫌がらせをすることだった。

しかし、ジャコのプログラムした人形が突如暴走し、人々を襲い始めた。

エマはプログラミングの能力で、暴走した人形の破壊を始める。


挿絵(By みてみん)

「ああ、ぼくは自分の才能が怖い」


 彼は恍惚に満ちた表情で、そう呟いた。

 思わず綻ぶ表情。

 だが、彼はそれ気が付くと、さっと表情を引き締めた。


 この程度のことで満足してしまうなど、あってはならないことだ。

 満足とは才能を枯渇させる毒薬のようなもの。

 常に不満を抱き、渇望し、追い求め続けなければならない。

 決して自分の成果に――例えそれが常人には決して真似できないような偉大過ぎる成果であっても――満足してはならない。

 天才とはそういった宿命を背負うものだ。


 彼はそう自分を戒めると、腕を組み、自分の眼前にある()()()()を冷静に見つめた。


 横に五列、縦に六十行からなる、全三百体の人形が整然と並んでいる。

 基本的に球体で構成されているその人形たちは、全長が約一メートル。

 ピエロのような派手な服と二股に分かれた尖り帽子、化粧を施してあり、その表情は常に笑顔で固定されている。

 彼らは一定の速度で行進をしながら、各々が異なる楽器を軽快に奏でていた。

 人形により奏でられる音楽は、アップテンポな曲調で、聴いているだけで自然と身体が踊りだしてしまいそうな、そんな愉快な曲だった。

 さらに、二十行ごとに挟んだ馬車――馬は本物だが、御者は行進者と同じ人形――が引いている舞台上では、大量の紙吹雪を撒き散らしながら、露出度の高い踊り子の人形たちが、優雅な踊りを披露しており、単調な行進にアクセントと華やかさを添えている。


 ふと彼は、自分が行進曲に合わせて爪先でリズムを刻んでいることに気が付いた。

 彼は薄く笑いながら思う。

 自分の成果に満足してはならないと自分を戒めるも、やはり身体は正直だ。

 この人形たちの軽快な行進を見て、聴いて、心動かされない人間などいない。

 その証拠に、人形たちが行進する道沿いには、通りの端から端まで続く人垣があった。

 人形の行進を見て歓声を上げる人々。

 その表情には、常に笑顔が湛えられていた。


 彼は再び、天才にあるまじき呟きを口にする。


「ああ……自分の才能が怖い。

 怖すぎる。

 夜中に一人でトイレに行けるかどうか、分からないレベルで怖い」


 自分の肩を抱き、ぶるぶると震える。

 だが、まだ自分の才能はこんなものではない。

 むしろ、これからが自分の才能の真骨頂だ。


 ()()が、地響きとともに近づいてきた。

 行進の最後尾。

 ピエロを模した人形に先導され、姿を現す大きな影。

 それは全長が五メートルにもなる巨大な人形だった。

 様相は他の人形と同じピエロ然としたものだが、頭の上に大きなまるい耳と尖った鼻の持つ、ハムスターをモチーフにした人形。

 この施設のマスコットキャラクター、ロッシーの人形だ。


 ロッシーは楽器の類は持ってなく、両手を頭の上に掲げ、周囲に愛嬌を振りまいている。

 他の人形の複雑な動作と異なり、ロッシーの動作はひどく単調なものだ。

 しかし、これほど巨大な人形を二足歩行させるだけでも、並大抵の技術でなせることではない。

 僅かでも調整を誤れば、たちまちロッシーはバランスを崩して転倒し、周囲の観客や建物に大きな被害を与えてしまうことだろう。


 考えれば考えるほど、非の打ちどころがない天才っぷり。

 彼はいい加減に謙虚になることは止め――これほど明確な才能を誇示しておきながら、それを認めないというのも一般人には皮肉と捉えられかねないだろう――、大仰に両手を広げ、自分の才を賛美する。


「ああ!

 なぜ神はぼくを創造なされた!

 これではあまりにも、ぼく以外の人間が不憫ではないか!

 まあ、不憫だがぼくには関係がないので、ぼくは与えられたその才能を遺憾なく享受しようと思います!

