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「感染」

 飲み物は用意したか?

・・・ご苦労なこって。口に一口含んで飲み込んでみろ。

キミがどんなシチュエーションでこの文を読んでるのか知らないが、

飲み物を飲んでもらうことには重要な役割がある。

出先から帰ってきて疲れの残るからだで机に向かって読んでるのか、ベッドで

寝転んで読んでるのか、はたまたやることがないから何気なく開いてみたのか。

どんな状況でも飲み物を一口飲んでからこっちを向きなおしてもらいたい。


私の言ってきたことの何割が真実だと思う?

私自身、私の話す内容が虚構交じりのでたらめに近いものだということは

理解しているんだ。

しかしそれは私が意図して行っていることでない。ゴーストだ。

私はいつでも真実のみに言及し、それのみをキミに伝えたいと思って文を打ってる。

しかし実際あたまに思い描いて、またはあらかじめ紙に文章を控えてから、

ここに文章を打ち込むと、

なぜか思っていること、もしくはあらかじめ書こうと意図していたものとは違う

文ができあがってしまうんだ。

メモ帳に残してコピーアンドペーストも試したよ。

でも打ち込んでるうちに文章が別のものに変わっていくんだ。

むきになって、一文字一文字神経質にチェックしながら打ち込んだりもした。

しかし完成してみると書いた覚えのない文が出来上がっている。


ぞっとしたよ。

ひょっとして自分の頭はもう私自身のコントロールから離れていってしまってるんじゃないかって、そんな気分になった。

いっそこの両腕を切り落として、脳みそに電極でもぶちこんで直接脳内にある文を読み取ってみたらどうだ。

おそらく駄目だろう。


私はもうだめだ。


言ってる意味が分かるだろうか。


なぜ、私はキミに文章を送ったのだろうか。


不特定多数の人間の目に、触れられるようにしたんじゃないぞ?


実は最初からキミ宛だったんだよ。


キミが最初の文に触れた瞬間が、


キミが蜘蛛の巣にかかった瞬間だ。




キミは目を離せない。



なぜなら目を離せば世界は終わってしまうからだ。



ゴーストがそう言っている。



ゴーストは今だけ私の味方だ。



彼らはエボラ出血熱のように私の理性を食い尽くしきってしまう直前に、



この文章を書かせたんだ。



エボラウィルスが患者の体のいたるところから血を噴出させ、



次の犠牲者に感染せんとするように、



私に助けを求めさせ、



あたかもひとの興味を惹くように、



次の宿主をおびき寄せたんだ。



もう見えるはずだ。



キミは家から出られない。



私のように。



窓には金網が張ってあって、



上に男がいるはずだ。




・・・




・・・・





・・・・・・。



机から起き上がる。


気が付けば、食い入るように画面に顔を近づけていた。


瞬間、鳥肌が全身に広がっていくのを感じる。


私は意のままだったのか。




もう外は暗い。時計の針は前向きな受け取り方をすればお昼前だ。


つまり深夜だ。


なぜこんなことを思う。


音がするからだ。


窓をたたく音が。



ここは二階だぞ。


鳥の、しわざかもしれない。


時期的にそれはありえる。


しかし鳥は、夜目がきかないのでこの時間は活動しないのでは。



真相は、薄緑のカーテンのむこうだ。


そっと、近づいてみる。


一気に開けて、疑心を解消する勇気はなかった。


ありえない。だって創作だ。


そうに違いない。


いまこの空間で不自然なのは、


窓の外でこつこつと鳴る、耳を澄まさなければ聞こえないような物音と、


それに感応してなんの変哲のないカーテンの前で、


直立不動のままいる私だけだ。


ただ、すこし寂しさのようなものも感じていた。


このカーテンを開けてしまえば、夢から醒めるのだ。



チープな子供向けの、わざとらしいくらい安っぽいホラーでは、


「次は、あなたのうしろに・・・」


といったような、


現実世界といままでのお話とのさかい


あいまいにして驚かせる手法で幕を終えるものがある。


これは世の中に生れ落ちて間もない子供が耳にすれば、


「ほんとうにいるかもしれない」


と、怖がって効果のあるものかもしれないが、


大抵「そんなのいないよ」とおとなにたしなめられて、


実際目撃することのないまま記憶から風化していくものだ。



私はこのカーテンを開けることで、


室内の光のせいで映り込む私の顔を目撃することになるだろう。


それは確定的なことだ。


そして、


気が付けばすでに開けていたんだ私は。


それは異質すぎて逆に普通だった。



何を言ってるのだろう私は。


私の部屋の窓にはチープに公園から拾ってきたようなフェンスが張り付いていた。


そして、フェンスの向こうには居た。


ニットのような服を着た男だ。


下はジーンズのようにも見える。


現代的な服を着た男だ。


ただ顔がはっきりと見えない。


私は目を凝らして見てみる。


男の顔に張り付いた暗闇をのぞくと



私自身、いままでで感じたことのないような、


まるで憑り殺さんとでもするような、


憎しみに満ち満ちた私自身の顔が映っていた。



のけぞった。



窓を確認する勇気はもうない。


目をそらして頭の中で反芻する。


あれは本当にみたものだったのか。


創作された文にのめり込むあまり、頭が見せたイタズラだったのか。


ただ暗闇に映り込んだ自分の顔を、


在りもしない「ゴースト」などというものに重ねてしまっただけだろうか。



少なくとももう確認する勇気はない。



確認して「奴」がそこに居れば



私は創作の続きを書かなければならないだろう。



それは「夢」の終わりなんかじゃない。



醒めることのない、




悪夢じみた「わたし」のはじまりだ。







私はさっさとシャワーを浴びて寝ることにした。



いつだって、嫌なことがあったときはしてきたことだ。



日が経つというのは忌々しいときもあるが、大抵はいいことだ。



どんなに頭にこびりつくような散々な出来事も、



朝日を拝みさえすれば忘れていくことができる。



私はそんなことを考えながら席を立ち、部屋を出るためにドアに向かい、



ドアノブを握ったが、



また椅子に座りこんでいた。



おそらくだ。



おそらく、



・・・「部屋のでかた」を忘れてしまったんだろう。



そういうことだ。



深夜、静寂が耳にいたい。



もう物音はしないが、



部屋から出られないというこの事実だけが、



私に絶望的な存在感をいつまでも植え付けていた。


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