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プログラマーズ  作者: 管澤捻
プロローグ
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プロローグ

 人里離れた森の中。

 人間を襲う凶暴な動物や、深くて広い樹海が人の侵入を拒む、未開拓の地。

 その森の中心には、一つの古びた小屋が存在していた。

 そしてその小屋には現在、一人の男が居る。

 容姿は二十台前後、中肉中背、煤けた色をした黒髪を肩まで伸ばした、目つきの鋭い男だ。


 男は小屋の一室で、一点を見つめて立っている。

 男の視線の先には、つぎはぎだらけの安物のベッド。

 そのベッドの上には、骨と皮だけになった老人が横たわっていた。

 老人の肌は、乾燥してぼろぼろに崩れていた。

 眼孔には眼球の代わりに闇が湛えられており、半開きの口からはウジ虫が湧いていた。


 老人は死亡している。


 それは誰が見ても明白なことに思えた。

 だが男は、その死体の傍を離れようとはしない。

 まるで、死体となった老人が突然動きだし、話し掛けてくるのを、信じて待っているかのように。

 だが、当然そのようなことはなく、男が老人を眺め始めてから、三十分もの時間が無為に流れる。


 男は諦めるように息を吐くと、踵を返して部屋の出口へと向かった。

 一歩、二歩、三歩と床板を軋ませ、歩く。

 四歩目。

 男はぴたりと歩みを止めた。

 視線を足元に向け、怪訝に眉根を寄せる。

 四歩目に聞こえてきた床板の軋む音。

 その音が、今までと微妙に異なっていることに、気が付いたのだ。

 男は膝を曲げて屈み込むと、埃の溜まった床板を指で撫で始めた。

 男の指先が、床板の僅かな窪みを見つける。

 その窪みに爪の先を引っ掛けて、床板を持ち上げた。

 大量の埃が宙を舞う。

 男はそれを手で払うこともせず、目を細めて床下から現れたものを見やった。


 それは地下へと続く階段だった。

 男は僅かに逡巡する素振りを見せるも、すぐに立ち上がり、その階段を下りていく。

 地下へは当然、陽の光は届かない。

 だが壁に掛けられたランプに火が灯されていたため、特に不便なことはなかった。


 階段はすぐに終わった。

 階段の先には、小さな部屋がある。

 その部屋に続く通路には、頑丈な鉄柵が取り付けてあった。

 鉄柵の錆びつき具合から、おおよその経過時間を予測する。

 恐らく、三年から五年。

 男はそれを確認すると、鉄柵の向こう側にある部屋を、目を細めて見つめた。

 簡易なトイレとベッド、そして床に散乱した本が見える。

 男は視線を横にずらして、ランプの光が当たらない部屋の隅を注視する。


 そこには二人の少女が居た。


 二人の少女の年齢は共に十歳かそれ未満。

 簡素な衣服を身にまとい、その袖から痩せ細った腕が覗いている。

 少女たちの目の前には、木をくりぬいて作られたお椀。

 そのお椀の中には森から取ってきたのであろう、多様な木の実が入っていた。

 男は黙って、視線を鉄柵の扉に移す。

 扉は完全には閉じられておらず、半開きの状態となっていた。

 鍵が壊れているのか、初めから鍵が掛けられていなかったのかまでは分からない。

 だがこれだけで、男はこの状況を大まかに推測することができた。


 この少女たちは、この小屋の老人に飼われていたのだろう。

 だがその老人が死亡し、少女たちは飼い主を失った。

 鉄柵が開いているため、この部屋から逃げ出すことはできたのだろうが、森を抜けることまではできず、小屋の周辺から木の実を集め、それを食べることで命を繋いできた。

 と言うところだろう。


 男が再び少女たちに視線を移すと、少女の一人がもう一人の少女をかばうように、前に出てきた。

 手負いの獣のように、鋭い眼光を覗かせる少女。

 対して、その少女の陰に隠れている少女は、小動物のように怯えた瞳をしていた。

 まるで正逆の印象を受ける、奇妙な二人の少女。

 それを、男は黙して見つめた。


 決断にそれほど時間は要らなかった。

 まるで初めからこうなることを予想していたかのように、男に躊躇いはなかった。

 男は、自身を睨む少女に向けて、一言告げる。


「ついてこい」

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