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プログラマーズ  作者: 管澤捻
幕間2
16/18

野球のルール詳しくないけど、大目に見てほしい

――あらすじ――


万物を創造するプログラミング。

ジャコからプログラミングの仕事を紹介されたエマとルナ。

それは野球同好会のピッチャーをプログラミングしてくれというものだった。

勝手なことばかり言うクライアントに憤慨しつつ、

ついに試合の日が訪れた


挿絵(By みてみん)

 ブラックダイヤモンズ。

 それが筋肉三人衆の所属する、野球同好会のチーム名だという。


 広場の中心で整列する、ブラックダイヤモンズの九名。

 大方の予想はついていたが、その誰もが禿頭の、黒光りする筋肉の持ち主であった。


 三人並んでいるだけでも、飲食に支障をきたす黒光り筋肉。

 それが三倍の九人に増え、ルナは一時的に思考が凍結する。


 ブラックダイヤモンズと向かい合うように整列したのは、今日の試合の相手となるバードフィッシュの面々だ。

 鳥なのか魚なのかはっきりしない名前だが、ブラックダイヤモンズよりは、まっとうな野球をしそうな、適度な筋肉がついた体格をしていた。


 だがブラックダイヤモンズの面々は、相手の体格を見て嘲笑う。


「ふはははは。

 これは何の冗談だ。

 我々はどこぞのお嬢さんと試合をするのかな?」


「うむ。

 その細腕では、たかだか百五十キロのバーベルすら持ち上げられまい」


「然り。

 野球などまどろっこしいことせずとも、腕立ての回数で決着をつけてはどうか」


 筋肉九人衆が「がははは」と一斉に笑う。

 理不尽な理由で笑われたバードフィッシュ。

 だが彼らはブラックダイヤモンズのこの反応に慣れているのか、爪の間に入ったゴミを取っていたり、あくびを噛み殺していたりしていた。


 広場の中心で挨拶を終えたブラックダイヤモンズがベンチに戻ってくる。

 すると筋肉の一人がルナとエマの前に立ち、「むん」とフロントバイセップスを決めた。


「我らの試合を見られるとは幸運だな。

 一生の思い出としても構わんぞ」


「しないわよ。

 こんな草野球以下の試合なんて。

 だいたい――」


 エマが背後を指差す。


「なんだって同じ広場でテニスをしているやつがいるのよ」


 ルナが背後を振り返ると、確かにそこには簡易なテニスコートがあり、プレイヤーと思しき数人の若い女子たちが、ベンチで談笑――休憩中なのか――していた。


 筋肉が「仕方あるまい」と頷く。


「ここは公共の場だ。

 我らの貸し切りにはできんのだ」


「ボールが飛んだら危ないでしょうが」


「それは問題ない。

 テニスコートとは高いフェンスで区切られているからな。

 まあ特大ファールなぞ出れば飛び越えるやも知れんが、軟弱な彼奴らにそれだけのパワーはなく、我らはファールを打つようなヘマなどしない」


 筋肉は「それよりも」と、エマをじろりと見やる。


「ピッチャーはプログラミングできたのだろうな」


「……当たり前でしょ」


 エマの答えに、満足そうに頷く筋肉。


「結構。

 ではさっそくその成果を見せてもらおう……といいたいところだが」


 筋肉が「はあ」とバックラットスプレッドを決める。


「まずは我々がほこるピッチャーから投げさせてもらおう」


「はあ?

