殺人鬼の殺人
――あらすじ――
万物を創造するプログラミング。
『黒の匣』のプログラマを狙った殺人事件が発生。
殺人鬼に妹のルナが殺されていることを知ったエマは
妹の仇をうつため殺人鬼を殺す決意を固め、
殺人鬼との再戦に挑む。
「にゃあ~」
肩に乗った黒猫のユーリが一声鳴き、その身体から大量の黒霧を噴き出した。
エマの意志によりユーリから抽出された万物の材料――暗黒物質だ。
暗黒物質がエマの周囲を旋回しながら、徐々にその密度を濃くしていく。
そして、暗黒物質が一定量に達した時、エマによるプログラミングが開始される。
暗黒物質に書き込まれる神の言語。
そのコードに従い、暗黒物質が万物を形創る。
利用された暗黒物質の容量が、そのままコードに従い創られた物質の、体積や運動エネルギーへと交換され、現実で実行される。
万物の創造。
幾度も経験した手順を踏み、エマは構成したプログラムを実行する。
エマの頭上に、五本の剣が創造される。
特徴のない肉厚な刃は、空中で一震えした後、前方に向かって高速で飛翔した。
狙いはエマの眼前に立つ蓬髪の男。
何人ものプログラマを拉致し、殺害している殺人鬼。
そして――
妹の仇。
エマの放った剣は、殺人鬼の一メートルほど手前で、突然止まった。
まるで不可視の壁に突き刺さったように、剣はピクリとも動かず、程なくしてパラパラと砕けて消失する。
殺人鬼の全身から、黒霧が立ち上っているのが見えた。
恐らく、殺人鬼のプログラミングにより、圧縮空気の壁を創り出したのだろう。
(その程度のことは予想済みよ)
エマは剣の実行プログラムと同時に、暗黒物質に書き込んでいたもう一つのプログラムを実行する。
エマから殺人鬼の頭上へと、右に歪曲した白い階段状の物質が創造される。
エマはその階段を使い、殺人鬼の頭上へと駆け上った。
殺人鬼の視線が、エマの動きを追い掛ける。
エマは走りながらユーリに意識を投射し、再びユーリから暗黒物質を抽出する。
一連の手順から、プログラミングの実行。
創造されたモノは、直径一メートルほどの巨大な鉄球だった。
それを、殺人鬼の頭上めがけて落とす。
重力により加速された超重量の鉄球は、先程殺人鬼が創った圧縮空気程度なら、容易にぶち抜き対象を潰すことができる。
だが殺人鬼の反応は素早かった。
殺人鬼は空中に鉄球が創造されてすぐ、その落下範囲から身を躱した。
エマは舌打ちをすると、創造した階段から身をおどらせる。
特殊な機器を用いずにプログラミングされた物質は、その実体化している時間が極端に短い。
エマの創造した階段は、エマがそこから飛び降りた直後に、バラバラに自壊した。
エマは宙で態勢を捻り、殺人鬼の脳天に踵を振り下ろした。
殺人鬼がそれを右腕でガードする。
即座にエマは身体を回転させ、足首を掴もうとする殺人鬼の手から逃れると、地面に着地して、殺人鬼の懐に潜り込む。
超近接距離から、殺人鬼の鳩尾に肘を突き刺す。
かなり深々と肘が刺さったはずだが、殺人鬼は苦悶の表情すら見せずに、大股で後退してエマとの距離を空けた。
エマが殺人鬼を追随しようと、右脚を踏み出す。
だが咄嗟に閃き、身体を左へと投げる。
その直後、足元からエマの右腕をかすめて、拳大ほどの石礫が通り過ぎた。
ゴロゴロと身体を転がして、殺人鬼から距離を開けるエマ。
五メートルほど殺人鬼から離れると、彼女は立ち上がり、殺人鬼を鋭く見据えた。
殺人鬼の目が、僅かに見開かれていた。
エマは口に入った土をペッと吐き出し、言う。
「二度も同じヘマはしないわよ」
「……そのようだな。
よく足元からの物質に気がついたものだ」
からくりは不明だが、この殺人鬼は全身から暗黒物質を生み出すことができる。
以前はそれが腕からだと決めつけていたため、不意を突かれ大きなダメージを負ってしまった。
「それにしても、石礫とは舐められたものね。
あの程度じゃ、あたしは死なないわよ」
「お前を殺そうとは思っていない。
お前は基調なサンプルだ。
先程はより価値の高いサンプルを見つけたため、お前を見逃したが、それが失われた以上、今度こそお前を頂く」
より価値の高いサンプルが失われた。
つまり、ルナを殺したということだ。
「どうせ殺すんでしょ?