 あざーす」


 彼は今、この施設で最も巨大な建造物である城――名前は忘れた――の中にいた。

 むろん城と言っても、それは政治的なものではなく、ただのホテルでしかない。

 そのホテルで彼に宛がわれた部屋のバルコニーから、人形たちの行進を眺めていたのだ。


 その彼の背中に声が掛けられる。


「ジャコ・ベルモンドさん。

 そろそろお時間ですよ」


 彼は振り向く前から、その声の主が何者なのか想像が付いていた。

 この部屋にいるのは自分を除いては、あと一人しかいない。

 彼はその人物を頭の中に思い浮かべながら、ゆっくりと背後を振り向く。

 そこにいたのは、彼の想像通りの人物だった。


 金髪をオールバックにした小柄な男。

 男は背中を丸め、手もみをしながら彼に言う。


「この素晴らしい催しを作られたプログラマのご来場をみなさん心待ちにしておられます。

 準備ができ次第、会場にお越しください」


 気の弱そうな笑みを浮かべて、そう言う男。

 一見すると、権力者の腰巾着のような印象を受ける男――例えが失礼な気もするが構わないだろう――だが、これでもこの施設の支配人だ。

 つまり――


 子供から大人まで人気を博している、デュアルテーマパークの最高責任者だ。


 彼は目尻の下がった支配人の顔を見返しながら、大儀そうに言う。


「分かりました。

 すぐに向かいます」


 今日を境に、このジャコ・ベルモンドの名前は、世間を大いに賑わすことになるだろう。

 そんな確信めいた予感が彼にはあった。

 そしてその予感は――


 彼の想像とは違う形で、的中した。




 デュアルテーマパーク。

 それは娯楽に力を入れる自治都市エルバンでも、一、二を争う大型テーマパークの名前だ。

 施設内には十数個ものアトラクションが存在し、メリーゴーランドと言った定番なものから、ゾンビメイクを施したスタッフがチェーンソー片手に奇声を上げながら襲い掛かってくる奇抜なものまで、多様に揃えられており、年代や性別に関わらず、自身のお気に入りのアトラクションを見つけられるのが、このテーマパークの一つの売りとなっている。


 それだけでも十分に魅力的なのだが、デュアルテーマパークの人気をさらに盤石にさせている試みが、年替わりに運営される新規アトラクションの存在だ。

 一年限りで運営される趣向を凝らしたアトラクションは、その年限りということもあり、一風変わった挑戦的なものばかりだ。

 それだけに、煮ても焼いても食えないようなお粗末なアトラクションから、鉱山から金脈を掘り当てたような大金星を上げるアトラクションまで、その評価は大きく二分されることが多い。

 故に、その年替わりのアトラクションの当たり外れを予想するのが常連の間では恒例行事となっているようで、園内を歩いていると、それと思しき声が、周囲からちらほらと聞こえてくるという。


 少女はそんなことを考えながら、その場に立ち止まって耳をすませた。

 どうやら、今年のアトラクションに対する評価は悪くないようだ。

 少女はにっこりと微笑むと、手に持ったパンフレットに覗き込む。

 パンフレットには園内の全体図と、アトラクションの名前とその位置が描かれている。

 少女はそれをふむふむと見ながら、頬を上気させる。


「遊園地なんて初めてだよ。

 楽しみだな」


 少女は今年で十五歳になる。

 毛先が丸まったセミショートの黒髪で、服装は白のローブ。

 気が弱そうに垂れた大きな瞳を、今はらんらんと輝かせて、パンフレットを食い入るように見つめている。


 垂れ目の少女は身体をくるりと回転させて周囲を見回す。

 赤い屋根に派手な外壁をした売店と、多様なアトラクションが目に付く。

 観覧車の奥には壮観な白い城が立っており――パンフレットによると入場客が宿泊できるホテルらしい――、まるで絵本の中に入り込んでいるような、幻想的な雰囲気にさせられた。

 入場客はやはり家族連れが多く、母親にお菓子をねだる子供や、父親に肩車されて園内を回っている子供などが見られる。

 また入場客の中には、このテーマパークのマスコットキャラクター、ロッシーくんのトレードマークとなる、丸い耳のカチューシャを頭に付けている者もちらほらと散見された。

 老若男女と様々な人たちが目に付くが、その誰しもに共通していることは、皆がはじけんばかりの笑顔を浮かべていることだった。


 少女は一度身体をプルプルと震わせると、胸の前で両手を組む。

 そして、背中を向けているもう一人の少女に向けて、口早に言った。


「ねえねえ。

 まずどこに行こうか?

 やっぱり定番の乗物からが良いのかな?

 それともゾンビの殺戮ショーを見に行く?

 血のりとか本格的で、すごく迫力あるみたいだよ。

 臓物もリアルに拘った……って、聞いてるの?

 ねえねえ……」


 垂れ目の少女はぴょんぴょん跳ねながら、嬉しそうに話をする。

 その声を聞いて、ようやく話し掛けられていた少女が、億劫そうに振り向いた。


 振り向いた少女は、垂れ目の少女と同じ、今年で十五になる。

 腰まで伸ばしたストレートの黒髪を、頸筋でまとめている。

 服装は黒を基調とした上着にハーフパンツで、少年の様相に近い。

 黒い猫を肩に乗せ、目尻の吊り上がった大きな瞳をさらに凶悪に尖らせて、垂れ目の少女を睨みつけている。

 そして、足早に垂れ目の少女に近づくと、ぐいっと顔を近づけて言う。


「あのさ、ルナ」


「な……何?

