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プログラマーズ  作者: 管澤捻
プログラマの殺人鬼
11/18

ウィザード

――あらすじ――


万物を創造するプログラミング。

『黒の匣』のプログラマを狙った殺人事件が発生。

妹の仇討ちで殺人鬼と戦うエマだが、

致命的なダメージを受け身動きが取れなくなる。

そんな彼女の前に、師である男。

ウィザード・サリムが姿を現す。


挿絵(By みてみん)

 ジャコ・ベルモンドは自身をプログラミングの天才だと、自負している。

 それは正誤の証明などする必要がないほどの、自明というものだ。


 命あるものはいつか死ぬ。


 人は水の中で息をすることができない。


 鳩の糞は必ず脳天に着弾する。


 それら議論する予知もない事柄と、同じ分類でフィルタリングされるモノだ。


 そんなジャコの前に現れた、二人の双子の少女。

 気が弱いながらも強い意志を時折覗かせる少女ルナ。

 そして、暴力が鬼の皮をかぶったような自己中心的少女エマ。


 彼女達は、ジャコが今まで出会った者達の中で、間違いなく十指に入る才能を持つ、プログラマであろう。

 彼女達の年齢を考えれば、唯一かも知れない。


 だがそれでも、ジャコは自分の天才的センスをまるで疑うことはなかった。

 彼女達は確かに優秀なプログラマだが、だからといって自身の天才性が崩れるわけではない。


 天才とは相対的であってはならない。


 天才とは絶対的基準により判断される。


 ゆえに自分は天才だ。


 ジャコは自分をごまかしているわけではない。

 本当に、心の底から、遺伝子レベルから、魂の芯から、そう信じている。

 それは彼にとって決して揺るぎない、彼という本質だった。


 その彼が――


 困惑していた。


 自身の本質さえも揺るがしかねない存在に、ジャコはただただ混乱していた。


 サリム・レステンクール。

 黒の匣より、ウィザードの称号を受けた、当代を代表する天才プログラマ。


 彼がその存在であることは知っていた。

 社会的評価であれば、今の自分が彼に劣っていることも理解していた。


 だが所詮時間の問題だと、高を括っていた。

 あと数年もすれば、自分もウィザードの称号を授かる。

 それを確信していた。


 だがしかし――


(今のは何なんだ?)


 プログラマは、他者の組んだプログラミングを解読することができる。

 それは誰にも覆すことができない、決まりごとだった。


 プログラミングとは、暗黒物質(ダークマター)にコードを書き込む作業であり、その書き込まれたコードは、どうしたって隠すことができない。

 簡単に言えば、プログラムの設計図を、他者に向け大々的に公開しているようなものだ。


 サリムが組み上げたプログラミング。

 当然、彼が書き込んだコードの内容は、ジャコにも見えていた。

 知覚することができていた。

 だが――


(理解ができない)


 複雑だからとか、規模が大きいからだとか、そう言ったレベルですらない。

 黒の箱で習う、既存プログラミングの根底。

 それとはまるで異なる、法則性で組まれたプログラム。


 全く新しい理論により構築された世界創造。


(サリム・レステンクール……)


 異次元のプログラムを組んだ彼は、まばゆい光の中に包まれ、姿を消した。


 彼の話しによれば空間転移だと言うが――


(異空間をも創り上げるプログラムだって?

 そんなの……)


