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ELEMENT 2017春号  作者: エレメントメンバー
リレー小説
9/14

四季の木に咲く花 第4話(作:葵生りん)



「あれ……?」


 夏、秋、冬。

 3つの島を巡り、それぞれの季節が詰め込まれて大きく膨れた麻の袋を船に乗せ、春を探そうと意気揚々出航した5人だったが――幸子はふと、その3つの袋を眺めて首を捻った。


「ねぇ久美ちゃん、そういえば春を入れる袋はないの?」

「ふふっ春はね、大丈夫なの。だから村に帰って婆さまに報告しましょ」


 久美子は唇に人差し指をあてて意味ありげな笑みを浮かべた。


「え~? もっと旅がしたいよ!」


 ぶうぶう文句をいうタケシを宥める両親も、そしてそれを見守る幸子も、その気持ちはわかるから複雑な表情をしている。

 だって、夏集めも秋集めも冬集めも、とても楽しかったから。

 みんな、どんな春を集めようかと気をはやらせていたから。


「そんな顔しないで。四季の木が待ってるんだから」


 旅の終わりを惜しむ一家は久美子にまくし立てられ、船は村へと舵をとった。




   * * *




「ほうほう、ずいぶんたくさん集めたもんじゃの。これならきっと四季の木も春を思い出すじゃろ」

「ええ、もちろん!」


 婆は3つの袋を少しだけのぞき込んで成果を讃え、久美子は胸を張る。けれど幸子達の表情には不安や不満が混じっていた。


「でも、婆さま。肝心の春は? 春がなければ花は咲かないでしょう?」


 幸子の問いに、婆は久美子と同じように意味ありげな笑みを浮かべた。


「ほっほ、春は作るものじゃからの」

「つくる?」

「さあ、用意をしなければならん。お前も“花娘”の役目をしっかりと果たすんじゃよ」


 幸子は「春を作る」の意味は教えてもらえないまま久美子に手を引かれて禊ぎをし、“花娘”の衣装に袖を通す。


 光沢のある純白の絹に桜が刺繍された着物、重く立派な金の髪飾り。白粉をして、紅をひく。

 その艶やかな姿から、“花娘”は女の子が憧れる役目だ。幸子も今年の花娘に選ばれた時は嬉しくて嬉しくて、走り回っているのか踊っているのかと母が呆れたほどだった。

 けれど今は、その艶やかな衣装を身に纏っても少しも気持ちが浮き足立つことはなかった。重い足取りで四季の木に向かうと、再び宴の準備が整えられていて、何事かといぶかしんではいるが村の人々も集まっていた。


「はじめるとしようか」


 幸子に気づいた婆が腰をあげ、木の根本に据えられた祭壇の前で手招きをした。幸子が――というより“花娘”が、祭壇の前に立つと、婆は祈祷をはじめた。

 夏と秋と冬の入った袋を祭壇に捧げて榊を振り、花娘である幸子も榊で清めの儀式を行う。


「夏から順に、ゆっくりと開けなさい」


 婆に言われたとおり、幸子は夏の詰まった袋の紐を慎重に緩めると、ふわっとシャボン玉のようなものがいくつもいくつも飛び出した。

 よく見ればそのひとつひとつは、白い貝殻、汗、強い日差し、青い海、夏の草花。クワガタやカブトムシ、それに花火や幽霊といった、幸子達が集めた「夏」がはいっていた。袋から出てきた「夏」がふわふわと宙をさまよいながら空に向かって上っていく。

 そして四季の木の枝葉に触れてパチンと弾ける。

 夏が弾けると、四季の木は夏の日差しにも負けない青青とした葉を茂らせた。


「わぁ……っ」


 感嘆の声を上げる間にすべての夏は弾け、四季の木に夏を思い出させていた。


「さあ、秋を」


 婆に指示を出され、秋の袋も同じようにゆっくりと紐を緩める。

 紅葉した葉、松ぼっくり、どんぐり――なにもないように見えるのは秋風かも?――赤トンボに秋雨。それからブドウにコスモス……集めた「秋」が次々と飛び出してくる。「秋」に触れた四季の木は、カサカサと音を立てて赤や黄色に紅葉していく。


「冬を」

「はい!」


 冬の袋を手に取る頃には重かった気分は嘘のように消えていた。楽しかった旅の想い出が、一緒にあふれて出てきているように。


 冬の袋からは、雪に氷、寒風、タケシの鼻水――やっぱりこれは要らない気がするけど――コタツ、ストーブ、鍋、それからサンタクロース!

 サンタさんが手を振って消えていく頃には、四季の木は白い氷の粒に覆われていた。――樹氷、だ。陽に当たってきらきらと美しく輝く四季の木を満足そうに眺めた婆は、幸子に、そして村のむんなに笑みを向けた。


「さあ、春をはじめるとしようかの」

「…………?」

「花娘よ、春の訪れを祝う舞を四季の木に奉じるのじゃ」


 幸子は首を傾げていたが、婆に命じられて舞った。

 たくさんたくさん練習した舞を四季の木とみんなの前で失敗しないように懸命に舞う。


 すると、どこからか「おおっ」と歓声があがった。

 みんなが見つめているのは四季の木。

 凍っていた幹は本来の色を取り戻し、枝の先に若い緑の芽が出ていた。

 さらに舞うと、ひとつの花が咲いた。

 それからは、次々に桃色の蕾が生まれたかと思えば開いていく。

 幸子は嬉しくなって舞い踊った。それは奉納するための形式張った舞いではなくて、気分に任せた舞いだったけれど、それでも四季の木は次から次に蕾を膨らませては咲かせていく。


「皆の者、宴じゃ!」


 婆の声に、村の人々は「おおーっ!」と歓喜の声をあげて祝杯を傾けはじめた。

 あたたかい風が吹き、ひらりひらりと花が舞う。村の人々はそれを楽しみながらめいめいにご馳走に箸を伸ばす。


「さっちゃんも一緒に食べよ!」


 久美子が舞い踊っていた幸子の手を引く。


「いいの?」

「もちろん! みんなでめいっぱい春を楽しんで、それを四季の木に奉じるんだから」


 両親とタケシは一足先に重箱を囲んで舌鼓を打っている。

 花吹雪の中で、みんなの笑顔が溢れていた。


 春風と桜吹雪、それに花見。


(ああ、そっか)


 春を作る、という言葉に納得がいった幸子は、存分に花見を楽しむことにした。

 満開の桜を枝という枝に湛えた四季の木の下、家族や友人と囲む重箱はとてもおいしくて、幸せの味がした。



 幸せが溢れる宴を見守る四季の木は、きっとたくさんの幸せを運んできてくれるだろう。

 集めてきたのと同じくらいの――いや、それ以上の四季折々の思い出を、見守りながら。




  ・ * END * ・



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