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プログラマーズ  作者: 管澤捻
プログラマの殺人鬼
10/18

殺人鬼の殺人

――あらすじ――


万物を創造するプログラミング。

『黒の匣』のプログラマを狙った殺人事件が発生。

殺人鬼に妹のルナが殺されていることを知ったエマは

妹の仇をうつため殺人鬼を殺す決意を固め、

殺人鬼との再戦に挑む。


挿絵(By みてみん)

「にゃあ~」


 肩に乗った黒猫のユーリが一声鳴き、その身体から大量の黒霧を噴き出した。

 エマの意志によりユーリから抽出された万物の材料――暗黒物質(ダークマター)だ。


 暗黒物質(ダークマター)がエマの周囲を旋回しながら、徐々にその密度を濃くしていく。

 そして、暗黒物質(ダークマター)が一定量に達した時、エマによるプログラミングが開始される。


 暗黒物質(ダークマター)に書き込まれる神の言語。

 そのコードに従い、暗黒物質(ダークマター)が万物を形創る。

 利用された暗黒物質(ダークマター)の容量が、そのままコードに従い創られた物質(オブジェクト)の、体積や運動エネルギーへと交換され、現実で実行される。


 万物の創造。


 幾度も経験した手順を踏み、エマは構成したプログラムを実行する。


 エマの頭上に、五本の剣が創造される。

 特徴のない肉厚な刃は、空中で一震えした後、前方に向かって高速で飛翔した。

 狙いはエマの眼前に立つ蓬髪の男。

 何人ものプログラマを拉致し、殺害している殺人鬼。

 そして――


 妹の仇。


 エマの放った剣は、殺人鬼の一メートルほど手前で、突然止まった。

 まるで不可視の壁に突き刺さったように、剣はピクリとも動かず、程なくしてパラパラと砕けて消失する。


 殺人鬼の全身から、黒霧が立ち上っているのが見えた。

 恐らく、殺人鬼のプログラミングにより、圧縮空気の壁を創り出したのだろう。


(その程度のことは予想済みよ)


 エマは剣の実行プログラムと同時に、暗黒物質(ダークマター)に書き込んでいたもう一つのプログラムを実行する。


 エマから殺人鬼の頭上へと、右に歪曲した白い階段状の物質(オブジェクト)が創造される。

 エマはその階段を使い、殺人鬼の頭上へと駆け上った。


 殺人鬼の視線が、エマの動きを追い掛ける。

 エマは走りながらユーリに意識を投射し、再びユーリから暗黒物質(ダークマター)を抽出する。


 一連の手順から、プログラミングの実行。

 創造されたモノは、直径一メートルほどの巨大な鉄球だった。


 それを、殺人鬼の頭上めがけて落とす。

 重力により加速された超重量の鉄球は、先程殺人鬼が創った圧縮空気程度なら、容易にぶち抜き対象を潰すことができる。


 だが殺人鬼の反応は素早かった。

 殺人鬼は空中に鉄球が創造されてすぐ、その落下範囲から身を躱した。


 エマは舌打ちをすると、創造した階段から身をおどらせる。


 特殊な機器を用いずにプログラミングされた物質(オブジェクト)は、その実体化している時間が極端に短い。

 エマの創造した階段は、エマがそこから飛び降りた直後に、バラバラに自壊した。


 エマは宙で態勢を捻り、殺人鬼の脳天に踵を振り下ろした。

 殺人鬼がそれを右腕でガードする。

 即座にエマは身体を回転させ、足首を掴もうとする殺人鬼の手から逃れると、地面に着地して、殺人鬼の懐に潜り込む。


 超近接距離から、殺人鬼の鳩尾に肘を突き刺す。

 かなり深々と肘が刺さったはずだが、殺人鬼は苦悶の表情すら見せずに、大股で後退してエマとの距離を空けた。


 エマが殺人鬼を追随しようと、右脚を踏み出す。

 だが咄嗟に閃き、身体を左へと投げる。

 その直後、足元からエマの右腕をかすめて、拳大ほどの石礫が通り過ぎた。


 ゴロゴロと身体を転がして、殺人鬼から距離を開けるエマ。

 五メートルほど殺人鬼から離れると、彼女は立ち上がり、殺人鬼を鋭く見据えた。


 殺人鬼の目が、僅かに見開かれていた。

 エマは口に入った土をペッと吐き出し、言う。


「二度も同じヘマはしないわよ」


「……そのようだな。

 よく足元からの物質(オブジェクト)に気がついたものだ」


 からくりは不明だが、この殺人鬼は全身から暗黒物質(ダークマター)を生み出すことができる。

 以前はそれが腕からだと決めつけていたため、不意を突かれ大きなダメージを負ってしまった。


「それにしても、石礫とは舐められたものね。

 あの程度じゃ、あたしは死なないわよ」


「お前を殺そうとは思っていない。

 お前は基調なサンプルだ。

 先程はより価値の高いサンプルを見つけたため、お前を見逃したが、それが失われた以上、今度こそお前を頂く」


 より価値の高いサンプルが失われた。

 つまり、ルナを殺したということだ。


「どうせ殺すんでしょ?