 それこそ神の御業じゃないか――


 ジャコは生まれて初めて、自分の才能に疑問を覚えていた。




 エマは扉に寄り掛かると、その場でぐったりと座り込んだ。


 庭園にいる蓬髪の男。

 殺意の込められた濁った眼を、突き刺すようにこちらに向けている殺人鬼。


 その殺人鬼とエマとの間に、突如として現れた男。

 闇に溶け込むような黒コートを羽織る青年。


 サリム・レステンクール。


 ウィザードの称号を持つ、


 天才プログラマにして――


 エマとルナ二人の先生。


 エマは、今にも落ちそうな意識の手を握り、眼前に立つサリムに愚痴をこぼす。


「大事な時に留守だなんて……本当に役に立たない先生よね」


「……お前の暴走が原因だろ。

 本来なら、尻拭いぐらい自分でやるべきだ」


 エマに振り返ることもなく、ぼやくように言ったサリム。

 その彼の声を聞き、エマは殺人鬼を目の前にして、安堵する。


 自分は助かったのだと。


 それをサリムに悟られるのは、エマにとって屈辱だった。

 だからこそ、それを誤魔化すために、語尾を強めてサリムに言う。


「いいから……早く終わらせちゃってよ……もう……疲れた……」


「……そうだな」


 サリムはどうという様子もなく、そう呟いた。

 黒の匣のプログラマを殺害し、エマでさえ手も足も出せなかった殺人鬼を前にして、彼は軽い調子で請け負ったのだ。


 殺人鬼を倒すと。


 サリムは殺人鬼の実力を、見くびっているのかも知れない。

 所詮は、一般人を襲い悦に浸るだけの小物だと、馬鹿にしているのかも知れない。

 それこそ、エマが殺人鬼を当初そう評価していたように。


 その結果として、エマはこうして汚い地面に尻を付け、身動きできずにいる。


 だがエマは特に心配などしていなかった。



 なぜなら、サリムが殺人鬼にどれだけ低い評価をつけていようとも――


 その評価を超えることさえ、殺人鬼には決してできないのだから。


 サリムが一歩、殺人鬼に近づく。

 強く踏み込むわけでもなく、フェイントを駆使するわけでもない。

 何の緊張感もない、ただの一歩。


 その何気ない一歩に、殺人鬼が反応した。


 殺人鬼の全身から黒霧が噴き出し、そこから不可視の弾丸がはじき出される。

 圧縮された空気による攻撃。

 直撃すれば、内臓をズタズタにシェイクされるほどの、衝撃を伴った凶器。

 だが――


 パンッ!