 どういうことよ」


 不機嫌そうに口を尖らせるエマ。

 筋肉――ポージングの都合上後ろを振り向いている――は「まあ聞け」と彼女を宥める。


「我々とてプライドがある。

 それに全投球をプログラムされた人形に投げられては、この鍛えた筋肉が泣くというものだ。

 貴様のピッチャーは押さえの切り札として使わせてもらう」


「……好きにすれば。

 こっちはお金さえ貰えれば文句ないから」


 エマの言葉を受け、筋肉がポージングをしたまま、スライドするように去っていく。


「プレイボール」


 審判が高らかに開始の合図をあげる。


 一回の表。

 守備のブラックダイヤモンズは各々決められたポジションにつく。

 そしてピッチャーマウンドに一人の筋肉が立った。


 相変わらず見た目に違いのない筋肉九人衆。

 だがピッチャーの筋肉だけは、毛深いのか、ユニフォームの隙間からモサモサした胸毛がこぼれていた。


 取り敢えず、ルナは口元を手で押さえ、こみ上げる吐き気をこらえた。


「ゆくぞ。

 軟弱者ども。

 我が鍛え上げた筋肉よりほとばしる投球。

 その身に受けるがいい」


 その身に受けてはデッドボールだ。

 そんな細かいツッコミを内心でしつつ、ルナは固唾を呑んで、ブラックダイヤモンズの第一球を見守る。


 ピッチャーが腕を振り上げ、投球の構えを取る。

 そして脚を振り上げ――


「くらえええええええええ!」


 ユニフォームを脱ぎ捨てて、モストマスキュラーを決めた。


「おおおおおおおおおおおおおおお!」


 ブラックダイヤモンズの仲間の面々から、興奮した声が上がる。


「分厚い!

 分厚いぞ!」


「大きい!

 まるでスイカだ!」


「切れてる!

 切れてる!