 エマ」


 吊り目の少女――エマの迫力に押され、垂れ目の少女――ルナが一歩たじろぎ、しどろもどろに応える。

 エマはそんな怯えるルナにさらに詰め寄ると、一語一句はっきりとした口調で問い掛ける。


「ルナはさ、あたしの言うこと、全然聞いてなかったの?

 あたしたちがこのテーマパークに来たのは、遊びに来たわけじゃないでしょ?」


「そ……そうだっけ?」


 エマから視線を逸らし、口を引きつらせて応えるルナ。

 エマはルナの逸らした視線の前にひょいと顔を出し、さらにドスの利いた声で言い連ねる。


「当然でしょ。

 どうしてあんたはあたしの考えをパッとサッと理解してくれないわけ?

 あたしたち双子なんだから、あたしが何も言わなくても、その纏うオーラかなんかから、薄気味悪いぐらいあたしの考えが分かっても良さそうなものじゃない」


「薄気味悪いのに?」


 視線をきょろきょろと彷徨わせながら、ルナがエマに訊く。

 エマは当たり前とばかりに、「不気味よねえ」などと平然と言う。


 ルナは再び一歩身を引くと、額に浮かんだ冷や汗を袖で拭いとった。

 そして、エマの肩に乗る黒猫を指先で撫でてやりながら、彼女に尋ねる。


「じゃあ、なんでぼくたちテーマパークに来たんだっけ?」


 ルナがそう問うた時、背後から歓声が上がった。

 ルナが振り向くと、そこには高さ二メートルほどの壇を中心として、大きな人集りができていた。

 その壇上に、殊更ゆっくりと上がるスーツ姿の男性が見える。

 年齢が二十前後の金髪の青年だ。

 青年は壇上に立つと、人集りに向けて深く一礼し、挨拶を述べる。


「みなさん。

 初めまして。

 ジャコ・ベルモンドです」


 エマはその壇上に上がった男――ジャコを挑戦的に睨みつけている。

 そして、ルナにだけ聞こえる小さな声で、こう言った。


「あたしたちがテーマパークに来た理由なんて決まっているでしょ?」


 一度言葉を止め、ルナを一瞥するエマ。

 彼女は口の端をにやりと曲げた。


「プログラマとして、敵情視察よ」


 その言葉に同意するように、エマの肩に乗った黒猫が「にゃあ」と一声鳴いた。




「プログラミングという技術に、皆さんはあまり馴染みがないかも知れません。

 しかし、王都では五十年前よりその技術は研究されてきました。

 主に軍事転用がその目的ではありましたが、わずかな期間でその技術は大きく飛躍し、発展を遂げてきました。

 そして現在、プログラミングの技術は広く一般公開され、公共から民間企業を含め、王都の生活基盤を支える必須技術となっています。

 その重要性から、王都では二十年前よりプログラミングの技術者を育てる施設『黒の匣』が開設され、今も多くの技術者、つまりプログラマがその施設で日々技術を研鑚しております。