 軽い音を立てて、不可視の弾丸はサリムの手前で、分解して消えた。


 怪訝に眉をひそめる殺人鬼。

 サリムはフラフラと不安定に歩きながら、ボソリと言う。


「ハッキングだ。

 お前もプログラミングを扱う者なら、見たことぐらいはあるだろう」


「……不可解だ。

 私のプログラムは、お前に接触する前に、破壊された」


 殺人鬼の疑問に、サリムは授業でもするようにつらつらと語る。


暗黒物質(ダークマター)に触れなければコードを書き込めない……一般的にそう言われているが……厳密には違う。

 ただ、術者と暗黒物質(ダークマター)との間に障害物が挟まれば、書き込まれるコードにノイズが混入するというだけにすぎない。

 ならば、多少のノイズが混じろうと、実行可能なプログラムを構築すればいい」


 口では簡単に言えるが、それが容易でないことは、多少なりとプログラムの知識を持つエマには、よく分かっていた。


 コードにノイズが無作為に混じるということは、一流の絵画に、ペンキの入った霧吹きを吹きかけられるようなものだ。

 丹精込めて描き上げた絵画が、一瞬にして、ただのガラクタとなる、避けようもない事象。


 だがサリムの描き上げた絵画は、その事象すらも受け、一流の絵画に仕立て上げた。

 サリムは、その霧吹き(ノイズ)を予め見越して、その汚れた絵画(劣化したプログラム)ですら、《・》として誤魔化(補正)したのだ。


 そのような芸当ができる芸術家(プログラマ)など、サリムを置いて他にいない。


 まさに魔法使い(ウィザード)の称号に恥じない、魔法(プログラミング)と言えよう。


 殺人鬼もそれが分かったのだろう。

 表情の乏しい鉄面皮が、僅かに震える。


「お前は……誰だ?」


「……サリム・レステンクール……無所属(フリーランス)のプログラマだ」


 殺人鬼は、サリムの解答を吟味するように、黙り込んだ。

 そしてサリムとの距離が五メートルほどに近づいた時、ポツリと言う。


「お前……二代目(セカンド)か?」


 殺人鬼の奇妙な問い掛けに、サリムの足が止まった。

 エマには、殺人鬼の言葉の意味が分からなかった。

 だがサリムには思うところがあったのか、沈黙して立ち尽くす。


「……そうか……お前はジジィの遺産……」


 サリムの呟きが、エマの耳にギリギリ届いた。

 恐らくサリムは、誰に聞かせるわけでもない、独り言だったのだろう。

 それほどに、彼の声は小さく、そして――


 感情が込められていた。


 殺人鬼が大きく足を踏み出し、サリムに向かって駆け出した。

 プログラミングではサリムを攻撃することができない。

 ゆえに、肉弾戦に切り替えたのだろう。


「うぉおおおおお!」


 エマと戦っている時は、全ての攻防を冷徹に処理していた男が、咆哮を上げてサリムに踊りかかった。


 だが、サリムは構える様子すらなく、アンバランスに身体を左右に揺らしている。


 殺人鬼とサリムが接触。


 そして、エマが瞬きした次の瞬間には、殺人鬼がサリムの前に崩れ落ちていた。


 殺人鬼が腹部を押さえて苦しんでいる。

 その様子を見る限り、恐らくサリムは殺人鬼に攻撃を仕掛けたのだろう。

 だがエマには、サリムのその挙動がまるで見えなかった。


「ぐ……ううう」


 殺人鬼が腹部を押さえ、フラフラと立ち上がる。

 まるで微動だにしなかった殺人鬼の表情が、大きく歪み、大量の脂汗をかいていた。


「さすがに頑丈だな……一撃では無理か」


 サリムの呟き。

 殺人鬼は歯を食いしばると、ゆっくりと腹部に当てた手をどけた。


「え?」


 殺人鬼が腹部からどかした手。


 そこには――


 何もなかった。


 本来、あるはずの脇腹がごっそりと削げ落ち、大きな空洞が身体に空いているのだ。


 当然だが、あのような傷を負って、人が生きられるはずがない。

 よしんば生き長らえたとしても、そこから大量の出血がないのは、明らかに異常だった。


「何なのよ……こいつ……」


 拳銃で撃たれようと――


 身体を串刺しになろうと――


 死ぬことがない殺人鬼。


 その奇妙な特性と、この身体に空いた空洞は、何か関係があることなのだろうか。


 息を荒げ、サリムを睨む殺人鬼。

 今までの傷とは異なり、腹部に空いた傷に関しては、殺人鬼も大きな苦痛を感じているようだ。


二代目(セカンド)……貴様と出会うのは……早すぎた……」


 殺人鬼が苦々しく言う。


 エマからでは、サリムの姿は背中しか見えない。

 だから、次の言葉をサリムがどんな表情で話をしたのか、エマは知る由もない。


「俺は二代目(セカンド)ではない」


 だがその声から、エマの頭の中で連想されたサリムの表情は――


「落ちぶれた……プログラマだ」


 皮肉げに笑っていた。


 サリムが殺人鬼の顔に掌をかざす。

 するとその途端、殺人鬼の全身が青白く輝き――


 無数にひび割れていった。


「くっ……はっはっはっはっはっはっ!」


 エマには、何が起こっているか、まるで分からない。

 ただ、殺人鬼の苦痛に歪んでいた表情に、自虐的な笑みが浮かんだことで、根拠もなく悟る。


 殺人鬼が消滅することを。


「はっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!」


 不気味な哄笑を残して――


 殺人鬼は青白い光の中に、消えた。


 エマは呆然と、殺人鬼の最後を見ていた。

 まるで白昼夢にでも襲われたように、実感がまるで沸かない。


 殺人鬼と出会い――


 殺人鬼と戦い――


 殺人鬼が消えた。


 それらは確かに、現実に起こった出来事のであるはずだ。

 だがそれを示す、殺人鬼の存在が消滅してしまった。


(まるでプログラミングで造った物質(オブジェクト)のように……)


 或いは、今日の出来事全てが、何者かによってプログラミングされた物語(オブジェクト)ではないだろうか。

 そんな愚にもつかないことを考える。


 全ては作り物で――


 全ては偽りで――


 全ては嘘っぱちだった。


 エマは苦笑する。


 そうであれば、どれほど幸せであろうか。


 そうであれば、どれほど救われるだろうか。


 殺人鬼の存在も――


 殺人鬼と出会った事実も――


 殺人鬼に傷付けられたモノも――


 何もかも、なかったことには出来ないだろうか。

 そう切に願う。


(だって……そうよね……)


 そうすれば、無くしたモノを取り戻せる。


 そうすれば、失くしたモノを取り戻せる。


 そうすれば、亡くしたモノを取り戻せる。


(ねえ……ルナ)


 そうすれば、ルナにもう一度会える。


 ――――


 ――――


 エマは意識を失った。



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