 ボディビル界の切り裂きジャックか!」


 仲間の声援に心を良くしたピッチャーが、「むん」とポージングを変える。

 そして――


「ボーク」


 審判が冷めた様子で反則をコールした。

 バッターボックスについていたイーグルフィッシュの選手が、淡々と一塁に走る。


 そして二番手のバッターが、バッターボックスについた。


「ふおおおおおおおおおおお!」


 ピッチャーがサイドトライセップスを決める。


「ボーク」


 三番手がバッターボックスにつく。


「ぬりやああああああああ!」


 ピッチャーがアブドミナルアンドサイを決める。


「ボーク」


 四番手がバッターボックスにつく。


「けりゃあああああああああああ!」


 ピッチャーがフロントラットスプレットを決める。


「ボーク」


 押し出しで一点を取られる。


「タイム」


 ブラックダイヤモンズがタイムをコールし、各々がベンチに戻ってくる。


 何故か息を切らしている筋肉九人衆。

 そのうちの一人が、口惜しそうに言う。


「貴様のピッチャーの出番だ」


「あんたら馬鹿なの?」


 半眼のエマが冷たく言う。


 彼女は大きく溜息を吐き、懐から直径一センチほどの赤い球体を取り出す。


 筋肉が怪訝に眉をひそめる。


「それはなんだ?」


「これはコードを永続的に保存できるよう、特殊な加工を施した暗黒物質(ダークマター)よ。

 あたし達はライブラリって呼んでるわ。

 本来、暗黒物質(ダークマター)に書き込んだコードは時間とともに拡散し、消えていくんだけど、このライブラリに書き込んだコードは拡散することがない。

 そのライブラリにこうして――」


 エマの頭の上に黒猫――ユーリが乗り、「にゃああ」と一声泣いた。


 ユーリから黒霧が立ち上る。

 そしてその黒霧がエマの掲げるライブラリを中心として、旋回を始める。


 エマがぽいっとライブラリを前方に投げる。

 すると、ライブラリに書き込まれていたコードが黒霧へと転写され、そのコードに従い黒霧が姿を変えていく。


 激しく火花を散らして変化する黒霧。

 それを見据えながら、エマが淡々と説明を続ける。


暗黒物質(ダークマター)をまとわせることで、ライブラリに書き込んだコードが暗黒物質(ダークマター)転写される。

 しかも人間の思考により組まれた一時的なコードと違って、ライブラリから転写されるコードは、常に更新されて永続される。

 つまり簡単に言えば、恒久的なプログラムができるってわけ」


 そしてライブラリを核として、一つのプログラムが完成する。


 丸い頭に寸胴の体。

 マッチ棒のように細い腕と脚に、潰れたパンのような手足。

 ブラックダイヤモンズの野球帽と、胸に上腕二頭筋のイラストをあしらったユニフォーム。


 簡略化された野球人形がここに創造された。


「おお!」


 筋肉九人衆がどよめく。


「プログラムとは初めて見るが、なるほど。

 これは不思議なものだな」


「うむ。

 正直我は感動しているぞ。

 主に仕事を依頼して正解だった」


「然り。

 所詮は民間プログラマか。

 程度が低い。

 だから我は黒の匣が良か――」


 『然り』の筋肉が言い終わる前に、エマがぱちんと手を打ち鳴らす。

 するとピッチャー人形の口が開き、そこから轟音を立てて硬球が撃ち出された。


「ぐぼぉおおおおああああ!」


 人形から撃ち出された硬球を脇腹に受け、『然り』の筋肉が錐揉み状に宙を舞う。


 ぐしゃりと頭から落下し、動かなくなる『然り』筋肉。

 そんな筋肉をきっぱりと無視して、エマが解説をする。


「見ての通り、手を叩く音に反応して弾を撃ち出すから。

 うまく使いなさいよ」


「なぬ?

 自動的に投げてくれるわけではないのか?」


 驚く筋肉に、エマが「あのね……」と苛立たしげに頭をポリポリと掻く。


「自動的に投げるプログラムを組むのが、どれほど面倒だと思っているのよ。

 バッターがボックスについて、キャッチャーが構えて、走塁がないか気を配って、その上で投げる?

 あんたらのはした金でそこまで組んでやる義理はないわ。

 自分が投げてほしいタイミングで手を叩けばいいんだから、別に問題ないでしょ?」


「しかし……毎度手を叩くのは面倒――」


「うっさい!

 あたしに全て任せるって言ったんだから、文句言うんじゃないわよ!

 いやならこの場で、この人形をバラバラに破壊したっていいんだからね!

 もちろん、そっちの都合で契約を反故にするんだから、金はきちんと払ってもらうわよ!」


「ぬう……」


 筋肉が呻き、不承不承の体で頭を振る。


「仕方あるまい。

 ようは試合に勝てれば良いのだからな。

 ではピッチャーよ。

 さっそく登板してもらおうか」


 ビシリとピッチャーマウンドを指差す筋肉。

 そこにエマの冷たい言葉が掛けられる。


「運びなさいよ。

 そいつ歩けないんだから」


「むう……」


 ピッチャー人形を、ブラックダイヤモンズのメンバーが四人掛かりで、ピッチャーマウンドまで運ぶ。


 そして試合が再開された。


 キャッチャーが気合を入れるためか、立ち上りメンバーに呼び掛ける。


「皆の者!

 しまっていこうぞ」


 そしてパンとグローブを叩き――


 グシャ!

 とピッチャー人形の口から撃ち出された硬球に鳩尾を貫かれ、キャッチャーは泡をふいて崩れ落ちた。


「うぉおおおおおおおおい!」


 筋肉の一人が非難がましい目で、エマを睨みつけた。

 だがエマは悪びれる様子もなく、手をプラプラと振る。


「グローブを叩いて音出したんだから、当然じゃない」


「今のは手を叩いたわけではないぞ」


「それに近い音なら反応するのよ。

 気をつけてよね」


 ブラックダイヤモンズの新しいキャッチャーが、音を立てないよう最新の注意を払いながら、おっかなびっくりキャッターズボックスに座る。


 バッターボックスにバッターが立ち、状況が整ったところで、キャッチャーがパンとグローブを叩いた。


 バッシュ!

 とピッチャー人形の口から撃ち出された硬球が、キャッチャーのグローブに吸い込まれる。


 バシィ!

