眠りの中に見える景色(作:marron)
◇
学校へ行くと、みんなに声をかけられた。それは私が眼鏡などをしていたから。
「へえ、眼鏡似合うじゃん」
隣の席のチャラい男子が話しかけてきた。チャラいけど悪い奴じゃなくて、なんていうか飾らない優しさが私のドストライクなんだけど、こういう人にどう答えていいか分からない。
「あ、ありがと」
どうしても素っ気なくなっちゃう。それなのに、シノ(篠崎君て苗字だからシノと呼ばれているの)は全然気にしてない感じで、人懐こい顔で続けた。
「目、悪かったっけ?」
そう言って少し顔を近づけてきたから、思わずのけぞりそうになっちゃった。あんまり近づいたら顔が赤くなるから、やめてよ~。
「目は良いんだけど、花粉症で」
「ああー、ダテね。おそろ~」
ナニその可愛い「おそろ~」ポーズ。
地味な私にもこんなふうに話しかけてくれて、しかもお揃いアピールしてくれるなんて、女の子の扱い上手いよね。慣れてるんだろうなあ。モテるんだろうなあ。
でも嬉しい。隣の席の特権だよね。こんなに話せるなんて。
「お父さんがね、変な黒猫印の雑貨屋さんで買ってきてくれたの」
「変な黒猫印?何ソレ」
「眼鏡のつるのところに、猫印が付いてるんだ」
「へえ、見せて」
そう言ってシノが手を伸ばしてくるから、眼鏡を外して渡した。
手が触れそう。
トキメクー!
「ほんとだ、可愛い猫印だな」
シノはそれを確認すると、眼鏡を返してくれた。
手が触れそう。
トキメク―!
2回やってもトキメクものはトキメクね。隣の席ってブラボー!
自分の脳内がいつもと違うけど、気にしない。私がこんな脳内バカ劇場を繰り広げているなんて、シノは知らないよね。
― キーンコーンカーンコーン ―
おっと、チャイムが鳴っちゃった。今日の5時間目は過酷な社会。起きていられるかしら。
「さ、じゃ、おやすみ~」
そう言って、シノは教科書を立てると、寝る気満々な姿勢で5時間目を迎えた。
授業が始まって数分、外はぽかぽか陽気で私も眠気と戦う。周囲でも船を漕いでいる人がチラホラ。
隣のシノは、すでに教科書を読むふりして顔をうなだれつつも、しっかり寝息きをたてている。
あくびを噛み殺しながら、教科書を読む先生の気だるげな声を聞く。よくもまあ、あんなに抑揚もなく読めるもんだ。そりゃー、みんな眠くなるよね。
ふっ・・・くう。
あくび、ごっくん。
ああ、眠さマックス。
その時ふと、眠い目で周囲を見回した私の目に異変が起こった。
居眠りしている人の頭に何かが見えるのだ。目を擦ってもう一度見る。斜め前の席の男子の頭に、フワフワと白い何かが漂っているのが見える。
なにあれ?
何度目をパチクリしても、フワフワしていてよく見えないんだけど、何か人のようなものが動いているようにも見える。
頭にプロジェクションマッピング?
そのわりにぼんやりしているけど。
見回してみると、寝ている人の頭にはみんなソレが見えた。なんなのー!?
自分の目が怖くなって、眼鏡を外して両手で目を擦った。それからまた見回すと、もう、そのフワフワ映像は見えなくなっていた。
はあ、なんだったの。私が夢でも見ていたの?
まあ眠気は飛んだけど。
そう思って、眼鏡をしてまた前を向いた時、ぎょっとした。
また見える!
ナニナニナニ!あれ、ナニ!?
