【解決編】
分かりやすさを優先して、一部アラビア数字を採用しております。
縦読みの場合、少し読みづらくなるかもしれませんが、あらかじめご了承ください。
「え……いや、だって人観さんも言ったじゃないですか、ここに被害者が――」
そこまで言って、ふと思い出す。
違う。人観さんは断言していない。曖昧に返しただけだ。
しかし、それでも彼は「すみません、証言を訂正させてください」と詫びてから、話を続けた。
「最初に見せてもらった顔写真だけでは分かり辛かったのですが、今見せてもらった全身の写真で確信が持てました。一昨日ここに座っていたのは、被害者女性ではありません。別人です。顎のラインもそうですが、肩幅や身長などが若干違います。人の名前を覚えるのは苦手ですが、人の特徴を覚えるのは得意なんですよ、僕」
「で、ですが、俺たちがこの商店街で聞き込みした限りでは、全員が被害者で間違いないと。ここのマスターだって、そう証言してくれましたよ?」
そしてその上で、当日勤務だった人観さんを呼んでもらったんだ。目撃証言をより強固なものとするために。
しかしそう訴えても、人観さんは証言を改めるどころか、突然話題を変えてきた。
「ところで、僕が仕事中にしていたネクタイの色を覚えてますか? ええっと……」
「新畑です」
「そう、新畑さん。いつもすみません、尾岡さん」
横から助け舟を出した尾岡さんにお礼を述べ、人観さんは「それで、どうでしょうか? 新畑さん」と再度俺に尋ねる。
「ネクタイ、ですか……」
質問の意図は分からないが、尾岡さんが止めに入らないということは必要なことなんだろう。
しかし、そんなことを訊かれても覚えていない。気にも留めていなかったというのが、正直なところだ。
「……すみません、覚えてません」
「ええ、でしょうね。だって僕、ネクタイしてませんでしたから」
「――え?」
していなかったなんて、そんなの引っ掛け問題だ。色を訊かれたら、誰だって『していた』という前提で考える。
だが、それが求めていた結果だったようで、
「意地悪な訊き方をしてすみません、新畑さん」
と謝りながらも、彼は続けた。
「ですが、お二人の聞き込みも今のと同じような状態だったんですよ」
「どういうことですか?」
さすがに聞き逃せない言葉だったので、尾岡さんがすかさず訊く。俺も同じ気持ちだ。
すると、少し申し訳なさそうな表情を浮かべながら、人観さんは答えた。
「決して、お二人の訊き方が悪かったわけではありません。極めて順当な方法だったと思います。ですが、それが犯人の狙いだったんですよ」
「犯人の狙い?」
「ええ、その通りです、尾岡さん。では、お二人の聞き込み方法について検証してみましょう」
最初の写真二枚、出してもらえますか。
人観さんにそう言われ、俺は内ポケットからそれを取り出した。被害者の顔写真と、彼女が一昨日着ていた洋服一式の写真だ。
「お二人は、この二枚の写真で聞き込みをされたんですよね?」
「ええ、そうです」
「では、この顔写真だけで、被害者の方を見たと証言された方はいましたか?」
「それは……」
俺が聞き込みした限りでは――いない。一人も。
誰もがそれだけでは思い出せなかったので、洋服の写真も一緒に見せた。
「もしかして、被害者と同じ服を着た別人だった、ということですか?」
尾岡さんの聞き込みも同じようなものだったらしく、俺より一足先に、人観さんにそう問いかける。
そしてそれに彼は一つ頷き、説明を続けた。
「最初、新畑さんに写真を見せてもらったときから違和感はあったんですよ。まるで顔を覚えていないという前提で、すぐさま洋服の写真を見せられた感じだったんで。実際、顔写真では反応が悪くても、洋服のほうで『ああ、そういえば』と思い出す方が多かったのでは?」
「え、ええ、その通りです」
確かに聞き込み当初は、そんな感じの反応が多かった。
だから後半は、顔写真とほぼ同時に洋服の写真を見せて回っていた。そして、その最後が人観さんだった。
「まあ、無理もありませんよ。人の記憶は実に曖昧です。ネクタイの色を訊かれれば、ネクタイをしていたと思い込んでしまうように、被害者の方がこの服を着ていたと言われれば、たとえ服しか覚えていなくとも、その人を見たと証言してしまう」
――それも、帽子とサングラスで顔は隠され、逆に服装がこれだけ目立つものなら尚更。
そう言って、人観さんは洋服一式の写真を指差す。
そこには確かに、大きめの帽子とサングラス、そして人目を惹くかなり派手な衣装が写っていた。
「それとお話を聞く限り、お二人は聞き込みの結果、目撃証言しか得られていないというのも気になりました」
「……それが何か問題でも?」