 と空気が痺れるような音が響く。

 バッターは棒立ちで、ピッチャーの投球にまるで反応ができていなかった。

 審判が腕を振り上げ「ットラーク!」と叫ぶ。


「いぃよっしゃあ――ぐぼあ!」


 ガッツポーズをしようとしたキャッチャーの顔面に、連続して人形から撃ち出された硬球が叩きつけられた。

 マスクがはじけ飛び、キャッチャーが鼻血を噴き出して倒れる。


「またもや、うぉおおおおおい!」


 エマを激しく睨む筋肉達。

 エマは少し不思議そうに首を傾げていたが、暫くしてから「ああ」と人差し指をピンと立てた。


「捕球音が手の叩く音と近かったのね。

 これは考えていなかったわ」


「どうするのだ!

 ボールを捕るたびにまたボールを投げられては、たまらんぞ!」


 至極まっとうな筋肉の非難に、エマが機嫌悪そうに唇を尖らせる。


「別に捕らなきゃいいじゃない。

 体で受け止めなさいよ。

 プロテクターは何のためにあるのよ」


「少なくともその為ではない!」


「うっさいのよ!

 自慢の筋肉があるんだから、それぐらい平気でしょ。

 試合に勝つためよ。

 多少の犠牲ぐらい覚悟しなさいよ」


 滅茶苦茶なことをいうエマ。

 さすがに納得し難いのか、筋肉達が「うぬぬぬ」と拳を震わせている。

 すると――


 突然、グランドに突風が吹く。

 もともと平らではないピッチャーマウンドで、アンバランスだったピッチャー人形。

 それがバタンと横倒しになる。


 エマが慌てて――誤魔化し半分――、倒れた人形を指差す。


「ほら。

 人形が倒れたわよ。

 ちゃんと立たせてやりなさいよ」


 筋肉が「ええい。

 面倒な」と、倒れた人形へと近づいていく。


 その時――


「それじゃあ、いくわよ♪」


 背後のテニスコートから、妙にキャピキャピとした女の子の声が聞こえてきた。

 休憩を終えた女の子が、再びテニスを始めるようだ。


「そーれ♪」


 スポン!


「ぐばああ!」


 背後からテニスボールを打つ音が聞こえた直後、前方から野太い男の悲鳴が聞こえた。


 横倒しになった人形が、テニスボールを打つ音に反応し、人形の態勢を立て直そうと近づいてきた筋肉に、硬球を叩きつけたのだ。


「あれ?」


 これは予想外だったのか、エマが目を丸くする。

 だが惨劇はまだ終わらなかった。


 横倒しになった人形が、自分の撃ち出した弾の威力に押され、その場で体を回転させる。

 そして――


「えーい♪」


 スポン!


「げぇばああ!」


 テニスの返球する音で、体を回転させている人形から硬球が撃ち出され、二塁を守っていた筋肉の顎を跳ね上げた。

 さらに硬球を撃ち出した勢いにより、人形の回転速度がより高まる。


「なんの♪」


 スポポン!


「ふぐぁあああ!」


「負けないわよ♪」


 パーン!


「がぼああ!」


「いやーん♪」


 スペポン!


「うげれべらごらはばああ!」


 テニスボールの打ち返す音が背後から聞こえるたびに、体を回転させた人形から、四方八方に硬球が撃ち出され、筋肉達や対戦相手が無差別に打ち倒されていく。


 鼻血を吹き、ゲロを吐き、苦悶に涙を流し、次々とマウンドに沈んでいく選手達。

 まさに阿鼻叫喚の様相となったグランドを眺めていたエマが、「ふむ」と腕を組む。


「音を認識するプログラムが少しバグっていたのかしら。

 細やかなバグで大惨事を招くなんて、やっぱりプログラミングは奥が深いわ。

 まあ、そこが面白いところでもあるけど」


 そう身勝手な感想を述べ、エマがベンチからサッと立ち上がる。


「……もう帰りましょうか。

 ルナ」


「……そうだね。

 エマ」


 グランドを逃げ惑う両選手を尻目に、ルナとエマは帰路へとついた。

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