隣で眠っているシノの頭を見ると、映像がかなりくっきりと見えていた。
「シノ」
小声で、呼ぶとシノは頭を動かした。
「ちょっと、シノ!」
「寝てないよ。起きてるよ」
と答えてきたけど、起きてないでしょ。
「シノ、頭に何か」
「大丈夫、起きてるから」
いや、違う。寝てるよ。起きてよ。
眼鏡を外して、シノの方に頭を寄せて起こそうとした。
そうしたら、視界がまた良好になって、あのフワフワはなくなった。
あれ、これって、眼鏡のせい?
どうやら、眼鏡をしてるとあのフワフワした映像が見えるらしい。しかも寝ている人にだけ見える。
ということは。
もしかして・・・夢?
いやいや、まさか。人の夢が見えるってどういうことよ。でも、この眼鏡をかけると見えるのは確か。
お父さん、どこの黒猫雑貨屋さんよ。こんな怪しい眼鏡売ってるの。
まあいい。
気を取り直して、眼鏡をかけ、シノの頭を見た。
やっぱりシノの見ている夢が、私にも見えているらしい。シノの席が近いせいか、それともシノの眠りが深いせいか、シノの夢はわりとはっきりと見えた。
シノの夢をガン見する私。
どんな夢見てるんだろ。気になるじゃーん!
う、気を付けないと、こんな退屈な社会の授業中なのに顔がニヤけちゃう。
どれどれ?
って、あれ、私!?私じゃない?しかも私服。シノ、私の私服姿知ってるの?いや知らないらしい。私あんな私服持ってないもん。いやー、なにあの女子っぽい可愛らしい服。あ、わりと似合ってる気がするけど。
えっ、ナニナニ。なんでシノ、私のこと夢で見てるの。
はっ、いかん。嬉しくて顔がゆがむ。
眼鏡を外して、一度冷静になろう、私。
ふう。
よし、落ち着いた。さ、見よーっと。
眼鏡をかける。いかん、もうニヤけて鼻息が荒くなってる。気を付けるのよ、私!
シノの夢の続きを見ると、どうやらシノは私と出かけているらしい。基本、私の顔にピントが合ってるんだけど、どうやらぼんやりした風景から察するに、公園か川沿いかそんな感じ。外っぽい。
で、シノの手らしいものが現れて、私の顔の眼鏡を外した。
「ぴっ」
変な声出ちゃった!慌てて眼鏡を外す私。そしてゴホゴホと咳き込んでみた。
なんで声出ちゃった私。落ち着け~、お~ち~つ~け~。ゴホゴホ。
変な声出ちゃっても、ひとり咳き込んでいても、社会の先生は気付かないで教科書を読み続けていた。他の人もこっちを向いたりしていない。寝てる人は相変わらずだし、他の人もみんな眠そう。ああ、良かった。
ホッとして、また眼鏡をかけてシノの方を向いた。
シノの夢は、景色が変わっていて、なにやらピンク色だった。夢って色があるんだね。しかも、男子の夢があの色ってありえん。なんか小花が散ってるように、ピンクがキラキラ光ったり、フワフワと舞ったりしている。意外に乙女チックな男だな。
そのピンクの中に、また私がいた。
さっきより距離が近いのか、私の顔のアップだった。
なぜそんなドアップ。
なぜ、目を瞑っている。
なぜ、唇を突きだしている私。
そ、その顔は・・・
スローモーションで顔が大きくなって・・・
「ひにゃっ」
見てられない!眼鏡を外して前を向く。
ドキドキドキドキ。心臓の音が半端ない。こんな静かな教室に不似合いなほどの興奮状態の私。
ヤバい。なに、あの夢。
シノ・・・?
裸眼でシノの方を向くと、眠っているシノの唇が突き出ていた。
その後、私は何度かシノの眠りにお邪魔した。そしてシノの気持ちを確信した。隣の席になれて喜んでいたのは私だけじゃなかったみたい。
シノの夢を見て幻滅したかって?
全然、そんなはずないじゃん。
私たちが仲良くなるきっかけになった猫印眼鏡はそれからも大事にとってある。