若き小説家たち その1
----夢なんてどうせ叶わないんだから寝てからみましょう-----
う……なんだ朝か。
少しだるい土曜日の朝。
寝足りない、と体が告げている。
常に思うが夢というのはあっという間だな。
気づけば終わっている。だからこそ二度寝というのは意味があるのだろう。
現代にいたるまで数多の人類が二度寝の誘惑に負けてきた。はず。
……なんか忘れている気がする。
「そうだ!あの娘から料金貰ってないじゃないか!」
チガウ。
……そうだそうだ、昨日の二人がなぜか来ることになったんだった。
いや、料金も重要だが。生活の糧だが。
いやしかし、あっさり現実を受け入れたようにみえるが、本来ならば異常事態である。
土曜日に客人などと。『現実は小説よりも奇なり』とはよく言ったものだ。
時計を見れば朝の八時。
二度寝したい気持ちを抑えて体を起こす。
起こした視線の前にいたのは隹 幹性さんだった。なんだ隹さんか。
異常な現実を前に、私は再び体を横たえ、夢の世界へ逃亡を図る。
オヤスミ。
「先生?」
これは夢だ。コレハユメダ。
「先生!いつまで寝てるんですか!起きてください!」
うわあ、隹さんが怒っているの初めて見た。
私はガバッと体を起こし、目の前にいる不審者の目を見る。
誰がどう見ても怒っている。
……私はいつもニコニコの隹さんを怒らせるようなことを何かしたのだろうか?
「僕、五時半からずっと待ってるんですよ!なんでまた寝ようとするんですか!」
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目の前にいる不審人物が夢幻ではないことが分かったので、私はすぐさま少し離れた位置にあるクローゼットの中へと飛び込み、クローゼットの中で支度をする。
一分ほど経つと、クローゼットが開き、真っ黒いスーツを着て、髪やその他支度を整えた(当たり前だがクローゼットの中に洗面所はない。 だとしたらますます何故?)窓際先生、つまり私が登場する。
はわー……秘密結社みたい……と酷く不名誉な感想を漏らす隹さん。
それよりもここ、私の家ですよ!なんで貴女がここにいるんですか!
……あれ、私の家だよね?
……いや、しかしおかしいな、玄関の鍵は閉めたし、窓も開けてないし、そもそも秋だし。
「そんなの簡単ですよ? ソリに乗って煙突から入ってきたんです。」
そんなわけないだろう。
我が家に煙突はおろか暖炉すらない。
そもそも、まだサンタさんの季節には二ヶ月ほど早い。
そんなことを考えていると隹さんが「冗談ですよ」と笑いながら言う。
当たり前だろ。
さて、今回の事件の真相は?
「冗談抜きでいうとですね、先生が僕を見送った後『鍵をかけずに』部屋に戻っちゃったので、こっそり侵入し、物置近くの段ボール箱のなかに潜んでたんですよ。先生がカギをかけたのはその後です。」
おまえは伝説の傭兵か。
いや、しかし、失敗した。客が来るとき以外は鍵とチェーンの両方をかけておこう。
不用心にもほどがあるだろう。
「幹性さん、犯罪紛いのことはやめてください。」
と、私は言ってしまったが、訂正しよう、紛いではなく立派な犯罪である。
仮に私が憧れの大先生だとしてもしていいことと駄目なことがあるだろう。
「いいじゃないですか。会いたくてしょうがなかったんだから。」
いいわけないだろ。訳が分からない。
私の家はいつでも気軽に来れる便利施設か何かなのだろうか?
プライバシーの侵害である。
そういえば、蝋足くんが来るまで時間があるが、それまでそうする気だ?
彼が来る予定なのは午前十時だぞ? 我が家にこれといった娯楽製品は何一つないが。
「え……私以外にも誰か来るんですか……」
別に来てもいいだろ。
隹に蝋足くんについて説明。
赫々然々、云々此云、銅鱈、鋼鱈。
「へー、その蝋足さんという方は面白そうな方ですね」
と、意外と興味がありそうな感じに答える。
と、言ったところで。
ピーーーン ポーーーン
と、わざとらしいドアチャイムが鳴る。
やれやれ、今月もめんどくさい奴が来た。
「幹性さん、少しの間、隠れて耳をふさいでください」
「え? あ、はいわかりました!」
幹性さんは言われた通りに部屋の隅の方へ隠れ、耳をふさぐ。
私は、玄関へと向かい、ドアを開ける。
そこにいたのは、大家の阿賀魅 良美である。
小柄で、弱々しそうな老婆でありながらその目つきは肉食動物のそれである。
「窓際ァァァァァァァッ!! 家賃! や・ち・んん゛! さっさとォォォォ! 払えェェェェ!」
目の前の老婆はとても92歳とは思えない爆発のような声で怒鳴る。
とんでもない肺活量である。まるで爆風の中にいるかのように私の髪がなびく。
まさに『爆音』である。
「早く払えェ! 一万ニ千円ンン!」
「今払うから! 少し黙ってろォババァ!! 声でかいだよ朝から! 」
「うるさかったのはお前のほうじゃぁァァ! 昨日お前の家の方向がうるさかったって苦情来たぞゴラァ! 今すぐにッ! 近所回って謝りにいけエエ!」
「今から行くところだったんだよ! いったい何にそんなに怒ってんだよォ!」
「テメェが滞納しているのが悪いんだろうがァァァァァァァ!」
「うるせぇ! ほれ! 一万二千円! 早くもってけ!」
「うっしゃァァあぁ……次、滞納したらただじゃ置かねぇからなぁ?」
婆はギロッと猛禽類のように私をにらみ、くるりと後ろを向いた後。
バタアアン!
と、ドアが音を立てて閉める。ドアを閉める音までうるさい。
いったい今のやり取りで、何年寿命が縮まったんだろうか。
さて、ばあさんに『やる』って言ったからにはやらなきゃなぁ。
また文句言われるのは嫌だからなぁ……
「……幹性さん」
「……はい?」
「ちょっと外回ってくるわ」