 何を隠そう私、ジャコ・ベルモンドもその施設の第十三期生にあたる、優秀なプログラマであります。

 私はそこで得た知識を、皆さんの生活を豊かにするために使いたいと、そのように考えておりました。

 故に、年替りのアトラクションの開発と言う、栄誉ある機会を与えてくださったデュアルテーマパーク様には、深く感謝しております」


 人集りから拍手が聞こえてくる。

 壇上に立つジャコは、その拍手が鳴り止むのを大儀そうに待ってから、再び口を開いた。


「さて、私がプログラマとして確かな技術を持った人物だということは、ご理解していただけたことでしょう。

 だがしかし、口だけであれば何とでも言えます。

 私はそのような舌先三寸な愚者ではないゆえ、ここで実践を兼ねた、ちょっとしたデモンストレーションを行いたいと思います」


 そう言うとジャコは、右腕を上げ「誰か、私の手伝いをしてくださる方はいらっしゃいませんでしょうか?」と、壇上から呼び掛けを行った。

 すると、人集りの中から細い腕がパッと上げられる。

 ジャコは「では、そちらの方、壇上まで上がってきてください」と、挙手した人物を壇上に招いた。


 壇上に上がってきたのは、二人の少女だった。

 一人は目の吊り上がったボーイッシュ――何故か肩に黒猫を乗っけている――な少女、もう一人は目の垂れさがった気の弱そうな少女だ。

 タイプは違えど、どちらも中々に可愛らしい容姿をしている。


「まず二人の名前を教えてくれるかな?」


「はーい♪あたしエマって言いまーす♪」


「えっと……ルナ……です」


 右手を上げて元気良く自己紹介をする吊り目の少女――エマと、伏し目がちにおどおどと応える垂れ目の少女――ルナ。

 まったくもって対照的な二人であった。

 腰が引けたルナという少女の腕を、エマという少女ががっちりと掴んでいる。

 その様子を見る限り、どうやらルナは、エマに無理やり壇上まで連れてこられたらしい。


 ジャコは「ふむ」と一つ頷く。

 二人の関係性が気になり、それを尋ねてみる。


「二人は友達かな?」


「いいえ。

 あたしたち双子の姉妹ですよ。

 ちなみにあたしが姉で、こっちが妹です♪」


 片方が姉ならもう片方は当然妹だろう。

 そんな当たり前のことを、殊更元気に言うエマ。


「へえ。

 失礼かも知れないけど、あまり似てないね?」


「ええ。

 よく言われるんです♪でもでも、二人ともとっても仲良しなんですよ♪」


 身体をくねらせながら応えるエマ。

 対して、ルナは胸の前で両手を握り、俯き加減で視線を彷徨わせていた。

 なんとなく、二人の役割分担が読めてきたジャコは、もっぱらエマに向けて話し掛けるようにした。


 ジャコはポケットから直径一センチほどの黒い球体を取り出すと、それをエマとルナ、そして人集り向けて掲げて見せた。

 そしてエマに向き直ると、にこにこと笑顔を浮かべている彼女に尋ねる。


「エマさん。

 君はこれが何か分かるかな?」


「ええ?

 なんだろう。

 ジャコさんの鼻くそですか?」


「いや……こんな大きくないよ。

 というよりもポケットに入れないでしょ。

 そんなもの」


「そんな顔してましたから♪」


「どんな顔?

 てか、女の子がそんな鼻くそなんて言っちゃいけないよ」


「いやだ。

 あたしったらはしたない♪」


 頬に手を当てて「きゃっ♪」と顔を背けるエマ。

 ジャコは咳払いを一つすると、指でつまんだ黒い球体を頭上に掲げ、ぐっと胸を張って言う。


「これは暗黒物質(ダークマター)って言ってね、あらゆる物質やエネルギーの元となるものなんだ」


「へえ、そうなんですか♪」


 もっと盛大なリアクションを期待していたジャコは、エマのあっさりとした返答に、肩透かしを食らう。

 恐らく少女は、この言葉の意味をよく理解していないのだろう。

 ジャコはそう思い直すと、何も知らない少女に向けて、さらに説明を加えてやる。


「この物質に対して、私たちプログラマがコードを書き込む――つまりプログラミングをしてあげると、理論上はどんなものも作り出すことができるんだ。

 簡単に言ってしまえば、万物の材料ってところかな」


「へえ、そうなんですか♪超ウケる♪」


 何がウケると言うのだろうか。

 にこにこと邪気のない笑みを浮かべているエマを、ジャコは引きつった表情で見つめた。

 やはり、この何も知らない少女に口だけで説明しても、いまいち自分の凄さと言うものは伝わらないらしい。

 ジャコは、引きつる表情を無理やり笑みに変え、少女に問い掛ける。


「ところでエマさん。

 君の好きな果物を教えてくれないかな?」


「処女の生き血♪」


「果物でお願い!」


「じゃあ、リンゴでいいや♪」


「リンゴね……」


 ジャコはふうと息を一つ吐くと、暗黒物質(ダークマター)に向けて意識を集中する。


 暗黒物質(ダークマター)から黒い霧が立ち昇った。

 空間に滲んでいく染みのように、渦巻きながら徐々に広がるその黒い霧を、ジャコは意志の力だけで場に固定し、その密度を高めていく。


 そして思念によるプログラミングを開始する。


 ジャコによって書き込まれたコードに従い、黒い霧が渦巻くように対流し、徐々に彼の掌に収束していく。

 それと同時に、黒い霧のその形や質感が変質していった。

 光を呑みこむ漆黒が赤みを帯び、希薄な霞が硬質化していく。

 空間に火花が飛び散る。

 新しく創造される異物に対する、世界の拒絶反応だ。

 そして光が激しく瞬き、それが収まった時には――


 彼の掌には、一つのリンゴが握られていた。


 周囲の人集りからどよめきが聞こえてくる。

 ジャコは創られたリンゴを掲げ、ふんぞり返ると大きく哄笑した。


「これが、プログラミングです。

 私たちは万物を創造することできる。

 プログラミングとは、まさに神の御業とも言える能力(ちから)だと理解していただけたと思います。

 残念ながらこのリンゴは、外観だけを模したイミテーションに過ぎませんが、それでも、それが素晴らしい技術であることは疑いようもないでしょう。

 私はプログラマとして――」


「ねえねえ、お兄さん♪」


「皆様のお役に立てるプログラムを作っていきたい。

 今後とも私、ジャコ――」


「お兄さん♪お兄さん♪お兄さん♪お兄さん♪お兄さん♪お兄さん♪お兄さん♪お兄さん♪お兄さん♪お兄さん♪お兄さん♪お兄さん♪お兄さん♪」


「えっと……ジャコ・ベルモンドをよろしく――」


「おおおおおおおおおおおおおおおににににににににににににににににににいいいいいいいいいいいいささささささささささささささささささんんんんんんんんん♪」


「なんなんだ一体!」


 エマからの執拗なまでの呼び掛けに、ジャコは思わず叫んで彼女に振り返った。

 エマはにっこりと微笑んで、その小さな掌をジャコに向けている。

 エマの意図が分からず、眉根を寄せるジャコ。

 そんな彼に、エマは気楽な調子でこう言った。


「面白そうだから、それあたしもやってみたいな♪だからその暗黒物質(ダークマター)だっけ?