 なら今殺すのも大差ないんじゃないかしら?」


「闇雲に殺しているわけではない。

 私はより高い次元に到達するために、優秀なプログラマを構成するコードを理解しなければならない。

 その解析において、副次的に発生する事象が、対象の死亡だということにすぎない」


「そんなにプログラマをバラしたいなら、あたしがあんたを殺してやるわよ。

 死に際に自分のコードとやらを確認して、興奮して死になさい」


「悪くない案だが、私はまだ成長しなければならない。

 今は辞退させてもらおうか」


 殺人鬼はそう言うと、右手の人差し指をエマに突きつける。


「さて、私は面倒だと考えている。

 先程の一撃で片が付けばよかったが、どうにも今のお前は厄介なようだ。

 無論、お前を殺すつもりなら、すぐにでもヤれる。

 だがそれではお前を生きたまま解析することができない。

 ならばどうするか。

 私の結論はこうだ。

 お前の厄介なプログラミングを封じればいい」


「あんた馬鹿なの?

 べらべらと喋ってさ。

 あたしのプログラミングを封じる?

 できるものならやってみなさいよ」


「私は何もしない。

 するのはお前の方だ」


「は?」


「見たところ、お前のプログラミングに使用する暗黒物質(ダークマター)は、その肩にいる黒猫から得ているようだな」


 殺人鬼の言葉に、ユーリが答えるように一声鳴いた。


暗黒物質(ダークマター)により構成された生物か。

 見たところ、かなりの暗黒物質(ダークマター)を蓄えておけるようだが、限界はある。

 そうだな。

 その猫、昼間見たときよりも、身体が薄くなっている」


「……」


 それはエマにも分かっていた。

 ユーリの身体は、向こう側が透けて見えるほどに、薄くなっている。


 中小規模のプログラムならば二回か三回、大規模プログラムなら一回で、ユーリの蓄えている暗黒物質(ダークマター)は底をつきてしまうだろう。


「プログラミングが使えなければ、お前は少々落ち着きのない子供にすぎない。

 拘束する術は幾らでもある。

 さあ――」


 殺人鬼は突きつけていた指を広げ、そこから大量の黒霧を立ち上らせた。


「プログラミングを使用してみろ。

 その時点で、お前の敗北が決する」


 殺人鬼の右手を中心にして、背景がぐにゃりと曲がった。

 エマは直感に従い、右に避ける。

 すると、先程までエマが立っていた地面が、破裂するように弾け飛ぶ。


 圧縮空気を投げつけてきたのだ。


 エマは舌打ちをすると、殺人鬼の周囲を回るように、走り出す。

 殺人鬼は、右掌をエマから逸らさぬよう、彼女の動きに合わせて、身体を回転させる。

 そして再び、掌から黒霧が立ち上り、空間が歪む。


 エマのすぐ後方で地面が弾ける。

 脚がもつれそうになるも、エマはそれを必死に修正して、足を止めずに殺人鬼の背後へと回り込もうとする。


「さあ、最後のプログラミングを使ってみせろ。

 プログラマよ」


 殺人鬼を中心にして走り続けていたエマは、いつの間にか、殺人鬼の背後に立っていた屋敷の玄関まで来ていた。

 エマはそれを確認すると、覚悟を決めて、その場に立ち止まる。


「ッ!

 調子に乗るんじゃ――」


 声を荒げ、両掌を殺人鬼にかざすエマ。

 だがその直後、殺人鬼の放った圧縮空気が、彼女に直撃した。


「――がっ!」


 エマはたまらず、後方に弾き飛ばされる。

 彼女の身体は、屋敷玄関前にある小さな階段を転げ上がり、両開きの扉へと強かにぶつかった。


 そしてエマは、その場で動くのを止めた。

 殺人鬼が拍子抜けしたように言う。


「お前のプログラミングを見る前に、決着がついたか……まあ、それもいいだろう」


 殺人鬼が、動きを止めたエマに向け、一歩足を踏み出した。

 と――


「冗談じゃ……ないわよ」


 殺人鬼の足が止まる。

 エマがうつ伏せのまま、顔だけ持ち上げて殺人鬼を睨みつけた。


「あたしの……プログラミング……見たいんでしょ……だったら……見せてやるわよ」


「その状態でか?