聞き込みとは、目撃情報・目撃証言を取るためのものだ。そこにおかしな点などない。
しかしそれでも人観さんは飄々と、質問に質問を返してくる。
「もちろん、商店街の防犯カメラはチェックされたんですよね? たしか所々に設置されていたと思うのですが」
「ええ、もちろん。ですが、どこにも映ってはいませんでした。まあ、防犯カメラも商店街全体をカバーしてはいないので、たまたまかと」
「いえいえ、おそらくは違います。事前に下調べをして、カメラに映らないルートを歩いたんだと思います。現にこの店にも、カメラはありませんしね」
そう天井を指差されたので、思わず上を見る。
確かに防犯カメラはない。まあ、この規模の店舗なら別に普通のことだし、だから俺はとりあえずマスターに話を聞くことにしたわけだ。
「犯人は記憶には残りたかったが、記録には残りたくなかったんですよ。以前、はんなりとした感じの科学捜査ドラマで見たんですが、今は歩いている映像だけでも個人識別が可能なんですよね?」
「は、はい。確かにそれだけでも鑑定可能と聞きます」
まあ、あまり詳しくは知りませんが、と現場主義の尾岡さん。
残念ながら俺も、存在程度しか知らないが。
「おそらく犯人も、それを知っていたんでしょう。だから目撃証言だけを残した。映像では、別人だと一発でバレてしまいますからね」
そう考えると、ああいったドラマはトリックを作成する犯人側にとって、良い資料になるのかもしれませんね。
そんなことを苦笑混じりにぽつりと呟きながら、さて、と人観さんは続ける。
「それでは一昨日の夕方、この辺りで目撃された女性が被害者の方ではなかった場合、どうなるでしょうか?」
「死亡推定時刻が変わる……ということですか?」
「ええ、正解です、新畑さん」
慎重に言葉を選ぶように言うと、まるで生徒の成長を喜ぶ教師のように人観さんは微笑む。
そしてその表情を見て、心のどこかでホッとしてしまうのだから、なんとも不思議な気分だ。
「もちろん、遺体発見時刻を変えることはできません。ですがこのトリックを使えば、死亡推定時刻より前に、被害者を殺害することが可能です」
――では、当日の犯人の行動をトレースしてみましょうか。
人観さんはそう言うと、開いた右手を前に突き出した。
「まず、事前に被害者の方をお店の倉庫に呼び出しておきます。もちろん、電話やメールなどでは履歴が残ってしまうので、実際に会った際にでもお願いしたのでしょう。大事な用件だから誰にも知られない・見られないように来て、なんて付け加えて」
そう言って、人観さんは親指を折る。第一ステップ終了ということのようだ。
「次に、倉庫にて被害者の方を殺害。凶器の指紋などの痕跡を隠滅します」
人差し指が折られる。第二ステップ終了だ。
「続いて、急いでこの商店街に移動。どこかで被害者の方と同じような服に着替え、カメラに映らないように注意しながら、この時刻、まだ被害者の方が生きていたという目撃証言を得ます」
中指。第三ステップ終了。
「しっかりと人の記憶に残ったと感じたら、またどこかで元の服に着替え、商店街から移動。ここからお店まで掛かるはずの30分以内に、変装用の服を処分し、今度はどこか記録に残るような場所に立ち寄ります」
薬指。第四ステップ終了。
「あとは、開店準備で出勤してくる従業員の方が遺体を発見するまで、そこで待っていればアリバイ成立。犯行は不可能となるわけです」
最後に小指を折り、最終ステップ終了。
理路整然に説明されれば、なるほど矛盾のない流れだ。
しかしそう感じた俺と違い、尾岡さんは疑問を投げかけた。
「ですが、人観さん。それでいくと犯人は被害者に会う前から、被害者の服装を知っていたことになりますよね? あらかじめそこまで詳細に知っておき、同じものを用意することが可能でしょうか?」
そう言われれば、確かにそれもそうだ。まさか殺害後、アリバイ工作の短い間に調達するわけにもいかなかっただろうし。
だが、それに対する答えを用意していない人観さんではなかった。
「いえ、まったく同じものである必要はありません。人の記憶に残るだけなので、印象が似ていればそれでOKです。被害者の方の趣味嗜好を理解しておけば、事前に用意しておくのもそう難しくはないでしょう」
それに、と人観さんはさらに続ける。
「当日の服装については、被害者の方が自ら教えてくれたんですよ。毎日毎日、写真付きで」
「――SNS!」
思わず大きな声を上げてしまい、一瞬周囲の視線を集めてしまう。
だが、そうだ。被害者は『本日のコーデ』と銘打って毎朝、自撮り写真をSNSに投稿していた。
それを使えば、色も柄も形状も全て把握でき……?