 それ貸してよ♪」


「君が?」


 ジャコは、エマの予想外の言葉に目を丸くし、そしてすぐに「プッ」と吹き出した。

 肩を揺らしながら笑いを堪え、しょうがないなと言わんばかりに肩をすくめる。


「残念だけど、それは無理だよ。

 これはとても高度な技術を要することなんだ。

 機材を使わずに暗黒物質(ダークマター)にプログラミングすることなんて、専門家だって並みじゃできない。

 君がプログラミングに興味を持ってくれたのは嬉しいけど、それをするのはもう少し勉強をしてからがいいと思うよ」


「いいじゃん♪ちょっとだけ、お試しでさ。

 お願ーい♪」


(やれやれ)


 こういう子供は、何を言っても納得してくれないものだ。

 ジャコは頭を掻きながら、ちらりとルナに視線を移す。

 俯き加減に顔を伏せ、こちらのやり取りを静かに聞いていた彼女だが、今は何故か、不安げにおろおろと身体を揺らしている。

 我儘を言う姉に、妹ながらに困っているのかも知れない。


 仕方がない。

 ここはエマの我儘を聞き入れ、彼女にプログラミングをやらせてあげればいいだろう。

 もちろん、何の知識もない彼女がプログラミングを成功させることなど、万に一もないのだが、いかにプログラミングが難しく、偉大な技術であるかを彼女に実感させるには、それが一番手っ取り早いはずだ。


 ジャコは嘆息し「じゃあ、はい」と、エマに暗黒物質(ダークマター)を手渡した。

 その直後、何故かルナの表情が、一気に青ざめたような気がした。

 ジャコは、暗黒物質(ダークマター)を受け取ったエマを見やり、少し意地悪く言ってやる。


「さあ、やってみるといいよ。

 もしも爪の先程度の石ころでも創ることができたら、私の弟子にして上げても良いよ」


「本当♪じゃあ頑張っちゃうからね♪」


 頑張ってどうにかできるものではない。

 つくづく無知な少女に、ジャコは呆れて笑う。


 と――


 エマの持つ暗黒物質(ダークマター)から、ジャコの比ではないほど、大量の黒い霧が噴き出した。

 その黒い霧はエマを中心として渦巻くように対流し、周囲に強い突風を吹き付けた。

 その強風に思わず尻もちを付くジャコ。

 彼は目を大きく見開いて、渦巻く黒い霧と、それを纏ったエマの姿を、茫然と眺めていた。

 エマの周囲を旋回する黒い霧に、彼女の思念により紡がれたコードが書き込まれていく。

 そのコードは緻密かつ繊細であり、それでいて、単純(シンプル)かつ拡張性のある、思わず魅入ってしまうほどに、美しいものだった。

 黒い霧が彼女の頭上に収束していく。

 その点は五か所。

 バシッと火花を散らし、光が激しく瞬く。

 そして――


 五本のナイフが光の中から飛び出してきた。


「おああああああああああああ!?」


 尻もちを付いていたジャコに、光から飛び出した五本のナイフが迫ってくる。

 彼は可能な限り身体を捻り、紙一重でナイフを躱す。

 ジャコのスーツを縫い止めるようにして、ナイフが壇上に突き刺さる。

 ジャコは恐怖の眼差しで、その鋭く輝くナイフの刃を見つめた。

 彼の頬に一筋の汗が流れる。

 ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、ここで突然、彼の腹部が何者かによって強く踏みつけられた。


「グエッ!」


 横隔膜を潰され、強制的に肺から空気が絞り出される。

 ジャコは苦しみから目尻に涙を溜めて、自身の腹部を踏みつけている人物に目をやった。

 そこにいたのは――


 背筋も凍るような笑みを湛えている少女――エマだった。


「様子見のつもりだったから、大人しくしていれば、随分と舐めた口利いてくれたじゃない。

 ええ?

 三流のプログラマごときが」


「はえ?」


 エマの言葉に対し、ジャコは自分でも間の抜けたと思える返答をする。

 思考が空回りし、うまく物事を考えることができない。

 だがエマは、そんな彼の心情などお構いなしに、踏みつけている足に体重を掛けていく。


「おがががが……苦しい!

 苦しい!」


「何よ!

 大げさね!

 ちょっと鳩尾に踵めり込ませて、呼吸を阻害しているだけじゃない!