なら今殺すのも大差ないんじゃないかしら?」
「闇雲に殺しているわけではない。
私はより高い次元に到達するために、優秀なプログラマを構成するコードを理解しなければならない。
その解析において、副次的に発生する事象が、対象の死亡だということにすぎない」
「そんなにプログラマをバラしたいなら、あたしがあんたを殺してやるわよ。
死に際に自分のコードとやらを確認して、興奮して死になさい」
「悪くない案だが、私はまだ成長しなければならない。
今は辞退させてもらおうか」
殺人鬼はそう言うと、右手の人差し指をエマに突きつける。
「さて、私は面倒だと考えている。
先程の一撃で片が付けばよかったが、どうにも今のお前は厄介なようだ。
無論、お前を殺すつもりなら、すぐにでもヤれる。
だがそれではお前を生きたまま解析することができない。
ならばどうするか。
私の結論はこうだ。
お前の厄介なプログラミングを封じればいい」
「あんた馬鹿なの?
べらべらと喋ってさ。
あたしのプログラミングを封じる?
できるものならやってみなさいよ」
「私は何もしない。
するのはお前の方だ」
「は?」
「見たところ、お前のプログラミングに使用する暗黒物質は、その肩にいる黒猫から得ているようだな」
殺人鬼の言葉に、ユーリが答えるように一声鳴いた。
「暗黒物質により構成された生物か。
見たところ、かなりの暗黒物質を蓄えておけるようだが、限界はある。
そうだな。
その猫、昼間見たときよりも、身体が薄くなっている」
「……」
それはエマにも分かっていた。
ユーリの身体は、向こう側が透けて見えるほどに、薄くなっている。
中小規模のプログラムならば二回か三回、大規模プログラムなら一回で、ユーリの蓄えている暗黒物質は底をつきてしまうだろう。
「プログラミングが使えなければ、お前は少々落ち着きのない子供にすぎない。
拘束する術は幾らでもある。
さあ――」
殺人鬼は突きつけていた指を広げ、そこから大量の黒霧を立ち上らせた。
「プログラミングを使用してみろ。
その時点で、お前の敗北が決する」
殺人鬼の右手を中心にして、背景がぐにゃりと曲がった。
エマは直感に従い、右に避ける。
すると、先程までエマが立っていた地面が、破裂するように弾け飛ぶ。
圧縮空気を投げつけてきたのだ。
エマは舌打ちをすると、殺人鬼の周囲を回るように、走り出す。
殺人鬼は、右掌をエマから逸らさぬよう、彼女の動きに合わせて、身体を回転させる。
そして再び、掌から黒霧が立ち上り、空間が歪む。
エマのすぐ後方で地面が弾ける。
脚がもつれそうになるも、エマはそれを必死に修正して、足を止めずに殺人鬼の背後へと回り込もうとする。
「さあ、最後のプログラミングを使ってみせろ。
プログラマよ」
殺人鬼を中心にして走り続けていたエマは、いつの間にか、殺人鬼の背後に立っていた屋敷の玄関まで来ていた。
エマはそれを確認すると、覚悟を決めて、その場に立ち止まる。
「ッ!
調子に乗るんじゃ――」
声を荒げ、両掌を殺人鬼にかざすエマ。
だがその直後、殺人鬼の放った圧縮空気が、彼女に直撃した。
「――がっ!」
エマはたまらず、後方に弾き飛ばされる。
彼女の身体は、屋敷玄関前にある小さな階段を転げ上がり、両開きの扉へと強かにぶつかった。
そしてエマは、その場で動くのを止めた。
殺人鬼が拍子抜けしたように言う。
「お前のプログラミングを見る前に、決着がついたか……まあ、それもいいだろう」
殺人鬼が、動きを止めたエマに向け、一歩足を踏み出した。
と――
「冗談じゃ……ないわよ」
殺人鬼の足が止まる。
エマがうつ伏せのまま、顔だけ持ち上げて殺人鬼を睨みつけた。
「あたしの……プログラミング……見たいんでしょ……だったら……見せてやるわよ」
「その状態でか?