「いや、それは無理ですよ、人観さん。一昨日は投稿されていません」
さっき人観さんのリクエストで、一昨日のそれを探したが見つからなかった。存在しなかった。
しかしそれもまた、答えの用意された問題だった。
「いえ、投稿はされたと思いますよ。ですが、犯人が削除してしまったんです。凶器の指紋を消すついでに。スマホのロックなんて、どこかのタイミングで盗み見ておけば、簡単に解除できてしまいますしね」
たとえ指紋認証だったとしても、遺体がそこにあるわけですし。
そう付け加えながら、人観さんは「ですが、これは失策でしたね」と苦笑する。
「犯人はトリック露見を防ぐため、用心で消しておいたのでしょうが、フォロワーの方なら覚えてらっしゃると思いますよ、その日の写真を。特に親しいフォロワーの方を当たれば、きっと証言は取れると思います。記録は消せても、記憶は消せませんからね」
「なるほど……」
尾岡さんはそう頷くが、正直、しっかりと意味を把握しているかは疑わしい。パソコンでのタイピングすら未だ慣れないアナログ人間なんだ、この人は。
そしてその予想通り、
「では、そのSNSとやらが見れて、死亡推定時刻――17時50分直前からのアリバイが確かな女が犯人ということですね」
と、尾岡さん。やはりSNSがどういったものか、よく分かっていないようだが、まあ間違ってはいない。
だから俺は、それに条件を付け足した。
「さらに、被害者のスマホのロック方法を知っていて、口頭で店の倉庫に呼び出せる人物となると、容疑者はかなり絞られますね」
トラブルメーカーだった被害者だから、これでもまだ多いだろうが、最初に比べればかなり候補が減ったはずだ。少なくともネット上でのトラブルは、ほとんど考えなくていいだろう。
だが、そんな俺たちの姿を見て、慌てて人観さんは言った。
「あ、すみません。最初に言っておくべきでした。犯人の目星なら、もうついています」
「――は?」
「――へ?」
二人揃って、変な声が出た。
だけど、変な声くらい出る。ここまでの情報で、犯人を導き出せるような要素があっただろうか。しかも口振りからすると、最初から分かっていたようだし。
「たしか被害者の方はストーカーについて、同僚の女性に相談していたんですよね」
「ええ、はい。では、そのストーカーが?」
ストーカーというから、てっきり男だと思っていたが、今のご時世、同性のストーカーがいてもおかしくない。そしてストーカーならば、被害者の行動などを徹底的に調べ上げていて当然だ。
しかし、そんな俺に人観さんは首を横に振った。
「いえ、違います。ストーカーが犯人ではありません。というか、そもそもストーカーなんていなかったと思いますよ」
「ど、どういうことですか?」
「新畑さんからお話を聞いたときから、不思議に思ってたんですよ。なかなか過激な性格の持ち主だという被害者の方が、ストーカーについてSNSで何も言っていなかったことが。たしか、ストーカーについての証言を得られたのは、同僚の女性一人からだけなんですよね?」
「え、ええ……そうです、一人だけです」
タブレットの資料を急いで見直しながら、該当の項目を見つける。
関係者事情聴取の結果、ストーカーについて証言したのは人観さんの言う通り、相談を受けていたというその女性一人だ。SNSからは、そういった内容は確認されていない。
「では、おそらくはその方が犯人だと思います。用心に用心を重ね、疑いが自分に向かないように、架空のストーカーを作り上げたんでしょうが、それが仇となってしまいましたね」




