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表題未定、マドギワ・センセイ  作者: Yaxon
平穏と平温と平音
7/44

若き小説家たち その3

 

 

 -----ひとりぼっちはつらいよな------

 -----お前に言われたくない-----




 うっ……

という声がつい漏れそうになる。漏れそうになってしまう。

 ほとんど咀嚼しないで、水で無理やり嚥下する。

 声が出そうになるのを我慢してモグモグを続ける。その繰り返し。

 

 なぜなら、こんな劇物を製造した犯人が目の前にいるからだ。

 不味いなんて言えない、こんなにニコニコされちゃ。

 

 いま私たちの目の前にあるのは一見ただの卵焼き。

 ネギが入っていると聞いた時にはもうテンションが急上昇したが、(ご存知だろうか? ネギが入ると美味だ)いざ口にしてみるとどうだろうか。こんな急上昇からの急降下があり得るだろうか?

 コック・フルトリを侮ってはいけない。

  

 驚くなかれ、この卵焼きもどきは卵の皮をかぶった醤油だ。

 いや、卵なのだから皮ではなく殻と言うべきだろうか?

 

 ともかく。

 何をしたらこうなるのかは知らないが、とにかく味が濃い。とても単純な調味料分量ミスだとは思えない。それくらい濃い。

 それ以外に感想が出てこない。ここまでくるともはや才能の域、というのは言い過ぎか。こんな

 味の味がする。

 

 普通、こういう料理下手糞キャラは、料理の外見がおぞましいのが鉄板なのだろう(よく知らないが)が、彼女の料理は、外見がまともなだけにたちが悪い。まぁ、しかし訓練すれば治るかもしれないという希望はあるが。もしかしたらこれはどういう目的があるのかは知らないが隹さんの鬼謀なのかもしれない。恐ろしい話である。


 味もびっくりだが、さらにビックリなのはこのおぞましい代物を蝋足くんが『当たり前のように』美味しそうに食べていたのだ。ありえない! 自分がおかしくなったのだろうか?

 案外自分だけが異常になって取り残された気分というのはズキズキ来るものである。


「せんせー、美味しいですか?」


 あー、でた、禁断の質問だよ。なんて答えればいいんだよ。

 本当のことを言ったら傷つくだろうか?

 

「うん、……とってもおいしいよ」


 そんなわけないじゃないかこんなモノ。

 それだけ聞くと隹さんは心底満足したような表情を浮かべる。

 恐ろしいことに、この場において罪悪感及びそれに類する感情が欠如しているらしい。しかし、それは彼女が、善意に基づいて行動しているということであり、それを正面から破砕することは私にはできない この臆病者め。

 

「本当ですか? 多分、分量間違えちゃって味が恋と思うんですけど……」


 そんなラブリーな味があり得るか。

 いや、誤字も重要だが、これは味を指摘するチャンスだ!

 ほら勇気を出せチキン窓際まどぎわ。このチャンスを逃がしてどうする!


「……ゥグ、いや、食べられるから問題はないんだけど、確かに味は濃いと思うよ……」

 

 なんか変な日本語になってしまった。

 それはさておき、早く何とかしないと、ゲテモノの食レポで丸々一話終わってしまう。

 勝算はある。食えば良い。食って食って食いまくれ。

 喰え。

 貪れ。

 齧れ。


 なぜかこの食卓にはこの『卵焼きもどき』しかないので、(なぜ米すらないのか? 不思議だ)思ったよりも早く目標達成できそうだ。


 決意して私は、弱褐色の物体を口へ掻きこみ、味を認識するよりも早く喉へと流し込む。

 その動作を何と勘違いしたのか藻部くんや、隹さんも似たようなことを始め、結果としてまるで競争をしているかのような図になる。

 

 隹さんが「僕も負けませんよ」という目でこっちを見る。

 いや、違うんだよ! 食べたくて食べてるわけじゃないんだ!

 

 しかし、競争のような形に持ち込まれたことで、みるみるうちに卵焼きもどきは数を減らしていく。と、書くとまるでゲテモンがかなりの数あるような言い方だがそんなことはない。

 それでも数が減っていくので『しめしめ』と、私が心の中でほくそえんだ瞬間。

 三人の箸が全く同じ目標を指し示す。

 

 ラストワン。

 最後の一つ。

 この褐色のダイアモンドに目的地を設定して三人が睨み合い、火花を散らす。

 間違えた、二人だ。

 

 二人が睨み合い、無言をぶつけ合う。

 無音の威圧。

 

 無駄に濃厚な僅か3秒の接戦の末。

 二人は安堵の表情を浮かべ私の方を見て微笑む。

えっと……

 ……最後の一つを譲って下さるんですか?