プログラミングは集中力のいる作業だ。
とてもまともなプログラムが組めるとは思えんがな」
殺人鬼の指摘を、エマは「はっ」と笑い飛ばす。
「プログラムが……即時実行するモノだけなわけ……ないでしょ……必要な時に……必要なプログラムを実行することも……ある……例えば……」
エマは、親指を立てた右手を殺人鬼にかざし、それを回して親指を下に向けた。
「一定時間後に……自動実行するプログラムだって……ある」
その直後――
庭園の全敷地内から、全長一メートルほどの鋭いトゲが突き出した。
そのトゲは庭園に置かれた石畳を割り、荒れ果てた花壇を蹂躙し、水の出ない噴水を砕き、そして――
殺人鬼の身体を串刺しにした。
「――これは……?」
殺人鬼の呟き。
それに答える義理などないが、エマは応えてやる。
「あんたが屋敷から出てくる前に……地面にプログラムを埋め込んでおいた……一定時間後に……実行されるプログラムをね……後はあんたをこの場におびき寄せれば……あんたを殺すことができる……」
「――」
殺人鬼はエマの応えに、何の反応も示さなかった。
地面から突き出したトゲが消失すると、殺人鬼の身体が、支えを失った人形のように、力なく地面にバタリと倒れた。
エマはその様子を見て、陰鬱に思う。
人を殺してしまった。
それはルナを失った時から、覚悟していたことでもあった。
だがそれでも、気がひどく沈んでいくのが分かる。
エマは腕を伸ばして身体を地面から引き剥がすと、弱々しく呟いた。
「ルナ……ごめんね……取り敢えずあんたの仇は討っておいたから……」
だが――
「つくづく、驚かされる」
その声に、エマは背筋を凍らせた。
目を見開き、殺人鬼が倒れていた場所を見やる。
そこには――
無傷で立つ、殺人鬼の姿があった。
「ただの猪突猛進と思えば、こんな罠をしかけていようとはな。
初めに上空から攻撃を仕掛けてきたことも、私の意識を下に向けさせないための、策だったというわけか。
たいしたものだ。
お前は私が思う以上に、優秀なプログラマなのかも知れんな」
そして、殺人鬼が一歩一歩、エマへと近づいてくる。
「お前を一度見逃したのは、失敗だったな。
お前こそ、解析すべき対象だった。
お前がここに来てくれて助かった。
これでお前を、知ることができる」
疲労と痛みから、腕も足も震えて、立ち上がることができない。
新しいプログラムを組めるほど、集中力を維持することもできない。
エマは絶望的な気分で悟った。
殺される。
と――
エマの目の前に、黒い物体が滑り込んできた。
それは――
「ユーリ?」
黒猫のユーリは、音を立てずに歩いて、庭園へとピョンと着地した。
そして――
「にやああああああああああああ!」
身体中から黒霧を立ち上らせた。
殺人鬼が僅かに目を見開き、足を止める。
まだエマが、プログラムを組めるとは思っていなかったのだろう。
だが――
(あたしじゃない……)
エマにプログラムを組む余力など残っていない。
今ユーリから暗黒物質を抽出しているのは、エマではない誰かの仕業だ。
そしてエマには、その誰かに心当たりがあった。
(来るなら……もっと早く来てよ……)
ユーリから噴き出した黒霧が旋回し、黒い渦となって立ち上る。
暗黒物質を大量に使用して組まれる大規模プログラム。
万物を創造する暗黒物質により、異空間を創りだす。
空間転移。
旋回していた黒霧が晴れた時、そこには一人の男が立っていた。
肩まで伸ばした、ボサボサの長髪。
やる気のない垂れ下がった目。
闇に溶け込むような、黒いロングコート。
エマは突然現れたこの男に、最大級の歓迎の言葉を送った。
「もっと早くこい!
この馬鹿先生がぁああああああああああ!」
エマの師であるサリム・レステンクール。
自身の弟子から上げられた罵声に、彼は小さく嘆息した。