 まるであたしが暴力的なことしてるような物言いは止めてくれる!」


 めちゃくちゃな事を言って、ぎりぎりと踵を鳩尾に埋め込んでくるエマ。

 ジャコは彼女の暴力から逃れようと、必死に腕や脚を動かしもがくも、先程飛んできたナイフがスーツと壇上を縫いつけていたため、まるで身動きを取ることができなかった。

 ジャコの額に大量の脂汗が浮かび、呼吸がか細くなっていく。


 この時になって、ようやく彼に救いの手が差し伸べられた。

 おろおろと壇上を右往左往していた、エマの妹――ルナだ。

 ルナはエマの肩を掴み、揺さぶりながら姉に声を掛ける。


「エマ!

 やりすぎだよ!

 この人このままじゃ死んじゃうよ」


「何よルナ!

 あんたが殺っちゃえって言ったんでしょ!」


「言ってないよ!?

 やめてよ!

 そういう脈絡のない嘘言うの!」


 ルナはエマの腰を抱え上げると、よたよたと姉をジャコから引き剥がした。

 それと同時に、ジャコのスーツに突き立てられていたナイフがパリンと割れる。

 彼は自由になった手足をかさかさと動かし、二人の少女から素早く距離を取る。

 深呼吸して不足した酸素を肺に取り込むと、ジャコは狼狽して叫んだ。


「ななななな……何をするんだ!

 いいいいい一体……どういうつもり――がはっ!」


 話の途中で、エマによって投げつけられたリンゴ――先程ジャコ自身がプログラミングしたもの――が顎を直撃した。

 リンゴが衝撃で砕け、宙でばらばらに四散する。

 ジャコが顎を抑え呻いていると、腕を組んだエマが「ふん」と鼻息も荒く言う。


「やっかましいのよ!

 あんたのせいでこっちはお小遣いの値上げ交渉に失敗してるんだから!

 一体全体、どう落とし前つけてくれるつもりよ!」


「は?

 お小遣いって……」


「エマ……そんな説明じゃあ、ジャコさん何も分かんないよ。

 まあ、ここまでやっちゃったら、もう何を説明しても分かってもらえないと思うけど。

 正直ぼくも分かんないし」


 ルナが「やっぱり、こうなっちゃうんだ」とぶつぶつ言いながら、エマの前に出てくる。

 そしてジャコにぺこりと頭を下げた後、視線を微妙に逸らして話し始めた。


「えっと……まずは、ごめんなさい。

 エマが無茶して」


「……ごめん、よく聞こえなかった。

 この口から滝のように流れる血を見て、もう一度言ってもらえるかな?」


「ジャコさんって、このデュアルテーマパークの年替わりアトラクションを入札されましたよね?」


 ジャコの渾身の皮肉を、さらりと受け流すルナ。

 おどおどと気が弱そうに見えて、根は姉のエマと同じで、存外ずぶとい神経をしているのかも知れない。


(それにしても、周りにこれだけ沢山の人がいるんだから、誰か助けに入ってきてくれてもよさそうなものじゃないか)


 だが壇の周囲に集まっている人たちは、少女の暴挙に対し多少ざわついてはいるものの、特になにするでもなく、冷静にことの成り行きを見つめているばかりだった。


(まあ、考えてみれば年端もいかない子供……しかも女の子に暴力振るわれて、大人が大挙して助けに入るってのもないか……でも、血まで出てるんだけどな……)


 多少釈然としないものがあるが、ジャコは強引に気持ちを切り替えると、スーツからハンカチを取り出し、血が流れる口元を押さえる。

 白いハンカチがみるみる赤く染まる。

 それを陰鬱に見つめながら、ジャコはルナの問いに応えた。


「年替わりのアトラクションの入札……だっけ?

 そうだね。

 今回は私がその開発を担当させてもらったよ。

 正確には、開発兼プロジェクトマネージャとしてだが」


「あの行進している人形ですよね?

 えっと今も遠くから音楽が聴こえている……」


「ああ。

 見てくれたんだ。

 どうだい?

 自分で言うのもなんだが自信作で……」


「まあ、それはいいんですが」


 ルナがジャコの言葉をすっぱりと遮る。

 やはり、ただ気が弱いだけの少女ではなさそうだ。

 ルナは、その小動物のような怯える瞳をそのままに、淡々と言う。


「実は、ぼくたちもその入札に参加していたんです。

 ぼくとエマ、そして先生の三人でやっている小さな会社ですが。

 それでその入札を勝ち取ったら、先生からお小遣いの値上げをしてもらえるって約束してもらって……」


「なのに、あんたのせいで全部ぶち壊しじゃない!

 どうしてくれんのよ!」


 エマがルナの前に進み出て、怒声を上げる。

 ジャコは暫くぽかんとしていたが、ようやく彼女たちの言葉の意味を呑みこむと、慌てて立ち上がり強く反論する。


「ちょっと待てよ!