 私が困惑したような表情を見せると二人はうっくり頷き、『いやあ、良いことしたなあ』とでも言わんばかりの表情を浮かべる。


 ……

 いや、ありがたくいただくよ……


 ヒョイッと口の中に放り込み少しも噛まずに飲み込み、一言。



 

 「アリガトウ、トッテモオイシカッタヨ」







 ----無知は罪だと思うか?----


 ----いや『詰み』だと思うね----







 「あー旨かった旨かった」と、言いながら藻部くんが姿勢を崩し、茶をすする。(茶を注いだ覚えはない)


 アーソウダネオイシカッタネ。


 正直後味は最悪だが、いつまでも昼食のことを引きづっていないで気分を切り替えなくては。


 ところで君たちは、私の家に遊びに来たは良いが、なんか目的があって来たのか?



「「あっ……」」



 と、二人は声を揃えて言う。


 何も考えないできたのか……



 いやね? 何も予定がないっぽいから言わせてもらうけど、ここしばらく怒られたり、怒られたり、飯食ったりしてばっかりで少しも小説家っぽいことしてないじゃん?



 「いや、褐色のダイアモンドはいいから小説書けよ」って皆が思ってると思うのね? 皆っていうほど数はいないんだけどね。だから、少しは小説家っぽいことしよう? ね?



「先生のとりあえずメタ発言しとけば面白いだろうみたいな軽薄な考え方には安易に肯定はできませんが、言っていることは正しいと思いますよ」



 「世界観を大事にしましょうよ、正直つまらないです」と、隹さんは続ける。


 まったくもってその通りだと思う。 



「えぇ? でも先生ぇ、今日土曜日じゃないですかぁ、休みましょうよぉ」



 と、悪魔のようなことを言う藻部くん。


 だからと言って特にすることもないんだろう?



 うーん、と藻部くんは十秒ほど思考し、あっ、と思い出したように発言した。



「そうだァ、先生ぇ、シェアハウスするみたいな話あったじゃないですかー?」



 あぁ、シェアハウスとは少し違うけどあれだ、≪自宅、職場化計画≫だっけか。昨日、藻部くんと世間話をしたときにボロッと喋ってしまったアレか。同業者と同居とはなんとも形容しがたい素晴らしさがあるではないか!



 しかしそれは私の密かな夢だったはずだが?いつの間に話してしまったのだろうか?なぜか藻部くんが相手だと口のチャックが緩くなる私。



 確かに買い物依存症とは対の存在である私には少し部屋が広いと思っていたが。



「アレ、やっちゃいましょうよ」



 と、全ての黒幕のような顔で空っぽな笑みを浮かべ言う藻部くん。果たしてその提案には君に対してメリットが発生するのかね?



「ま、まぁ幹性さんが良いっていうのならやってもいいけど……」



 と、私は弱いながらも返事をしてしまう。その返事を聞くや否や藻部くんは、「ちょっと行ってくるぅ!」と元気に言って、乱暴極まる所作でドアを開け、近場の家具店『コトリ』へと走っていった。



 おい、まだ隹さんの賛否を聞いてないぞ。と、考えていると隹さんが質問してきた。



「コトリってあの『値段以上の質、コトリ』というCMでお馴染みの?」



 「いや、すまないが知らん、ほら、テレビないからさ」と、隹さんの質問に私は答える。



「それよりも、家具店に売ってるものって成人男性一人で運べるものばかりなのかね……助けが必要だと思うが」と、言うと、意外な答えが返ってきた。



「え? 車を使えばいいじゃないですか」



 え……自動車? おかしいな、確かに免許は持っているが自動車を買ったつもりなんてないぞ? 



「あえっ? じゃあ先生の車庫に停まっているアレは誰のなんです?」



 謎が謎を呼び謎に溺れてなぞなぞしそうになったので、隹さんと外へ出てみると、そこには自動車の発進の準備をしている藻部くんの姿がそこにあった。 あー、なんか、ビックリ。


 藻部君が乗っているのは、ターコイズブルーのインプレッツォであった。



 いや、藻部くんがどんな車に乗っていようが、私にはこれっぽっちも関係のない事象に過ぎないのだが、他人の車庫に勝手に停めるというのはどういうことだろうか?



 彼にはティッシュペーパーを無断で使用したという前科があるが、もうどうでもよくなった。前世で何をしたら不法侵入者とMr.非常識と同居することになるのだろうか? まあそんなことはもうどうでもいい事だがな。



 しかし、得意なネガティブではなく苦手なポジティブな方向へ思考をチェンジするとしたら、自動車がある、という事実だけで、かなり素晴らしい事なのではないだろうか? と思う。



 それよりもあれだ、隹さんに聞かなくては、



「幹性さん……ドタバタのてんやわんやで勝手に物事が決定してしまって大変申し訳ない限りだが、今一度、親へ連絡をしたほうがいいんじゃないか?」



 と聞くと、隹さんは決まっていつものように笑顔で答えた。



「昨日もですが親、親、って言いますけど、」


「私」



 「一人暮らしですよ」と、隹さんは言った。



 一人暮らし。



 ひとりぼっち。









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