 プログラミングは集中力のいる作業だ。

 とてもまともなプログラムが組めるとは思えんがな」


 殺人鬼の指摘を、エマは「はっ」と笑い飛ばす。


「プログラムが……即時実行するモノだけなわけ……ないでしょ……必要な時に……必要なプログラムを実行することも……ある……例えば……」


 エマは、親指を立てた右手を殺人鬼にかざし、それを回して親指を下に向けた。


「一定時間後に……自動実行するプログラムだって……ある」


 その直後――


 庭園の全敷地内から、全長一メートルほどの鋭いトゲが突き出した。

 そのトゲは庭園に置かれた石畳を割り、荒れ果てた花壇を蹂躙し、水の出ない噴水を砕き、そして――


 殺人鬼の身体を串刺しにした。


「――これは……?」


 殺人鬼の呟き。

 それに答える義理などないが、エマは応えてやる。


「あんたが屋敷から出てくる前に……地面にプログラムを埋め込んでおいた……一定時間後に……実行されるプログラムをね……後はあんたをこの場におびき寄せれば……あんたを殺すことができる……」


「――」


 殺人鬼はエマの応えに、何の反応も示さなかった。

 地面から突き出したトゲが消失すると、殺人鬼の身体が、支えを失った人形のように、力なく地面にバタリと倒れた。


 エマはその様子を見て、陰鬱に思う。


 人を殺してしまった。


 それはルナを失った時から、覚悟していたことでもあった。

 だがそれでも、気がひどく沈んでいくのが分かる。


 エマは腕を伸ばして身体を地面から引き剥がすと、弱々しく呟いた。


「ルナ……ごめんね……取り敢えずあんたの仇は討っておいたから……」


 だが――


「つくづく、驚かされる」


 その声に、エマは背筋を凍らせた。


 目を見開き、殺人鬼が倒れていた場所を見やる。

 そこには――


 無傷で立つ、殺人鬼の姿があった。


「ただの猪突猛進と思えば、こんな罠をしかけていようとはな。

 初めに上空から攻撃を仕掛けてきたことも、私の意識を下に向けさせないための、策だったというわけか。

 たいしたものだ。

 お前は私が思う以上に、優秀なプログラマなのかも知れんな」


 そして、殺人鬼が一歩一歩、エマへと近づいてくる。


「お前を一度見逃したのは、失敗だったな。

 お前こそ、解析すべき対象だった。

 お前がここに来てくれて助かった。

 これでお前を、知ることができる」


 疲労と痛みから、腕も足も震えて、立ち上がることができない。

 新しいプログラムを組めるほど、集中力を維持することもできない。


 エマは絶望的な気分で悟った。


 殺される。


 と――


 エマの目の前に、黒い物体が滑り込んできた。

 それは――


「ユーリ?」


 黒猫のユーリは、音を立てずに歩いて、庭園へとピョンと着地した。

 そして――


「にやああああああああああああ!」


 身体中から黒霧を立ち上らせた。


 殺人鬼が僅かに目を見開き、足を止める。

 まだエマが、プログラムを組めるとは思っていなかったのだろう。

 だが――


(あたしじゃない……)


 エマにプログラムを組む余力など残っていない。

 今ユーリから暗黒物質(ダークマター)を抽出しているのは、()()()()()()()()()()()だ。

 そしてエマには、その()()()()()()()があった。


(来るなら……もっと早く来てよ……)


 ユーリから噴き出した黒霧が旋回し、黒い渦となって立ち上る。


 暗黒物質(ダークマター)を大量に使用して組まれる大規模プログラム。


 万物を創造する暗黒物質(ダークマター)により、異空間を創りだす。


 空間転移。


 旋回していた黒霧が晴れた時、そこには一人の男が立っていた。


 肩まで伸ばした、ボサボサの長髪。

 やる気のない垂れ下がった目。

 闇に溶け込むような、黒いロングコート。


 エマは突然現れたこの男に、最大級の歓迎の言葉を送った。


「もっと早くこい!

 この馬鹿先生がぁああああああああああ!」


 エマの師であるサリム・レステンクール。

 自身の弟子から上げられた罵声に、彼は小さく嘆息した。



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