 じゃあ何か!?

 こんな真似をしているのは入札を取れなかった腹いせってことか!?

 ふざけるな!

 そんなの逆恨みも良いところじゃないか!」


「逆恨みじゃないわ!

 八つ当たりよ!」


「だから何だ!

 第一、こんな一大プロジェクトの開発を、たった三人だけの会社なんかに任せられるわけないだろ!

 分不相応な入札に参加して、それで失敗したからって私に突っ掛かってくるなんて、お門違いもほどがあるだろ!」


「分不相応はあんたでしょ!

 何よ!

 あのヘボいプログラミングは!

 あんなちっぽけなリンゴ一つ創った程度でいい気になっちゃってさ!」


「君がリンゴって言うから創ったんだ!

 やろうと思えば、もっと凄いのだって……」


「んなもん関係ないわよ!

 プログラミングの良し悪しなんて、コードを見れば一目瞭然なんだから!

 だっさださでセンスの欠片もないコードだったわ!

 もしもあたしたちから入札を掠め取ったのが、相応の実力を持っている奴だったら、ちょっとした嫌がらせで今回の件は水に流してやろうと思っていたけど、これは駄目ね!

 落第!

 キモイ!」


「キモイはただの悪口だろ!

 後どうあっても嫌がらせだけはするつもりだったのか!」


「するわよ!

 スッキリするでしょ!」


「最悪かよ!

 確かに君のプログラミングは素晴らしかったかも知れないが、私だって『黒の匣』で学んでいる超一流のプログラマなんだ!

 駄目だとか落第とか好きかって言うんじゃない!

 今だってこんなにも大勢の人が、私を一目見ようと集まってくれている!

 私が世界的なプログラマになると誰もが確信しているからじゃないのか!」


 ジャコは両手を広げ、壇の周りに集まっている人集りを指し示した。

 エマは、ざわついているその人集りを鋭い目で見下ろし、「ケッ」と口を尖らせる。


「アホくさ。

 ここにいる連中、全員がここのスタッフじゃない。

 王都から来たあんたに気を使って、嫌々集まってるだけよ。

 てか、そもそも裏方のプログラマがこんな壇上で自分の成果を誇示すること自体、ナンセンスね」


「それは……支配人からのご厚意で……」


「断りなさいよ馬鹿ね。

 こんなの『黒の匣』とコネクションを作りたい連中が、あんたを気持ちよくさせるためだけに立案した、単なる接待だってことが分からないの」


「そ……そんなことあるものか!」


「あーあ……そんなことにも気付かないなんて『黒の匣』のプログラマも大したことないのね。

 こりゃあ入札も、ここと『黒の匣』とでの談合かも知れないわ」


「失礼だぞ!

 取り消せ!」


 さすがに聞き咎め、ジャコは怒りに肩を震わせる。

 人形の行進曲が聞こえてくる方角をビシリと指差して、声も荒々しく言う。


「入札に関しては私の実力あってのものだ!

 不正などしているものか!

 よく聞いてみるがいい!

 私の技術力により創り上げた行進人形の出来を!

 あの心躍る行進曲と、それに歓喜する人々の悲鳴を――」


 ここまで話して、ふとジャコは自身の言った言葉に疑問を感じる。


(悲鳴?)


 なぜ、行進曲が聞こえてくる方角から、同時に悲鳴も聞こえてくるのか。

 混乱する頭を一度冷静にして、ジャコはゆっくりと周囲を見回す。

 壇上にいるエマやルナ、そして周りにいる人々も、その聞こえてくる悲鳴に気が付いたのか、皆一様に目を丸くしていた。


 ここで行進曲の聞こえる方角から、一人の男性がこちらに駆け寄ってくるのが見えた。

 服装からして、このテーマパークのスタッフのようだ。

 彼は人集りの外にいた支配人に近寄ると、何やら耳打ちを始める。

 支配人の表情が見る見るうちに真っ青に変わる。

 支配人はスタッフに何か指示する仕草をした後、すぐさま壇上に登りジャコに詰め寄った。


「どういうことですか!?

 ジャコさん」


「どうって……何かあったんですか?」


「何かではありませんよ!」


 こちらの機嫌を窺うように、常に低姿勢だった支配人が見せるこの激しい剣幕に、ジャコは大いに戸惑った。

 口をパクパクさせるジャコに対し、目を血走らせた支配人が言う。


「行進していた人形たちが、突然暴れだしたらしいです!」




 デュアルテーマパークの中央。

 そこは巨大な噴水と複数のベンチ、多種多様な売店が立ち並ぶ、赤いレンガで美しく舗装された大きな広場となっている。

 テーマパークのパンフレットでは『憩いの場』と記されており、マスコットキャラクターであるロッシーとの記念写真や、ちょっとしたパフォーマンスショーが開催され、入場客を楽しませていた。


 人形たちの行進は、途中にこの広場を通るようにプログラムされている。

 時間帯を考えると、まさに今が、人形が広場を通る時間だ。

 だからその広場に人形たちがいること自体は、何も不思議なことではない。

 プログラムした通りの挙動と言える。

 ただし――


 人形たちが入場客に襲い掛かっていることを除いては、だが。


 広場を走り回り、手にした楽器を振り回している人形たち。

 その数は二十体ほど見られる。

 暴走した人形たちは目を赤く光らせて、売店やベンチを破壊し、パフォーマンスショーをしていた者や、それを鑑賞していた者を追い掛け回していた。

 さらにあろうことか、マスコットであるロッシーを組み伏せて、無残にもその頭部をもぎ取ろうとしている――決して着ぐるみを剥ごうとしているわけではなく――人形までいた。


 赤レンガを敷き詰めた地面を跳びはねながら、大いに暴れ回る人形たち。

 入場客やスタッフからは悲鳴や怒声が上がり、まさに阿鼻叫喚の様相を呈していた。

 そんな現場を、ジャコは信じられないような思いで眺める。


「そんな……どうしてこんな……」


 呆然とするジャコに、支配人が掴み掛かって唾を飛ばす。


「早く!

 早く何とかしてください!

 ジャコさん!」


「なんとかって……言われましても」


「何でもいいから何とかしろ!

 スタッフならともかく、もし客に怪我人でも出れば、うちの信用は丸潰れなんだぞ!

 そうなったら、あんた責任とれんのか!」


 ついには言葉遣いまで荒々しく、どなり散らす支配人。

 もっとも、それも当然だろう。

 人形の動きが緩慢なため、今はまだ怪我人は出ていないようだが、それも時間の問題だ。

 もし怪我人が出れば、テーマパークは顧客の信用を失うどころか、その経営自体が危ぶまれる。

 支配人が取り乱すのも無理はない。


 だが動揺しているのはジャコも同じだ。

 人形たちが暴走した理由がまったく思い当たらない。

 それはつまり、対応策も何も思い浮かばないということだ。

 とりあえず原因究明は一旦先送りにして、ジャコは怒り狂う支配人を宥めつつ、指示を出した。


「兎に角、緊急事態です。

 スタッフに誘導してもらって、入場客を一旦テーマパークの外に避難させましょう。

 そして申し訳ありませんが、今日は営業を取り止めてください。

 その間に、私が責任を持って原因を調査いたしますから」


 その言葉に、支配人は目を剥いて言う。


「休園だと!?

 できるわけないだろ!

 どれほどの損失が出ると思っているんだ!」


「しかし、このままでは危険です!」


「だから何とかしろと言っているだろ!

 作った本人なんだから、さっさと直せ!」


 ジャコは反射的に出掛かった怒声を押し留め、あくまで冷静に支配人の説得に掛かる。


「そんな簡単なものではないんです。

 原因の究明には時間が掛かりますし、それを対策する時間、修正したコードに誤りがないかテストする時間、さらに影響範囲を調べて……」


「ごちゃごちゃ言うな!

 休園などしたら、この事態が重いものだと世間にアピールするようなものだろ!

 一時凌ぎでも何でもいいから、さっさと対策をしろ!」


「それでは新たな問題を発生させるだけです!

 皆さんの安全を考慮して、ここは私の意見に従ってください!

 お願いし……」


 ここで、ジャコの視界に幼い少年が転ぶ姿が映った。

 少年の後ろには、トロンボーンを振り回している人形がいる。

 転倒した痛みからか、地面にうずくまり動かなくなる少年。

 そこに徐々に近づく、凶器を持った人形。


 ジャコは掴み掛かる支配人を振り払うと、少年の元に駆け出した。

 そして、人形と少年の間に滑り込み、不格好なファイティングポーズを取る。


 咄嗟に駆け出したジャコだが、人形を止める策など何もなかった。

 だが、開発者として、自分の創りだしたもので誰かが怪我をしてしまうことだけは、我慢がならない。


 目を赤く光らせ、ジャコに殴り掛かる人形。

 ジャコは頭の上で腕をクロスし、人形の振るう楽器を受けとめようとした。

 歯を食いしばり、腕に走る激痛を覚悟する。

 と――


 横から飛来した剣が、人形の頭部を串刺しにした。


 人形は、剣が貫通した個所を中心にして大きくひび割れると、薄氷が砕けるようにバラバラに割れて消滅した。

 目を丸くして、その光景を見つめるジャコ。

 そんな彼に、淡々とした声が掛けられる。


「あんたのプログラマとしての実力は認めないけど、その心意気や良し……かしら」


 茫然と、剣が飛来した方角に振り返るジャコ。

 そこには黒い猫を肩に乗せた、吊り目の少女が悠然と立っていた。


「だから今回は特別に、助けてあげる」


 そう言うと、エマはにやりと笑った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